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両親のこと①

シニアナビに以前アップしたものを、私の覚書として同じ日付でこちらに引っ越しました。
①~⑥までありますので、順次引っ越します。

施設でお世話になっている、両親のことを書いてみたいと思います。
両親は田舎で農業をしていました。
母には妹が3人と弟が一人ありましたが、弟と妹一人は子供のころ亡くなりました。
勝手な想像ですが、母が結婚したころは戦争中で、健康な男性はみんな戦争に行っていたのでしょう。
弟が亡くなったことで、父を夫として迎えました。
もう70年少し前のことです。
父は若いころ少し体が弱くて、徴兵検査に受からなかったと聞いています。
二人の間には娘が3人と息子が一人授かりました。
長女、次女、長男、三女(私)の4人です。
1人授かった息子は、曾祖母の可愛がりようが尋常ではなく、わがままいっぱいの男になりました。
曾祖母は私が幼稚園の時に86歳で亡くなり、その後、両親、祖父母、私たち4人で暮らしていました。

昭和43年に兄も結婚をしました。
わがままな息子に来てくれたお嫁さんに、姑の苦労をしていない母は姑の苦労を、させないようにと気を遣っていました。
ハネムーンから帰った嫁さんに「若いときはいくら寝ても眠いものだから、早く起きなくていいよ」と言いました。
その言葉通り、母より早く起きることはなかったようです。
兄夫婦にも子供が二人授かりました。
その子供たちが幼稚園に行く前に祖父母は亡くなりました。
その後も、表向きは仲良く暮らしているようにみえていました。
その子たちも成長しそれぞれに家族が出来、大阪に出ていた長男夫婦が田舎で働くため子供を連れてUターンしてきました。また8人の大家族になりました。
12~3年前のことです。

父はその頃すでに認知症の症状が出ていました。
段々家族の関係がギクシャクしてきました。
8年前のある日、母が貧血で入院したと連絡があり、二人の姉と一緒に病院へ行きました。
その時の母の嬉しそうな顔が今も忘れられません。そして退院の日、姉と私が迎えに行きました。
すると母は「家に帰るのが辛い・・・」と泣きました。
自分が生まれて80年以上いる家に帰るのが辛い・・・姉と二人でどうしたものか、何があったのか解らぬまま、暗い気持ちで退院の手続きをしました。
そこで近所のお婆さんと会ったので、一緒に食事をしてお婆さんを家まで送り、母を実家へ連れて帰りました。
それから2週間後、何の連絡もなく留守宅の我が家の玄関に、両親が置き去りにされるという大事件が起きました。

宅配便でも留守なら再配達をする時代なのにです(-_-メ)
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