FC2ブログ

両親のこと④

重い内容が続きます(-_-;)



翌日から両親は、10日間の泊りのデイサービスからスタートした。
その間3回、両親、4人の子どもと嫁、孫、そして施設の所長、職員、市役所の担当者、ケアマネージャーと話し合いを持った。
これは我々身内だけでは話が出来ない、困ったケースということである。

嫁はみんなの前で「年寄りとはもう一緒に暮らせない」ときっぱり言い放った。
その横で「お前たちが勝手にしたこと、わしは知らん」とまだ言うアホな兄。

結局申請は兄がするということで、落着し特養に入った。
そして条件として兄から「両親のこと、実家のことに一切口出しをしない」旨の法的には何の効力もない誓約書を書かされた。

元々口出しはしていない。
母がまだ元気だった頃から『これから歳を取って寝たきりやそれに近い状態になることがあるかもしれない。そんな時、たまに帰ってくる娘たちは「ああしてやればよいのに、こうすれば・・・」ということを一切言わないように・・・』とくぎを刺されていた。
3人はそれを守って来た。
しかし、虐待、置き去り事件に関しては口をつぐんでいるわけにはいかなかった。

特養に入ってから、我々3人の姉妹は月に大体2度は面会に行くが、地元にいる兄夫婦は行かない。
その方が両親の心に波風が立たずいいだろう。

施設に入って3日目か4日目に、母に届けるものがあり特養に行った。出て来た母は数年来見たこともないほどの満面の笑顔で、開口一番「ここにいると天国じゃ」と言った。
朝はこちらから言う前にお早うと挨拶をしてくれる、毎日大勢で食事をする。こんなことで年寄りは喜ぶのである。
施設に入れて本当によかった。父の顔もずいぶんと優しくなった。

どの職員さんもにこやかでよくしてくれる。
実家にはなかった両親の笑顔が、この特養で戻った。感謝してもしきれない。

シニアナビを拝見していると、ヘルパーさんとして働いている方がたくさんおられる。毎日大変なお仕事なのに皆さん明るい。ありがたいことです。



ホームに親捨てて来たのじゃありませぬ   タンポポ
  

約半年で父は特養を出て、病院と併設のケアハウスを行き来する暮らしになったのは残念である。
そして母も4年後、大たい骨骨折をして入院し、その後リハビリ施設に入った。
特養には「3か月部屋を空けると退所」という規定があり母も退所した。
今は父と同じケアハウスにいる。

これ以上曲がる余地ない母の腰    タンポポ



両親が無事施設に入った時から、いずれ必要になるかもしれないと、3人で年金の支給月に積み立てを始めた。
両親の命の火が消えるまでは続けていこうと話している。
関連記事

コメント

非公開コメント