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2か月ぶりの面会

前回、両親の面会に行ったのは、11月21日でした。
10月9日に救急車で運ばれ、24日間の病院暮らしから解放された後で、また20日後に入院し病院でお正月を迎える羽目になると、は思ってもいなかった時です。

気にはなりながら、やはり夫が入院中では、両親の面会は二人の姉に任せざるを得ませんでした。

大阪の姉と今日の約束をしたのですが、昨夜夫がまた37度少々の熱があると言うので、もしかしたら今日はいけないかなと思っていました。
今朝目覚めた私の第一声は「熱は?」でした。
もちろん夕べ病院に行こうと言ったのですが、「解熱剤があるから大丈夫・・・」と言う夫に「どこが大丈夫なんやねん?ä?」と、かなり腹を立てたのでした。

っでこの第一声だったのです。
熱は本当に下がっており、先に起きてゴミ出しをし?を沸かして、普段通り自分で準備して食べていました。

これなら大丈夫と出かけて来たのです。
姉をJRの駅で拾って高速に乗りました。気持ちよくスイスイ走ることが出来ました。

淡路島の南の端まで走って、いつもの水産会社でちりめんじゃこを買い、それから父のところ母のところ、引き返して海苔を買って帰ってきました。

父はプリンを差し出すと、すごい速さで美味しそうに食べました。
お世話になっているフロアでは、目の前に食べ物を置いても食べ物だと認識できる方は、ほとんどいません。
そんな中で自分でスプーンを持って、食べることが出来る101歳の父は、すごいと思います。
ほとんど食べて手が止まったので、もう要らないのかとカップを取ろうとすると、グイッと引き寄せました?
そして大きなプリンをきれいに完食しました。本当にきれいに・・・。
お茶までも、とろみ食の父に食べさせてやれるのは、プリンぐらいしかありません。

神戸の姉が21日に行った時「姉ちゃんは元気か?」と訊いたと言ってましたので、「これは誰?」と訊くと「〇美」とちゃんと解っていました。
姉には知的障害の息子があり、いつも気にかけていました。
認知症になってもやはり親ですね。姉のことははっきり解っています。
そこで「私は?」と訊くと「〇子」と言います。〇子は神戸の姉・・・別にいいけど~?「私のことは忘れて・・・」なぁんて目くじらを立てることではないし。
当たらずとも遠からじですしね。何たって101歳ですから。


  
母のところへ行くと、食事をするフロアにはいなくて部屋を覗いてもいません。
お手洗いのようです。
大腿骨骨折以来車いすを手放せない母です。お手洗いに行くと時間がかかります。
もともと腰が90度以上曲がっているので、衣類の上げ下げに苦労します。それでも両手が使えればいいのですが、片手は掴まらなくては立っていられません。お腹やお尻に引っ掛かった衣類は片手で上げるのはかなり困難で、いつも半分ぐらいしか上がっていません?

 *腰曲がった母に楕円の傘が要る     タンポポ

20分ぐらい待ってやっと出てきました。
毎日新聞を読んでいますが、メガネをすぐ失くしてしまいます。
最近は100均のメガネを買っていきます。それで十分ことが足りているようです。

あと1か月で、両親が我が家の玄関先に置き去りにされて、6年になります。
実の息子は面会にも行きませんが、父の甥(って言っても80歳を超えています(*^_^*))が面会に来てくれます。
そしてお小遣いをいただきます、ありがたいことです。

同じ県内で今は橋が架かり、ちょっとそこまでという感じですが、やはり一日仕事になります。
でも両親がスタッフの皆さんのお蔭で、心穏やかに暮らしているのを見ると、安心して帰ってくることが出来ます。

今私は夫のこともあり、以前のようには行くことが出来ませんが、久しぶりに様子をみて、心から安心をして帰ってきました。

本日の走行距離は223キロでした。

  R0011184.JPG

明石海峡大橋をバックにハイチーズ


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