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娘に弱い父親

今更ではあるが、我々夫婦は2人の娘を授かった。
結婚した1970年に生まれた長女48歳と、1973年生まれの次女45歳。
ともにもういい歳のおばさんになった。
我々親の歳もさることながら、娘がこんな歳になるとは思わなかった。

種も畑も同じなのに、2人の性格は面白いほど違う。
これは子どもの時からそうだった。
2歳9ヶ月でお姉ちゃんになった長女は、「私は今日からお姉ちゃんだから
っとそんな必要もないのに張り切った。
ベビーベッドの上の、次女のおむつをよく開いていた。
そしてお姉ちゃんはお母さんに甘えたらあかん!と思っていたようだ。
長女が幼稚園の時、夫は出向が終わり、元の運輸省(現国土交通省)に戻り
神戸の宿舎から宝塚の公務員宿舎に引っ越した。


小学生の長女の同級生で、途中まで一緒に帰ってくるHちゃんは
母子家庭でお兄ちゃんとお母さんの3人家族だった。
長女が2年生次女が幼稚園のある日、子どもたちに向かって
「お父さんとお母さんが離婚したらどうする?」と聞いてみた。
長女は「私はお母さんと・・・」と迷わずに答えた。
お父さん子の次女は、「私はお父さんと、だってお母さんはお金ないもん。」
これには参った。なんと計算高い可愛げのない子なんだろう。

いろんなことがあって、2人とも小学生になった。
小学校が遠くて、子どもの足で45分ぐらいかかった。
長女は大きかったが次女は小さくて、背のランドセルが重そうだった。

もうすぐ年に一度の父親参観日だと言うとき、3年生だった次女が夫に向かって言った。
「お父さん、そんな白い頭で父親参観に来たら嫌だ

夫は早くから白髪で、この時まだ40歳になっていなかったがかなり白かった。
その時の夫の表情を覚えていないが、ショックだったと思う。
そして白髪染めを買ってきて自分で染めた。
次女が小学校を卒業するまで染めていた。

このきつい一言に対し、父親として何とか言っても良さそうなものだが
夫は何も言わなかった。
あれから約35年経った。次女は今、3年生と5年生の子どもを育てる母親に
なった。不器用な母親に対し子どもからダメ出しをされている。
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