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母の面会

父が103歳で逝って、もうすぐ2か月になる。
葬儀の時、介護タクシーで施設から来た母と会ったが、去年の9月に
面会に行って以来、私は行ってなかった。
昨日は姉二人と一緒に、面会に行って来た。

施設に行き、父が長い間お世話になった病院へお礼に伺った。
「○○の娘です、いや三婆ですが・・・」と長姉
持参したお菓子を手渡そうとすると「○○さんから、いただいてますよ」と言う。

そこで初めて孫嫁のMちゃんが、父の荷物の引き取りに行ってくれたと、気づく三婆。
きっと連絡があり、早い時期に引き取りに行ってくれたのだろう。

私達3人のお礼の気持ちを伝えて、渡り廊下で繋がっている母のところへ行く。
母は入浴中だった。
少し荷物を片付けたりしていると、お風呂からあがってきた。
お風呂で「○○さんご面会ですよ」と言われ誰が来てくれたのかと思った。
3人が一緒に来てくれて嬉しいと、喜んで何回も同じことを言う。

「お父さんが死んだこと覚えている?」と訊くと「覚えているよ70年あまりも一緒に居たんやし・・・」と
まともな答えが返ってきてびっくり。
尤も我が家の玄関に置き去りにされ、約2か月後、特養入所。
その半年後から、父は病院とケアハウスを行ったり来たり。
母も大腿骨を骨折後は特養を退所し、同じところでお世話にはなったが、
介護度が異なるからか、一緒には暮らしていなかった。
そういう細かいことは、もう母の頭では理解出来ていない。
でも結婚して70年あまりと言うのは、合っている。それでよい。

ここにいたらありがたい、朝起きたらパジャマを脱いで服に着替えさせてもらって、
朝のお茶が出てくる。
ご飯をみんなで美味しくいただく、何も云うことがないと嬉しそうに言う。
それを聞いて、我ら三婆は本当に安心する。

産まれた家で大勢の家族がいて、その中で辛い日々を過ごしていた母には、
天国のようなのだ。

両親を施設に入所させたことで、兄夫婦と一悶着も二悶着もあったが、これでよかったの
だと思っている。
8年前のまだ寒い2月、留守の我が家の玄関に、高齢の両親を置き去りにしたことに対し
いささかの痛みも感じていない人たちに、言われる筋合いはないのだ。

我が家で2か月過ごした母を、連れて帰った時「誰も帰ってきてもいいとは言ってないぞ!」と、どの口から出た言葉なのか忘れているらしい。
その言葉を聞いたから、市役所へ相談に行ったのだ。

この2年で母の認知症はずいぶん進んだ。
面白いのは父の話をすると、
「おじいちゃんだいぶ呆けとったな、時々おかしなこと言うとった」
三婆「
まだ自分は呆けていないと思っているらしい。それも良し、なんたって誕生日が来たら93歳なんだから。

さて後何回、母の面会に行けるだろう。
生きているうちに、一回でも多く面会に行けたらいいと思っている。
父の死が急だったように、母にも一歩ずつ父のいる世界が近づいているのは、確かなことである。

もちろん我々三婆だってそうだが、母より早く逝ってはならないのだ。


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母はヘアカラーをしていないが、姉二人より黒々している。




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