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雲になりたい

川柳を初めて20年あまり、主に発表句を写真やイラストでフォト川柳をアップしたり、ブツブツつぶやきます。

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2010-12-20 (Mon)  17:30

新聞から

この日記を書こうとして昨日から3度目のトライ?

生後6か月の赤ちゃんのカテーテルアブレーションが成功したと載っていた。病名は「先天性接合部頻拍」とある。
唯一小児不整脈科がある大阪市立総合医療センターでのことであり、国内最年少の成功とある。今時のカテーテルの太さが直径1,6ミリといくら細いとはいえ、赤ちゃんである。心臓も小さいだろう、当然血管も細かろう。赤ちゃんも医師もよく頑張ったと思う。
このカテーテルアブレーションの文字が目についたのは、記事の大きさもあるが我が家の長女もこのOpeを受けたからである。

長女の病名は「WPW症候群による発作性上室性頻拍症」という長ったらしい名前である。
普段は不通の生活が出来るし薬を常用しているわけではなかった。初めて大きな発作が起きたのは小学校4年生の時、風邪をひいていた。この時は近所の医院で色々手を打ってもらったが治まらなかった。結局医師が県立病院まで運んでくれ病院側に説明をしてくれた。そこで電気ショックを与えてようやく治まった。
7時間も続いた発作は治まった。これを機に年に何回か発作が起きるようになった。大学病院でも検査をした。高校を卒業する時、あの「国立循環器病センター」で人工的に発作を起こし悪さをしていいる副伝導路の場所が特定できた。
しかしこの時はオペを勧められなかった。もし発作が起きたら救急車で来るようにと言われた。発作を止める手段は点滴しかないと解ったのも、この時の検査であった。
その後20年あまり頻繁に発作は起きた。が救急車で運ばれたことはなかった。その間出産をした。通院していた産婦人科で、「すぐそばに大学病院があるから安心して」と言っていたのに、お産の1ヵ月前になり循環器病センターに転院して欲しいと言われた。
睡眠不足、体調不良等は発作が起き易かった。他に体調に異常はない時、くしゃみや急に身体の向きを変えたりしたときに起きるのには困った。

1回目のアブレーションで副伝導路は焼き切ったはずであった、ところが2年後にまたOpeを受けることになった。
まるでニョキニョキと生えてきたかのように・・・
心臓は4つの部屋があり、この4つの部屋を電気信号が、順番にきちんと回れば問題がないのだが、副伝導路があると近道をしてしまうので頻拍になる。

幸い2度目のカテーテルアブレーションをしてから発作は起きてない。
っがしかし今度はうつ病である。これの方が性質が悪い。

 IMG_1221.jpg

花後の《芙蓉》オブジェのようでなかなか綺麗(*^_^*)




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最終更新日 : -0001-11-30

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