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置き去り記念日を前に逝った父

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記念日にも色々あると思う。
嬉しい記念日、悔しい情けない記念日、人の数だけそれはあると思う。
私達三姉妹にとって2月23日は、忘れられない悔しい日である。
2007年2月23日の午後、留守の我が家の玄関先に、両親が置き去りにされた。
かわいがっていた孫によって、認知症を発症していた父と、足腰の悪い母が黙って置き去りにされた。
宅配便でも留守伝票を置いて再配達をするのに、黙って留守宅に置き去りにされた
(気になる方はカテゴリ両親をご覧ください)

私はこの3年、夫の病気で両親の面会に殆ど行っていないが、姉二人は月に一度は必ず行って、様子を知らせてくれる。
19日にも長姉から行って来たと、電話があった。
その時、職員さんから「ゼリー食も摂れなくなって点滴で栄養補給をしています」
「長男さんに一度来院をお願いしましたが、行けないと言われまして・・・」

姉は恥ずかしく、また申し訳なかった、どこまでも恥さらしなんだろうねと話した。
他人ではない、一番迷惑をかけてきた親なのに・・・。
もう長くはないね、104歳の誕生日は無理やねと話して切った。
今週火曜日は、夫の次の手術のための日程を決める診察日で、それ以外の日は行けるかな?と思っていた。

ここまでを、明日23日にアップする予定で、下書きをしていた。


そして今朝、父が亡くなったと兄から電話があった。
兄の声を聞いたのは何年振りだろう?
恐らく病院から、危篤の知らせを受けて行ったのだろう。
朝病院へ行き、帰って食事をしようとしている時、連絡が入ったと言った。
父の年齢に不足はない。大大往生だと思う。


今にも死にそうか、そうでないかは素人にも解るだろうに、最後を見届けなかった。
家を出されて丸8年、兄夫婦は両親の面会は皆無と言っていいほど行ってないのだ。
せめて最期を看取る気持ちは、なかったのだろうか?

まだお通夜も葬儀も何も決まっていない。

義姉からの電話(これもこの8年間無かった)で、取り敢えず家に連れて帰ってくるので家に来て欲しい、よろしくお願いしますと言った。これもまた「お願いします」の言葉を知っていたのかと思った。

これを読まれた方は、小姑の意地悪が・・・と思われるかも知れない。
でも、2か月ぶりに我が家から自分の生まれた家に帰った母に、「誰も帰ってきてもいいとは言ってないぞ!!」の、兄の叱責にびっくりして、市役所に行き、ありのままを話し、当時通所していたデイサービスの職員さんや、ケアマネさんからの話しを総合し、長寿福祉課が下した決定だった。

父が亡くなったことは今は悲しくはない。この一連のことを思い出す方が悲しくて悔しい。

今日、8年ぶりに60年住んだ家に戻ることが出来る。