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コスモス畑

先日、車で15分ぐらいのところにあるコスモス畑に行って来た。
ここはボランティアさんの手入れよって、毎年広い河川敷に綺麗なコスモスをかせている。それを無料で見せていただける。
臨時駐車場があり、入り口でわずかな駐車料金のみ支払う。
大勢のボランティアさんの努力によって、維持されているので、園内にある募金箱に気持ちだけ入れて帰る。

お天気のよかったこの日、対岸からみても車も人も、一杯なのが見えた。
もちろんコスモスも一杯咲いていてピンクのじゅうたんが見えた。
黄花コスモスも一面に咲いており見応えがある。

デイサービスの車もたくさん来ており、車いすの利用者さんに一人ずつ職員さんがついている。
田舎の施設にいる母を思い、頭が下がった。


花びらは奇数に限る好き嫌い   タンポポ

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anigifひげの渡し



落語会

25日の日曜日の午前中は、春からチケットを購入していた落語を聞きに行って来た。
半年も前にチケットを購入した時は、今の我が家の状況では半年も先のことなど
どうなるか解らず、半分賭けであった。
半年経って、夫の体調は相変わらずだが、入院をすることもなく何とか自宅で
生活が出来ている。そして落語を聞きに行くことが出来た。

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夫婦とも生で落語を聞くのは初めてだった。

若手からベテラン、笑点でお馴染みの落語家さん、古典落語に創作落語、
それぞれ味があり、なかなかいいものだなと満足して帰ってきた。

何より我が家にとっては、半年先の予定が無事にこなせたところが大きい。
青空の下、爽やかな気持ちで帰ってきた。

芸術文化センターの先行予約会員になっているので、毎月パンフレットが
どっさり届く。
その中には行きたいと思う物はたくさんある。
今度はバレーを観たい。
それと佐渡裕指揮のクラシックも聴いてみたい。

左目術後3日め

本日も医者通い。
4日間だから明日まで。そしてその次は月曜日なのか火曜日なのか?
明日行ってみないと解らない。

医者からは左目も手術は大成功だと言われたが、
右目ほどの感動がなかった。
元々左目の方が、網膜の状態が悪かったので、視力もあがっていない。
視力は一カ月ぐらいで落ち着くと言うことだが、今日の左目の視力は0.8だった。
左眼だけで見ると、色彩も文字も右目とは全く違う。

カメラのレンズに例えられる水晶体の濁りが取れたことで、網膜の状態が
よく診ることが出来るようになった・・・これで良しとしよう。
通院はまだ続くし、一日5回の目薬もまだまだ続く。

今日から約一カ月の間、貸し出し用の手元用の眼鏡を借りて来た。
やはりよく見える。今までは新聞などは裸眼で見ていたが、PCを触る
時だけ老眼鏡をかけていた。

眼科の隣にある眼鏡屋さんによると、術後の視力は日々変わるそうで、
視力が落ち着けば、手元用の眼鏡を作る必要があるようだ。



昨日叔母と話をしていて、加齢黄斑変性の話しになった。
90歳の叔母はこれに罹っており、物が歪んで見えるので1人では
遠出が出来ないと言う。


試しにここでチェックすると、右は歪みもなくきれいに見えるが、左は一部歪んで見える

事己責任で・・・

術後は、当初もっと色々不便な生活を強いられると思っていた。
ところが昨日4日目、車の運転も難なくできた。
医師から運転は自己責任でと言われており、10月いっぱいは自重する
つもりでいた・・・そうそのつもりでいた。
しかし.生活の上で目に不自由がなく、運転が出来そうだったので、
試運転をしてみた。
これなら両目を手術しても、数日後には普通に運転できると自信がついた。

もちろん手術日は、左目を隠しているので運転は出来ない。
4日間の通院は、右目の時と同じように、電車通院をする。

ただ顔も洗えないしシャンプーも出来ない、メイクも出来ないので、
電車に乗るのは、かなり恥ずかしい。


青空がくっきり見える術後の眼    タンポポ


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術後3日め

右目の白内障の手術をして今日は3日め。
手術の翌日、目を覆っていたガーゼをとった瞬間ビックリ
予想を上回るクリアーな世界が広がった。

術前医師からは「手術をするとこれからの季節青空が大変綺麗に見えますよ。白い物はより白く、全く別の世界になります」と言われていた。

ところが私「今も綺麗に見えているし、裸眼で新聞が読めるし・・・」と本気で思っていた。
夫の9回に及ぶ手術で、今もほとんど声が出ない状態の中、夫婦で医者不信になっている。
だから頭から疑ってかかっていた。

ところがどうだ、未手術の左目と比べると、雲泥の差である。
今まで見ていた青さ白さは、かなり濁っているのだ
疑ったことを反省している。

眩しいくらいに青く白い。
新聞がこんなに白かったとは・・・。
色んな色に囲まれて生活いるが、藤色だと思っていたTシャツが紫に近い。
ベランダのお花の色も、思っていた色より鮮明な色をしている。

今は毎日術後の通院をしている。
医師は手術は大成功だと言ってくれた。
視力も術前は0.7ぐらいだったが、今日測ったところ1.2まで出ていた。

iphoneもiPadPCも、今までと同じでは眩しいので、少し彩度を下げた。

それぞれの手術は違うかも知れないが、同じ日に7名が手術を受けた。
手術そのものは、考えていたより簡単だった。
リラックスさせるためか手術室には、静かに音楽が流れていた。
術中ずっと目の上を水が流れてるようだった。
恐らく消毒液や目薬だったのではと思う。

手術室へ入って出てくるまで、約20分ぐらいだった。
術中、術後、痛くも何ともなかったのが嬉しい。

今は寝るとき以外は保護眼鏡をしている。
寝るときはガーゼをテープで止め、上からカップを被せそれをまたテープで止めている。
今日から、首から下はシャワーが出来る。
うっかり顔にシャワーを掛けないようにしないと・・・。
実は昨日の朝、歯磨きをしていて保護眼鏡がずって来るので、外していた。
そして歯磨きをしたその流れで、目をつむっていたが顔を洗ってしまった。
慌てて目薬をさし、診察時そのことを報告するも異常がなくホッとしたのだ。

来週左目の手術をする。
今度は安心し、医師を信じて受けられると思う。
案ずるより産むが易し、こんなことをいうのだとつくづく思った次第であった。

イマイチ気乗りがしないが・・・

いよいよ明日、日帰りで白内障の手術をする。
明日は右目、来週は左目をする。

今新聞が裸眼で読めるので、不自由をしていない。
よって気乗りがしないのである。
ただ糖尿があるため、診察で目の奥の状態を診るにはレンズが
曇っていると見にくい。それで手術を決めた。

尤も手術の話しは2年前から出ていて、度重なる夫の入院で延び延びに
なっていた。
夫の様子をみて、大丈夫そうなので、今回決めたと言うこともある。

2~3日は、テレビもPCもiphoneとも距離をおかねばならない。
当然、車の運転もしばらく出来ない。
顔も洗えないしメイクも出来ない。
シャンプーもしばらく出来ない・・・

あ~あ、どうやって生活をしよう・・・(ーー;)



今日は

夫が最初の手術から一年後、街中で倒れ救急搬送された日になる。
ここからどうぞ。

この時もまさか・・・であった。
感染症との長いつきあいの日が始まったのは、この日からだった。
11年と言い12年と言い、青空が気持ちのよい10月は我が家の鬼門だと思う。

あれ以来昼夜を問わず何度発熱の度に、救急外来に駆け込んだだろう。
たいていは、そのまま即入院となった。

もちろん今だっていつでも熱が出たら、救急外来に行くことになっている。
今は感染症の数値CRPが落ち着いており、この1年半ほどは救急外来とは疎遠になっている。




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  高熱の中で命の音がする   タンポポ
イラストは無料素材屋さんからお借りしました。




これで安心してはいられないのが、メシチリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の怖さである。
これから寒くなる季節、体力のない夫には厳しい季節になる。
風邪を引いても、開業医には診てもらえない身体、十二分に
気を付けねばならない。

発病記念日

もう少し前向きなネーミングは、ないものかと考えてみたが思いつかない。
今日で夫が倒れて丸4年になる。
これが3年半で、約500日に及ぶ入院の始まりである。
いつものように食事をして出かけた夫が、事務所で倒れた急性大動脈解離との
闘いの幕開けである。

詳細は予期せぬ出来事からどうぞ。

夫も色々思うことがあるようである。2人の老後の生活設計が狂ってしまった。
ましてや一年後に発症した、感染症に起因した諸々のことですっかり弱ってしまった
病人は耐えがたい苦しみの日々をおくっている。、
私だって同じだ、病気ほどの苦しみではないが、苦しそうな病人を傍で見ているのは
とても苦しい。

悔やんでも元には戻らないのは解っている。
今後、快方に向かうことも望めない。
反回麻痺で殆ど出なくなった声も戻りそうにない。
食事が今より楽に摂れるようになることもない。
1年3カ月前から、胸に開いた直径7~8ミリの穴も塞がらない。
寒くなっても、肩までお風呂に浸かることも出来ない。

生かされて、こんなに苦しい思いをしていることを、医者はどう思っているのだろう?
全幅の信頼を寄せていたが、少しずつこの信頼が揺らいできたのも事実である。

そうかといって、今の夫を診ることの出来る医療機関は、この病院しかないのだ。
心臓血管外科、感染症内科、腎臓内科、外科、耳鼻咽喉科、今後もこの病院の
お世話になるしかない。
最高水準の医療機関であることは、素人にもよく理解は出来る。
でも、しかししかし・・・なのである。

助けていただいたたった一つの命ではある。ことも重々解っているし感謝をしている。
しかしあの吐血を防げなかったのは、解せないでいる。
あれさえなければ、こんなに苦しい思いをしないでもすんだ。


  雲

仲間との雑談

第1土曜と第3土曜は川柳講座の日。
もちろん真面目に受講しつつ、先生に茶々をいれるのも忘れない(^_^;)

今日は私とKさんが席題「外」の選者だった。
簡単なようで「外」は難しい席題だった。

2時間の講座の後はお楽しみのランチ&そしてお喋り・・・。
間もなく開始になるマイナンバーの話しになった。
マイナンバーの開始に備えて、簞笥預金をしておかないとと
いう話しを興味深く聞いていた。
自慢ではないが我が家には簞笥預金はない。
簞笥預金どころか、日々の買い物や病院代のほとんどを
カード決済にしているので、よぶんな現金を持っていないのが現実である。

100万単位で簞笥預金をしておくそうだ。
簞笥預金といえど、もし泥棒が入っても盗られやすい簞笥はだめ。
火事の時、直ぐ持って逃げられる場所。火は上に燃え上がるから天井裏は駄目。
(マンションの我が家には天井裏もない

隠したは良いがいざとなった時、隠し場所を忘れるかも知れぬ・・・そんな話しで
盛り上がった。。
マイナンバーが導入され、今より確実に歳をとって行く日に備えて、簞笥預金を
しておこうか・・・と思いながら帰ってきた。

癌との闘い

9回も手術をした夫は、癌でもなく生かされている。
食道を失い、毎日苦しい思いをしているが、癌ではない。

私の周囲には癌で、命を落とした友人知人が多い。
膵臓癌で亡くなったKさん。
子宮癌で亡くなったTさん、Mさん。
乳がんでなくなったHさん。
骨肉腫で亡くなったTさん。
この骨肉腫で亡くなったTさんは、「愛と死をみつめて」の大島みちこさんと
同じ病気だと言えば、同年代の方はご存じだと思う。

やはり癌は怖いなと思う。
出来るなら癌以外で逝きたい。

93歳の母はも、しかしたら大腸癌かも知れない。
もう数年前、特養にいるとき入院し、医師からそう言われた。
ただ高齢のうえ、検査が苦しいこともあり、医師からは検査を勧められなかった。
私たち三姉妹もそれに同調した。
もし検査をして癌が見つかったとしても、二つ折れの母の手術は容易では
ないことは想像できる。
これは我々3人で決めた。三姉妹ははるばる阪神間から面会に行っているのに、
地元に住み20分もあれば行ける兄夫婦は、一切面会にも行かない。
そんな兄たちに言う必要もなかった。
それから母の体調に大きな変化もなく、穏やかに暮らしている。

そして今また幼なじみが、乳癌ステージ3を宣告されたと知った・・・。
安易にかける言葉が見つからなかった。
気持ちがざわざわする。


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