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期間限定おひとり様と奇遇

23日に夫が緊急入院してすでに4日目、明日の検査結果で退院かどうかが決まる。
高カリウム血症での緊急入院、栄養士による食事指導がある。

普段は居て当たり前の夫が、期間限定とは言えいないのはどうも調子が狂う。
朝食のコーヒーが沸いていない。そう我が家は先に起きる夫が沸かしておいてくれる。
これが退職をしてから、当たり前になっている。
横着物の私はインスタントコーヒーを飲む
そしてゴミも自分で出さねばならない。
ずっとおひとり様になったら・・・。

昨日、病院へ行くと「実家の甥の名前はどんな字を書く?」と聞く。
「確か○○はこんな字だと思う」
「このフロアーに入院してるぞ」 「ええ~~

私の実家はかなり珍しい苗字である。病室の名札を見に行った。
間違いないと思いつつ、甥の嫁さんにで問い合わせる。
すると金曜日から入院していると、返事があった。
なんという奇遇。あの広い病院の東病棟で同じフロアーとは・・・。

実家のある淡路島は、医療の孤島だと言われているそうで、
島外の大きな病院に患者を送り込んでいる。
そう深刻な病でもなさそうだが、甥も45歳、それなりの年齢である。
順番に年を取り、どこかに不調が出てきても不思議ではない。
この甥は10年前に留守の我が家の玄関先に、高齢の両親を置き去りに
した張本人である。よもや忘れてはいないだろう。

明日手術だそうで、久しぶりに甥の嫁さんと会って来よう。

またしても

夫が入院をした。
2011年の10月以来、もう何回目の入院なのか、本人も私も定かではない。

昨日、感染症内科の予約があり、一人で出かけて行った。
受診の前の採血検査で引っかかってしまった。
カリウムの数値が2週間前に比べて、上がり過ぎていた。
結果を見た主治医の顔色が変わったという、それほど高くなっていたのだ。

そして急遽腎臓内科の専門医を受診したという。
実はこのところ、足の甲が腫れているのが気にはなっていた。
たぶん腎臓から来ているのだとは思っていた。

腎臓は最初に倒れた急性大動脈解離で、左の腎臓の機能を失い
右の腎臓だけで頑張ってきた。
減塩、カリウム制限の食事を心がけていた。

夫の兄も姉も透析治療をしていたが亡くなっている。
長男も透析をしている、素人考えでも腎臓の悪いDNAが濃いのだと思う。

昨日の状態では一時的な透析も考えられていたそうだが、それは何とか
避けられた。
数値は少し改善しているが、ベッドから降りられない。
救急病棟から一般病棟に移る前体重を測った。
立ち上がるのは禁止なので、身体をシートのようなものに包んで
ゆりかごのように、ぶら下げて測っていた。

一般病棟に移動した。以前長い間お世話になった病棟であり、看護師長さんが
おかえりなさいと挨拶に見えた。
救急病棟でも何度もお世話になっており、やはり覚えている?と挨拶をしてくれる
看護師さんがいたしうだ。
あまり長居をするところではないなと思う。

取りあえず月曜日の検査結果を待って、退院か否か、また今後の治療が決まるらしい。

我が家の今年の目標は「入院をしない」だったのだが、今年もあっけなく入院をしてしまった。
今回だけで済みますように・・・。

三回忌

今日は22日、享年105歳で逝った父の命日。
お呼びではない我々三姉妹は、父の好物だった和菓子をお供えに送った。

三回忌の法要は、お寺さんが来てお経をあげてもらうと、甥の嫁さんから、
お供えのお礼の電話で聞いた。
これもおかしなことだと思う。
兄の名前で送っているのだから、本来兄か兄嫁が電話をしてくる
のが筋というもの。

どこまでも世間知らずで、恥知らずなんだろう。

我々は諦めてはいるが、この調子で田舎でうまくお付き合いが
出来ているのか、心配になってくる。

実家のこと、両親のことに口出しは出来ないが、ケアハウスの費用が、
母の年金では一ヵ月分しか払えないので、4人で負担している。
一切の口出しは許さないが、お金を出せと言う。
これはとてもまともな大人の言うことではないと思う。

実家の方角に向かって手を合わせた。

両親

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実家から荷物のように親届く  タンポポ

10年前の今頃、両親は留守の我が家の玄関先に置き去りにされた。
何の前触れもなく・・・。
ただ認知症の父と、歳老いてあまり仕事が出来なくなった母が邪魔だということで・・・。
元気な時は、さんざん便利につかっておいて、役に立たなくなったからという勝手な理由で・・・。

両親とも元気な時は、農業の傍ら現金収入を求めて仕事に行っていた。
そしてその収入のほとんどは家に入れていた。

仕事に行けなくなって、少しの国民年金が入るとそれもずっと用立てていた。
死ぬまで家で面倒を見てもらえるものと思っていたから、用立てていたのだ。

この時父は95歳、母は84歳だった。
母は生まれた家を、あっけなく追い出されてしまった。
どれほど悔しかっただろう。

そして今、義姉は一年半の入院の後、一人ではお風呂に入ることも、台所に立つことも
出来なくなっているらしい。義姉は現在71歳。厄介者になるにはまだまだ早すぎる。

10年前、私が「誰でも歳をとる。両親も義姉さんが嫁いできたときは元気だった」と
言ったとき激怒した義姉・・・当たり前のことを言っただけなのに・・・。

自分は年を取らずに、ずっと元気だと思っていたのだろうか?

誰だって歳をとるし、いつどんな病気になるかも解らない。
絶対なんてないのだから・・・。

父は亡くなり、母は認知症が進み、嫌な記憶を忘れてケアハウスで暮らしている。

何だかなあ

今月22日は父の三回忌になるが、実家からは何も言ってこない
まあ一周忌も誰が行ったか知らないが、お寺に行ってお経をあげて
もらって済ましたので、三回忌もきっと、その程度の供養しかしないのだと思う。

去年は義姉が入院中であったし、兄も体調不良だと聞いていた。
しかし一周忌ぐらいは、せめて我々娘を呼んで供養すべきだと思う。

留守の我が家の玄関先に、母と一緒に置き去りにされて間もなく10年になる。
切ないとても切ない。そして悔しい。
生きていても逝っても、親をこんなに粗末に扱っていい筈がない。

天に唾吐くと自分にかかる。それがまったくわかっていない兄夫婦。
義姉の一年半もの入院、兄の体調不良・・・胸に手を当てて考えてほしい。

我々は三回忌を忘れていないと、自己主張の意味も込めて
父が大好きだった甘いものをお供えに送った。

せめて話し合いの出来る兄であれば・・・

母に会いに

バレンタインの14日、母のいるケアハウスに三姉妹で行ってきた。
ケアハウスにつきエレベーターを待っていると、お風呂に行く母と職員さん
そしてもう一人入居者さんが降りてきた。
お風呂なら仕方ないなと思い、上がって待っていた。
日当たりのよい暖かい場所で、三人で喋っていると以外に早く
母が戻ってきた。

親不孝な私は母に会うのは3か月ぶり
毎月行っている姉たちから、今の母は自分から喋らなくなってしまったと
聞いていた。認知症が進んでいるのだ。
ところがこの日の母は割合しっかりしていて、自分から喋っていた。

長姉が「2月11日は何の日?」と聞くと、母はじ~~と考えているが答えられない。
紀子(次女)の誕生日やでと言うと、そうや紀元節で付けたんやと笑顔。
続いてじゃあ私(長姉)の誕生日は?ときくとちゃんと答えた。
そして聞いていないのに長男の誕生日も言えた。
じゃあ私はと聞くと24年4月24日と答える。残念ながら1年と4日間違えている。
まあ50%の正解率95歳の認知症である、良しとしよう。

歳老いてからも記憶力がよすぎて、嫁に嫌われたころの母を思うと、
悔しい思いもあるが、実家にいたころの嫌な思いを、今はほぼ忘れて暮らしている。
それでいい・・・それがいいと三人で話している。

母残し寂しさ残しケアハウス   タンポポ
安心を確かめに行くケアハウス 裕美

LOVE

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愛と言うスパイスにある隠し味  タンポポ

今日はバレンタイン・・・隠し味はチョコですか?

無料素材屋さんからお借りしました。

のど自慢

無題


ゲストには鐘が鳴らないのど自慢  タンポポ

いつも思うのですが、NHKののど自慢の審査員はどこにいるのでしょうね。

小指

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恋をした記憶かすかにある小指  タンポポ


半世紀前の記憶・・・

無料素材屋さんからお借りしました。

ピエロ

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空中ブランコわざと落ちるピエロ  タンポポ

落ちそうで落ちない・・・でも結局は落ちる。
最後にサーカスを観に行ったのは、7年ぐらい前だったか?
今18歳の孫を連れて行った。


画像は無料素材屋さんからお借りしました。

老眼鏡

老眼鏡


当たり前と言えば当たり前、人並みで安心・・・

順調に老いて老眼鏡が要る  タンポポ

喧嘩

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言い勝ってスッキリ感のない喧嘩   タンポポ

喧嘩は後味の悪いものです
こちらはやる気満々なのに、相手をしてくれないのも腹立たしい・・・。

イラストは無料素材屋さんからお借りしました。

新聞

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定型ではありませんが・・・。

もし夫が死んだら新聞はやめる  タンポポ

映画&ランチ

昨日は実に久しぶりに友人と映画を観てきた。
去年の記録を見ると3月に「家族はつらいよ」を観て以来
行ってなかった。
こんなに長いことシネマにご無沙汰は、この10年ぐらいはないことだった。

観たのは阿部寛、天海祐希のこれ
以下作品情報より。

宮本陽平(阿部寛)と美代子(天海祐希)は、学生時代に合コンで知り合い、卒業と同時に、
できちゃった婚。そして、ごく平穏な結婚生活27年を経て、子供の独立の時を迎えていた。
夫と妻から、父親と母親という風に形を変えた夫婦生活。理想の夫ではないにしても、
浮気もせず、教師としてまじめに働き、きちんと給料を入れる、そんな自分に何の問題も
ないと、陽平は思っていた。ところが、息子夫婦が福島へ転勤で旅立った日、久々27年振りの
二人きりの生活に戸惑い、ふたりとも、ついつい飲みすぎてしまい、妻は飲みつぶれてしまう。
そんな夜、陽平は、妻の記入欄がすべて書き込まれて捺印された離婚届を本棚で発見する。

どこにでもありそうな肩の凝らない映画だった。ちょっとコメディタッチであちこちから笑い声もしばしば・・・。

1人息子が巣立ってお父さんお母さんと呼び合うのは止めて、お互いを名前で呼び合おうと提案する妻、
それについてきっぱり否定も肯定も出来ない夫。
世間の夫婦はどうなのだろう?
我が家はやはり、ついついお父さんと言ってしまう。名前で呼ぶことは夫婦以外に誰かがいるとき。
娘たちがいるときは、ジイチャン、バアチャン・・・。


バアさんと夫に呼ばれ無視をする  タンポポ