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両親の面会に・・・

今日は約1年ぶりに3人姉妹一緒に面会に行ってきました。

先日母は父のいるケアハウスに移動しました。
父は4階母は2階・・・。費用の安い施設ですので、夫婦同じ部屋にはなりません。
もっとも同じ部屋にいても、お互いに面倒をみることはもう出来ません。

6年前の2月22日、誰もいない我が家の玄関先に置き去りにされた、高齢の両親にとってこの6年の間、色々ありました。
もちろん娘である私たち3人にも、色々ありました。

環境の変化でだんだん認知症が進んだ母、しっかり歩いていた父は何度目かの誤嚥性肺炎で、臥せったあと全く歩けなくなりました。
認知症も緩やかに進んでいます。

介護のランクは父と母で違います。父のいる4階は、エレベーターの鍵を職員さんに開錠してもらわねければ乗り込めません。それだけ重症の入所者が多いということですね。
母のいる2階は自由に乗り込むことが出来ます。
母は父のいる4階へは毎日上がっているようです。
自分のいるフロアーと、父のいるフロアーが解っているのは、ちょっと意外でした。
刺激がないので惚けるといいます。確かに今より認知症が進むのは、容易に推測できます。

可愛そうですが仕方ありません。
両親は元気な時はいいように使われ、農作業の合間に現金収入を求めて仕事に行き、少しのお給料を得ていました。
でも仕事が出来なくなって、生まれた家を出された母と、婿養子に入って60年も住んだ家を、着の身着のまま出された父は、他に行くところがありません。

大阪の姉には知的障害の息子が、神戸の姉は息子夫婦とさほど広くはない家での同居、そして私も今は夫の病気と、自分のことでいっぱいです。
家を出された直後の60日余りは我が家で母を、大阪の姉が父を預かっていました。

60日余り我が家で過ごした母が家に戻った時、兄が母に向って吐いた言葉は、今後も忘れることはないし、留守の我が家に老いた両親を置き去りにした、甥の行為も忘れることはありません。また許されるものではありません。
そして何かにつけて悪態をついた兄嫁のことも・・・。

こんな息子と嫁にした両親にも、責任の一端はあるでしょう。
でも心の温もりは親がどうとか、人がどうとかの問題ではないでしょう。
自分たちにも子供があるのです、将来自分に降りかかってくると、思わなければならないと思います。

今実家からは、両親のことで色々世話をしてくれるのは甥の嫁さんだけです。
今回も施設から施設の移動もお世話になりました。
それには、母も私たち姉妹も感謝しています。

「年寄りとはもう一緒に住めない」と長寿福祉課の人やケアマネージャーさんの前でハッキリ言った兄嫁は、2年ぐらい前から家事も車の運転も、もちろん農作業も出来ない体になっています。
家を出された時の母より何も出来ません。

舅姑と同居をしたことのない私に、偉そうなことは言えませんが、それでも若い時から散々世話になった両親に対する、言葉や態度ではないと思います。
あの時のことを思い出すと、悔しくて仕方がありません。

世間では施設入所の老人に対する虐待がよく報道されますが、母は今回で3か所目の施設ですが、どこの施設でもそんな危惧を抱いたことはありません。
本当によくしていただいています。
今日、母に「ここはどう?」と姉が聞くと「快適・・・?」と答えました。

6年前の老人ホームに入所した時も、面会にいくと「ここに居ったら天国や・・・」と言った母の笑顔が忘れられません。
大人が6人子供が2人の大家族の中で、朝の挨拶はこの孫の嫁さんとひ孫だけでした。
大家族の中の孤独は辛いものだったのです。それがこの言葉に込められていました。

施設に入ったことで、いつでも誰に遠慮することなく、両親の顔を見に行けるのは私たち3人にとっては嬉しいことです。
父と母が初めは同じ老人ホームでしたが、別の施設に移った頃は毎週行っていました。

月に一度、安心を買うように面会に行きたいと思うのですが、なかなか行けないのが現状です。
でも今度は同じ施設なのでХで行く姉たちも行き易くなりました。



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今日の《明石海峡大橋》


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