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3人の亡き友③初恋のS治

大阪でのOL時代、寮の夕食が終わって仲間と買い物に出た。
そして帰りにケーキを食べようと喫茶店に入った。


ケーキセットが運ばれて来て、口を付けた。
何となく視線を感じ、感じた方に目をやった。
アッ!・・・ビックリした拍子に持っていたフォークが、カチャと音を立てた。
何とそこに初恋のS治が、オッスとばかりに片手を挙げて、笑っているではないか。
「ええ!!なんでここにいるの?この近くに住んでるの?・・・etc.」
一方的に喋ったと思う。
S治は仕事で近くに来て、帰りに高校時代の友達を、待っているところだった。

これが初恋?と意識したのは、小学校5年生だった。
社会科の時間、グループで世界地図から国を探す授業があった。
たしか5人グループだった。
その中にS治がいた。Y彦もいた。
その時間が楽しくて、待ち遠しかった。
Y彦とS治二人の、漫才のような話し方が楽しかった。
そんなグループ学習も長くは続かなかった。

そして中学に入り、S治はあまり身体は大きくなかったが、野球部に入った。
私はテニス部。下手なりにラケットを振っていた。
テニスコートから見える野球部の練習風景、これに惹かれたのかも・・・。

そして高校に入るまでは何事もなかった。そう私の片思いだった。
「好きな子はいる?」仲良くなったS子が言った。
「いるよ、でも片思いやねん・・・」そんなたわいない話しをするのも、誰にでもある
青春時代の一コマだろう。

当時の淡路島には、電車が走っていたので電車通学だった。
同じ駅から乗るので、付かず離れずの位置をキープ、それで十分だった。

ある日S子は「電話かけようよ。かけてあげるわ。」と言う。
「嫌や~そんなん止めて・・・」

50年ほど前の田舎で、固定電話のある家は、ごく少数だった。
たいていの家は、農協の有線電話だった。
S治の家は商売をしていたので、固定電話があった。
知らない間に、S子は電話をかけていた。
そしてある日、S治からまさかの電話がかかってきたのだった。
「○さんから聞いて・・・。ビックリした]
「ゴメン、嫌や言うたのに・・・気にせんといて」
「IさんはY彦を好きだと思とった、Y彦もIさんを好きだと言うとった・・・」
「ええ~~・・・!」
50年も前のことで、他には何を話したのか覚えていない。

ここでデートの約束も何もなかったのが、純朴さゆえだったのか。
否それ以上に、関心がなかったということだろう。

そして前述の喫茶店での再会の後、S治と初めてデートをした。
ケータイのない時代、連絡は手紙か互いの寮への電話しかなかった。
梅田の阪急百貨店で待ち合わせ、大阪城へ行った。
月に2回ぐらいのデート。今のようにUSJも阿倍野ハルカスもなかった。
心斎橋を歩いたり、映画をみたり、公園をぶらぶらしたり、歌声喫茶に行ったり・・・。

クリスマスプレゼントを交換をした。S冶からはぬいぐるみ、私はネクタイを贈った。
年末の帰省を、往復一緒の船に乗ろうという話になった。
当時明石海峡大橋は、まだ夢の架け橋だった。
淡路島へ渡るには、船かフェリーしかなかった。

待ち合せは元町駅の改札口。私が早く着いた。
中突堤まで、私のお土産を持ってくれた。
船の乗り場に行くと、帰省客で混雑をしていた。
大勢の人の中から、S冶の名前を呼ぶ声が聞こえた。
おそらく同時に振り向いたのだろう。
声の主の方へ歩み寄る2人。同級生のHとNだ。
他にも何人かの同級生の顔が見える。
淡路弁で「お前ら付きおうとるんか?」
「偶に会って喫茶店に行ったりしとる・・・」
「アホ、それを付きおうとる言うんじゃ」
「・・・」



3人の亡き友②emiyへ

河川敷で大きな炎が上がっている。その燃えさかる炎の中に、友人のemiyがいる。
私は「emiy何してるの、死んでしまうよ、やめて!!」と叫んでいるのに声が出ていない。
必死で叫ぼうとするのに声が出ない。
炎の中でemiyは、一瞬微笑んでそして手を振った。


ぐっしょり汗をかいて飛び起きた。
夢の中では声が出ていなかったのに、実際は叫んでいたようで
夫もビックリして飛び起きた。


その場面を実際に見ていないが、もう何年も前、自宅の庭で灯油をかぶり
emiyは焼身自殺をした。

最後に電話があったのは、いつだったのだろう。
電話をかけて来るには、いつもよりちょっと早い時間だった。
しかし話しの内容に不自然を感じなかった。
声のトーンもいつもと同じで疑う余地はなかった。
否、私が鈍かったのかも知れない。
本当は何か聞いて欲しかったのだと思う。

emiyと最初に出会ったのは、中学の2年生だった。
合併した町に中学が2校あった。
そして同姓同名の女子生徒が、互いの中学校の同学年にいた。
合同体育祭の時、emiyがやってきて「○島○ちゃんてどの子?
うちの○ちゃんが会いたいねん」と言ってきたのだった。

高校へ進学すると、emiyも同じ高校で同じクラスになった。
いつのまにか仲良くなった。

女に産まれたことを嫌がっていた高校時代、当然家庭科は大の苦手。
黒縁の大きな眼鏡をかけ、男っぽい歩き方、話し方や笑い方、声までも男っぽく
男の方が似合ってるとみんなが思っていた。

数学と化学が得意だった。
解けない問題を教えてもらうと、左手でメガネをちょっと上げ、サラサラサラと
大きな字で問題を解いた。
綺麗な大きな目が、悪戯っぽく笑っていた。

そんな彼女が22歳で、普通に結婚し一男一女をもうけた。
これにはみんながびっくりした。

私が実家に帰省しているとき、長女を抱っこしてemiyがやってきた。
いいお母さんぶりを発揮していた。



彼女が何故、焼身自殺という思い切った手段を、選んだのか
未だにわからない。
何がemiyをそんなに追い詰めていたのだろう。
一説には姑との確執があげられた。そして少し精神を病んでいたということを
人づてに聞いた。
だからこそ最後になった電話が、気になって仕方がないのだ。
話した内容は鮮明に覚えているのに、本当に話したかったことを
聞いてやれなかった。
emiyの最期を知ってから、何年も友達甲斐のない自分を責めている。

農家の嫁として、精一杯働き立派に子育てをしたemiy。
他に手段はなかったのだろうか?

気が向けば電話で色々話したね。
子どものこと、農業のこと、友人たちの近況。
最後の電話で話したことを覚えている?
その約束を果たさないで、逝ってしまったemiy。

今でも私は、何で?どうして?と問い続けているんだよ。