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両親のこと⑤

一人息子の兄は実家に久々に産まれた男児で、曾祖母がネコかわいがりをしたと言う。やんちゃ坊主の息子を父が叱ろうとすると、この曾祖母が父の前に立ちはだかって「〇〇を怒るなら叩くならこの私を叩いてくれ・・・」と言ったと聞く。
すべてがこんな感じで大事に、甘やかされて育ちろくな男にならなかった。
こんなろくでもない男になった責任の一端は、もちろん両親にもある。
しかしながら曾祖母の甘やかしの前には、両親もなす術がなかったのだろう。

兄が結婚した時は、私の祖父母が健在であった。もちろん同居である。
起きるのは遅かったが、食事の用意は手早く味付けもよく料理上手であった。
農家の嫁としても、よく働く働き者であった。みんなで大事にした。
そのころ祖父も両親も畑仕事の合間をぬって仕事に出ていた。
その祖父母は30数年前に亡くなった。

みんなが働きに出るからか、兄嫁は結婚後一度も働きに出ることはなかった。
言ってみれば世間知らずのお山の大将である。
よく働くがよく病気もした。

30年ぐらい前に家を建て替え、そのころから家の財布は嫁に渡った。
両親はずっと働きに出ていて、その収入のほとんどは家に入れた。

結婚後10年ぐらいは上手くネコをかぶっていたのだ。
目に見えて様子がおかしいと感じるようになったのは17~8年ぐらい前だったか・・・
母がいやに嫁に気を遣うのが見てとれた。
我々が顔を出すのがいけないのかと思うようになり、気にはなりつつ足が遠のいた。

今102歳の父は85歳ぐらいからゆるやかに認知症になっていった。畑仕事も出来なくなった。この頃から両親は辛い思いをしていたようだ。
置き去りにされる何年か前に、兄から電話がかかった。開口一番「もう年寄りの面倒はみない。引き取りに来い!」3人の姉妹の中で私だけが車に乗るからだろう。その手のことは末っ子の私にかかってきた。
妹ということもあっただろう。
その時は長姉がしばらく預かるつもりで、息子と迎えに行ったが結局父は来なかった。

母には妹が2人いる。大阪にいる叔母も大体の事情が解っており、姉である母に会って話がしたくても出来なかった。そこで12~3年前、田舎で母の姉妹夫婦、両親と娘3人と、女のいとこの計11人で、どこかで泊ろうという話になり田舎で宿を取った。
その時、兄嫁は自分を誘わないと言って文句を言った。
集まるメンバーをみれば、自分が参加できるものかどうか解ると思うのに怒った。
母の姉妹夫婦といとこの集まりなのに怒った。怒りを鎮めるべく遅ればせながら誘うと「今回は遠慮する」とのたもうた・・・。
もし誘って一緒に泊まっても居心地が悪かっただろう。

そしてこの時、一泊したら家に帰らず娘たちの家に行くよう言われて、我が家に両親を連れて帰ってきた。
それまで何度も我々娘は両親を旅行に誘ったが、兄夫婦に遠慮し「忙しい」を理由に実現しなかった。
実権を完全に握り、お山の大将になった嫁に兄も両親も手が出なかった。

母の遠慮解ってますかお義姉さん   タンポポ


特養に入所が決まった時、義姉は私たちに向かって「あんたたちは親を捨てて、家に恥をかかせた」とまたまた怒った。

留守の我が家の玄関先に、年寄りを置き去りにしたのは忘れたらしかった。


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