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昨日に比べると

今日は少し楽でした。

弱音を吐いてご心配をおかけしてしまいました<(_ _)>
O型人間なので、なにごともあまり深く考えないのですが、今回はさすがにまいっています。
吐血痕が残っている部屋を見るたびに、思い出してしまうのです。

火曜日に夫の中学高校の同級生のOさんが、お見舞いに来て下さいました。
夫たちは中学も高校もよく同窓会をするのです。一昨年の手術のこと、その後の感染症のことを出席したときに話していました。
歳をとってよくなるもののないことは、みんな解っていますが、夫がそんな大病をしたことに皆一様に驚かれたようでした。
つい先日は高校の同窓会、7月には中学の同窓会があり、どちらも欠席の葉書を出しました。出席したOさんが記念写真を見せてくれました。


夫はというと、薄皮を剥ぐように少しずつ元気になってはいるのですが、次の手術でまた逆戻りすると思うと、どうしても前向きになれないaozora@なのです。

今日、病院の帰り、「この道を生きて帰ってくることが出来たね・・・」そんな会話を交わしながら東へ向いて帰ってくるのは、6月の終わりだろうか7月になるのだろうか?それとも・・・と考えながら走ってきました。

医師から言われた「月単位の治療」という言葉が、非常に重くのしかかっています。

術後1年の10月に発症した感染症、六甲山がだんだん錦の色に染まり、時々雪を被っているのを遠目に見て走り。
退院したかと思えばまた50日でUターン。
やがて春になり新緑の季節、木々の緑がそれぞれの色を主張して、山桜を横目に眺めたのもついこの間。それでも月末には80日を超える。

映画の終わりのようにENDマークが点灯するのはいつのことだろう。


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