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洗車機

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洗車機の中で身もだえする車  タンポポ
画像は無料素屋さんからお借りしました。

雪がチラチラ

当地にしては珍しく雪が舞っている。
年に一度あるかないか・・・。
今日は朝から寒かった。
友人から雪が降り始めたよと、LINEがきて窓の外を見ると
チラチラ舞っている。ありゃりゃ・・・。
子どもなら積もるといいなと思うだろうが、大人はそうは思わない。
もしも積もったら大ごとになる。

一番困るのは、ノーマルタイヤの愛車に乗れないこと。
私の生活は車にさえ乗れたら、大抵のことはできる。
路面にはまだ積もっていないが、駐輪場の屋根や車の屋根には
かなり積もっている。
明日は出かける予定がある。朝、雪が積もっているなんてことの
ないように願っている。

夫婦喧嘩

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夫婦喧嘩口をきいたら負けである  タンポポ

喧嘩していませんが、意地でもこちらから口を聞くものかなんて
思っていると、我が家では負けを認めるようなものです。
悔しいけど長期戦にはなりません。相手にされてないってことですかね。


イラストは無料素材屋さんからお借りしました。

続1・17

昨日書き忘れたことを少し補足。
水もガスもない生活は、この時まで予想もしていなかった。
そんな中で水道管の裂け目から水が溢れ、臨時の水くみ場になった。
反対側の通路では、下水管からも溢れトイレ用にバケツに汲んでもって上がった。

震災から4日目ぐらいだったか、新聞を見ていると大勢の死亡者の住所があった。
その中に、親友の家の近所の住所があり、初めて親友の家の辺りも大きな被害を
受けていたことを知った。
すぐさま原付に乗って親友の家に駆け付けた。道路から家が建っているのは見える。
しかし家に続く道には、潰れた家がせりだし近づけない。
少し先に行ってみると、がれきの上に畳を敷いて歩けるようにしてあった。
そこを歩き友の家の玄関前で、Kさ~んと何度か叫んでいると、右隣の方が
「Kさんは小学校の体育館に避難していますよ」と教えてくれた。
元々この地に住んでいて、我が家の子供たちも通った小学校である。土地勘はある。
体育館に着きドアを開けると、この何日かテレビで見ていた避難所の光景が広がっていた。
Kさんいませんか?と叫びながら歩いていると、私を呼ぶ声が聞こえる。
振り向くと次女の同級生のお母さんだった。
「Kさんは舞台の上よ!」と教えてくれた。
舞台へ近づくと居た!Kさんと呼びここまで気を張って来てよかった。
再会と無事を喜び抱き合って泣いた。

この未曽有の大震災の後も、日本列島は大震災に見舞われている。
そのたび避難所の風景を見ると、あの時のことを繰り返し思い出している。

1・17

阪神大震災から今日で23年である。
やはり今年も、地震のあった時刻に目覚めた。
どうしても夫婦の話題は、あの日のことになる。

時計を見ながらこの時間はどんなことをしていたか、思い出してしまう。
我が家は阪神間にありながらも、ごくごく小さな被害で済んだ。

一瞬で停電し、水が出なくなり、夜にはガスも出なくなった。
電気は約30分で復旧したものの、水は3週間、ガスは4週間止まっていた。

ATMも開いていない。
スーパーには、いつもなら有り余るほどある食料品も品薄で買えない。

電車はJR、阪急、阪神とも動かない。
国家公務員だった夫は、当日電車通勤をあきらめて自転車で出直したが、
阪神高速道路の倒壊現場を見て、眩暈をおこし帰って来た。
翌日から魔の自転車通勤をした。建物の倒壊現場を避け、迂回して西へ西へと
ペダルを漕いだ。

有事の際こそ出勤せねばならぬ立場の公務員、17日に欠勤したことを
退職の日まで悔やんでいた。
職場まで何キロあったかわからないが、かなりの距離であることは間違いない。
よく頑張って行ったと思う。当時51歳まだ若くて元気だった。

徐々に復興し4週間後、ガスが出てお風呂を沸かせた日の喜び温かさを
何度も何度も浴槽に手を入れて娘と喜んだ。

私は水が出ないこの期間、重い水を運んで股関節を悪くし、
のちに両脚の股関節を人工関節置換術を受けた。

過去記事の1月17日はもう少し詳細に、震災関連を書いてあります。
興味のある方はどうぞ・・・。

被災地へ急ぐ背中の水の音  天根 夢草

連れ添って48年

今日はわが夫婦の、48回目の結婚記念日。
ここ数年、大抵当日は忘れているが、今年は珍しく覚えていた。
48年前、夫26歳、私21歳・・・二人とも若かった。

結婚した当初、自分がこんな歳になるとは思ってもみなかった。
ましてや授かった二人の娘が、47歳と44歳になるなんて・・・。
月日の経つのは早いもの。

すっかりジジババになった二人に、残された時間はそう長くはないだろう。
それでもいい、概ね幸せな人生を送って来たのだから。
ただこの6年、夫の病気というアクシデントに、ハラハラドキドキはしている。

しかし今の調子でいけば、50年の金婚式も夢ではないだろう。
もっとも先のことは神様にしかわからないが、そんな気はする。

取りあえずは、11回もの手術をした夫と、今日を迎えられたことに感謝である。


バアさんと夫に呼ばれ無視をする  タンポポ


夫婦喧嘩持久戦なら私勝つ  タンポポ

複雑な気持ち

次女一家が帰宅した6日の夜、寝室に行った夫がリビングに戻ってきて
「枕元にお年玉があるぞ!」と言います。
ええ~~!と寝室に行くとベッドの枕のところにポチ袋に
入ったお年玉があります。
あらら!昨年はPCデスクにおいて帰ったので、一応PCデスクは気を付けて
いたのです。

年末に車を買い替えたこともあり、親にまでまわらないだろう、よかったと
思ったのです。
まさかベッドの上に置いてあったとは・・・。
3人の孫たちには、一律一万円渡すのですが、なんと今年も三万円入っていました。
嬉しいというより複雑な気分です。
年金暮らしの親が、貧乏くさくみえたのだろうか?
娘たちには常々年金で何とか暮らせるから、心配は要らないと言っているのですけどね。
娘一家は子育て中、今の子供はお金がかかるのに、親の心配までしなくてよいものを。

後で素直にありがとうとLINEを送ったが、昨年のも勿体なくて置いてある。
遠く離れて住む娘に、心配をかけてはいけないなあと肝に銘じた次第である。
っと言うより、親にそんな気を遣わなくてもいいんだよ。

ホッと&寂しくなった

無事お正月も終わり、帰省していた娘たちも帰った。
関東に住む次女一家4人は、我が家には3日に来た。
そしてバツイチ長女と息子も3日に来た。

普段ジジババ二人のところに、一気に6人の来客。
いやぁ賑やかなこと賑やかなこと。
当然?蒲団は人数分ないので、大阪府内の長女は夕食を食べて日帰り。
その夕食も予備の椅子を入れても6脚しかない。
立食にしようかと思ったが、お鍋ではそうもいかない。
リビングのソファーとセンターテーブルも動員して何とか
食事を終える。

19歳の孫は静かなものだが、小2と小4の孫が賑やかだ。
鉄ちゃんの19歳の孫は、元旦のみ有効の新幹線乗り放題の切符で、
朝4時起きして1人博多まで行ってきたという。
途中岡山で降りて、出雲大社にお参りをしたそうな。
この子は広汎性発達障害ではあるが、見た目には解らない。
ちゃんとジイチャンバアチャンに、お土産を買って来てくれた。

そして今日関東に住む次女一家が帰った。
車で休憩しながら、12時間ほどかかるという。
子連れなので時々、ドッグランならぬ、ちびっこランで体力を消費しないと
長距離のドライブは飽きてくるので、休憩を兼ねて遊ばせる。

出発をして丁度3時間、今頃どこを走っているだろうか。
無事にたどり着きますように。







お正月

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