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病人

病人済み

         病人を今も好きかと自問する  タンポポ

結果嫌いではないようです

お茶

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      お~いお茶 お茶が返事をするものか  タンポポ

期日前投票

22日の投票日は大雨とのことなので、今回初めて期日前投票をしてきた。
場所はショッピングモール「ららぽーと甲子園」の二階である。
この辺りはもう一か所市役所の支所でも出来る。

初めて行ってびっくりしたのは、長い列ができていること。
お天気のことそして、先日この投票所が新聞に出ていたこと、それにお買い物の
ついでという便利さであろうと思う。

出かけようとして何気なく入場券を裏返してみた。
期日前投票者は、住所、名前、当日いけない理由などあらかじめ記入する欄があった。
投票所へ行くと係り員が「裏の記入はお済ですか?」と声をかけている。

入場券を渡すと、パソコンで確認し、小選挙区の用紙を貰う。
次に比例区の投票養用紙と裁判官の国民審査用紙を貰って投票して終わり。
一度に6人しか投票出来ないが、すっすと流れていく。

夫は今日は朝から病院へ行っていたので、私が一人で行ってきた。
難を言えば、ここは隣接のスーパーも広すぎて私は偶にしか行かない。
でも偶に行けば行ったでちょっと珍しいものを買ったりする。

大失敗・・・(+_+)

先日母の面会に行った折、淡路島まで行くと海産物を買って帰ろうと思い
友達にも声をかけていました。
そして姉たちにも、あそことあそこいこうねと・・・。

母がお世話になっているケアホームを出て、母の調子が良かったことに
安心し嬉しくて、何度もよかったよかったと話をし、そして顔を出さない実家の
兄夫婦は何を考えているのだろうかなどと話しながら、気持ちよく帰路についたのです。

ハッと気がつくと目の前は高速のETCレーン、後戻りもUターンも出来ません。
あっちゃしまった!気付くのが遅すぎた。
仕方なくサービスエリアまで走って、友達にゴメンのLINEをしたのです。

両親が約10年前、留守の我が家の玄関先に置き去りにされ、その後市の計らいで
スムーズに特養に入所して以来、何度淡路島まで往復したかわかりません。
その時々に、特産の玉ねぎであったり、海苔ワカメ、あるいはチリメンジャコ、干しタコなど
買って帰っていました。
今回のようなミスは初めてでした
次回のお楽しみと言うことで・・・う~~ん次はいつ行けるやら?
病人を抱えていると、なかなか自由がきかない。

母の面会

昨日は二人の姉と、母がお世話になっているケアハウスへ面会に行ってきた。
認知用で耳の遠い母には、部屋の入り口で声をかけても聞こえない。
部屋に入って、とんとんと腕なり肩を叩いてやっと気付く。
昨日も窓の方を向いていた母の手をとんとんとするとやっと気付いた。

私はずいぶん久しぶりだったので、忘れられてるかなと思っていたが
顔を見て「○代はえらいせんどぶり(久し振)」やなと言った。
忘れられてなかったことに一安心する。
そして3人で来るのもせんどぶりやと嬉しそうであった。

かなり大きな声で話さないと、会話は一方的になっていまう。
自分の年齢、私たち娘の年齢を訊いてみた。
母は現在95歳だが90歳と言う、私は69歳だが64歳だと言った。
だんだんこんがらかってきて、長姉に至っては明治生まれだという。
息子も孫もごっちゃになってしまった。

それでも自分の両親の没年はしっかり覚えていて、その時の自分の
年齢も覚えていた。

ここの職員さんは私たちを見かけると「ありがとうございます」と先に挨拶をしてくれる。
こちらが先にお世話になっていますと挨拶をすべきなのに・・・。
本当によくしていただいている。
世間では老人施設での事件や事故がよくくニュースになっているが、私たち姉妹は
まったくそんな心配をしていない。
日常的に何かそんなことがあれば、気付くよねと3人の意見が一致する。

そしてこれは時々思い出したように言うことなのだが、「死ぬまで一回○代の車で
産まれた家に行きたい」
母は養子娘なので産まれた家は、85年住んで理不尽にも追い出された家である。
母の気持ちは痛いほどわかるが、車いす生活でおそらく今は一歩も歩けない母を
連れ出すのは容易ではない。
連れ出すとすれば、リフト付きの介護タクシーでないととても無理だと思う。
願いを叶えてあげられれば、最後の親孝行になるだろう。

しかし介護タクシーで行ったとしても、歓迎されないのは私たちには解っている。
車椅子で家の周囲をぐるっと回るのが、精いっぱいだろう。
切ない母の願いを叶えてやりたいと思う。

不眠症№2

昨夜は次女の幼かったころを思い出そうとした。
ところが長女と同じように、同じ長さの幼い頃があったにも関わらず、
次女の幼かったころのことは、あまりたくさん思い出せない。
真っ先に思い出したのは、2歳3か月ぐらいの時、長女が幼稚園に行っている間に
JRの駅前の大型スーパーに行った。
何気なく子供服を見ていると「誰の買うの姉ちゃんの?」と何度も言う。
普段お下がりばかり着せられているので、「私にも買って!」と言いたかったのだろう。

親の懐具合を知る由もないが買って!とは言わなかった。
買ってとねだらない子が不憫で「Sちゃんのスカート買おうか?」と言った時の
嬉しそうな顔 そんなわが子が愛おしかった。
翌日そのスカートをはいていると、ご近所さんが何人も「Sちゃん新しいスカートやね、かわいいよ」と
声をかけてくれる。
それがまた嬉しくて「昨日おかあさんと○○で買ったの
宿舎生活で見栄を張る必要もなかったが、子どもは正直だった。

しかし考えると次女はこの時、既に口が達者だった。
もちろん40年あまり経った今も口達者である。

不眠症

私タンポポはいつからか不眠症になっている。
若いころはバタンキュウで寝られたのに、最近はほんと寝られない。
睡眠導入剤のお世話になる日もあるが、出来るなら飲みたくない。
ある人が寝られないときは、楽しいことを考えたらいいと教えてくれた。
しかしながらそうそう楽しいこともない。
そこで子育てをしていたころの諸々を、思い出してみることが多い。
22歳で長女を25歳で次女を産んで、まだまだ若くて元気だった
あのころのことを思い出す。

夕べは長女の2歳半ぐらいの時の事件を思い出していた。
その日は給料日だった。まだ手渡しの時代で、夫は出向していた。
買い物に行ってきてお財布はすっからかんになっていた。
宿舎内でお友達と長女は遊んでいたが、お友達も帰ったので、
帰ろうといっても嫌と言う。夕飯の準備もあるのでちょっと手を引っ張った。
その途端に泣き出した。その時は解らなかったがよく見ると手をブランと
して泣いている。どうも肩関節が外れたようだ。
病院へ行かねば・・・でもお財布は空っぽ。

まだ銀行のカードもATMもない時代。そして銀行の窓口も閉まっている
夫がお給料をもって帰るまでまだ少し時間がある。長女は泣きじゃくっている。

仕方なく勤務先に電話をして、夫につないでもらった。
事情を話し、帰ってきてくれるよう頼んだ。
夫も子どものこと、すぐに帰ると言ってくれた。
そして夫が帰宅し無事に病院へ行って、元に戻してもらった。

そんなことを思い出していて、あの時も夫は怒らなかったなと思った。
人によったら怒る人もあると思う。
私にとって長い結婚生活のなかの、唯一の大失敗だったと思う。