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続1・17

昨日書き忘れたことを少し補足。
水もガスもない生活は、この時まで予想もしていなかった。
そんな中で水道管の裂け目から水が溢れ、臨時の水くみ場になった。
反対側の通路では、下水管からも溢れトイレ用にバケツに汲んでもって上がった。

震災から4日目ぐらいだったか、新聞を見ていると大勢の死亡者の住所があった。
その中に、親友の家の近所の住所があり、初めて親友の家の辺りも大きな被害を
受けていたことを知った。
すぐさま原付に乗って親友の家に駆け付けた。道路から家が建っているのは見える。
しかし家に続く道には、潰れた家がせりだし近づけない。
少し先に行ってみると、がれきの上に畳を敷いて歩けるようにしてあった。
そこを歩き友の家の玄関前で、Kさ~んと何度か叫んでいると、右隣の方が
「Kさんは小学校の体育館に避難していますよ」と教えてくれた。
元々この地に住んでいて、我が家の子供たちも通った小学校である。土地勘はある。
体育館に着きドアを開けると、この何日かテレビで見ていた避難所の光景が広がっていた。
Kさんいませんか?と叫びながら歩いていると、私を呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと次女の同級生のお母さんだった。
「Kさんは舞台の上よ!」と教えてくれた。
舞台へ近づくと居た!Kさんと呼びここまで気を張って来てよかった。
再会と無事を喜び抱き合って泣いた。

この未曽有の大震災の後も、日本列島は大震災に見舞われている。
そのたび避難所の風景を見ると、あの時のことを繰り返し思い出している。