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父のお通夜・告別式

103歳で逝った父は、22日のブログにアップしたように、18日からゼリー食も摂れなくなり点滴をしていた。


危篤の連絡が入るまで病院へ行かなかった兄は、19日に何かの拍子に転んで脇腹を骨折したと言う。
それみたことか、罰が当たったとしか思えない。18日に病院へいっていれば、骨折はしなかったと思う。
単なる偶然かも知れない。しかしそういう風にしか取れない、我々の関係なのだ。

我が家の近辺にも家族葬専門のセレモニーホールが次々と出来ているが、私自身、家族葬に参列したのは初めてだった。

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お通夜には隣保の方がお参りに来て下さったが、葬儀は本当に身内と昔からのお隣のみだった。
男兄弟ばかりの父の兄弟は、長男以外は入り婿となった。
その兄達もとっくに亡くなっているし、実家の甥も亡くなった。
父方からは甥の娘婿、姪の息子、姪の3人の参列である。

柩の中を見ると、父が昔丹精込めて育てた牛を、品評会に出した時の写真があった。
誰が気づいたのか、(兄だろう)入れて貰えてよかったと思った。


亡骸は控室のガラスの向こうにあり、三姉妹と義兄はそこで泊まった。

本来なら喪主である兄は、亡骸に一晩付き添わねばならないと思う。
骨折の影響でそれが無理なら、嫁か息子を残すべきであろう。
兄嫁も体調が悪いのは知っている。
誰であれ喪主である兄の一家の誰かが付き添う、それが供養だと思うし。
また年老いた父にしたことを悔いる、恥じる、或いは謝罪の気持ちを持って付き添って欲しかった。
それなのに、我々に任せてさっさと帰った。

それはそれで、三姉妹は通夜だというのに、遠慮もなく笑ってばかりいた。
大好きだった甘いものを供えようと、スーパーに走った。
あんぱん・どら焼き・プリンを買ってきて供える。
翌朝も煙草を供えようと、またスーパーへ走った。


施設から介護タクシーで来た車いすの母は、一番最近会った昨年9月より、ずいぶん目がしっかりしていた。
母に「誰におじいちゃんが死んだって聞いたの?」と訊いた。
すると「施設の館内放送で、お悔やみを申し上げますと、云うので聞いていたらおじいちゃんだった」

普段の母ならさっき聞いたことも忘れるのに、前日のことを覚えていたのにはびっくりした。
刺激があるというは、脳が活性化されるのだとつくづく思った。

事故渋滞

今日お通夜、明日家族葬を執り行うと、連絡がありました。

親が逝ったというのに、涙の一つも出ないって冷たい娘ですね。

まあ103歳という年齢のせいですね。

友人が昔83歳でお父さんが亡くなられて、その時、深夜の「やしきたかじん」の番組を録画して!と電話がかかってきたことを思い出しました。

今から淡路島へ向かって走ります。
渋滞情報をみると、途中の出入り口が事故のため閉鎖されています。
その辺りの一般道を走ったことがないので、宝塚へまわり北神戸線経由で走ろうと思います。

9時半ごろの大きな事故だったようで、先ほどNHKのニュースで放送されていました。
ミキサー車の女性運転手が意識不明だそうです。
  


頂いたコメントのお礼は、後日させて頂くつもりでいます<(_ _)>

置き去り記念日を前に逝った父

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記念日にも色々あると思う。
嬉しい記念日、悔しい情けない記念日、人の数だけそれはあると思う。
私達三姉妹にとって2月23日は、忘れられない悔しい日である。
2007年2月23日の午後、留守の我が家の玄関先に、両親が置き去りにされた。
かわいがっていた孫によって、認知症を発症していた父と、足腰の悪い母が黙って置き去りにされた。
宅配便でも留守伝票を置いて再配達をするのに、黙って留守宅に置き去りにされた
(気になる方はカテゴリ両親をご覧ください)

私はこの3年、夫の病気で両親の面会に殆ど行っていないが、姉二人は月に一度は必ず行って、様子を知らせてくれる。
19日にも長姉から行って来たと、電話があった。
その時、職員さんから「ゼリー食も摂れなくなって点滴で栄養補給をしています」
「長男さんに一度来院をお願いしましたが、行けないと言われまして・・・」

姉は恥ずかしく、また申し訳なかった、どこまでも恥さらしなんだろうねと話した。
他人ではない、一番迷惑をかけてきた親なのに・・・。
もう長くはないね、104歳の誕生日は無理やねと話して切った。
今週火曜日は、夫の次の手術のための日程を決める診察日で、それ以外の日は行けるかな?と思っていた。

ここまでを、明日23日にアップする予定で、下書きをしていた。


そして今朝、父が亡くなったと兄から電話があった。
兄の声を聞いたのは何年振りだろう?
恐らく病院から、危篤の知らせを受けて行ったのだろう。
朝病院へ行き、帰って食事をしようとしている時、連絡が入ったと言った。
父の年齢に不足はない。大大往生だと思う。


今にも死にそうか、そうでないかは素人にも解るだろうに、最後を見届けなかった。
家を出されて丸8年、兄夫婦は両親の面会は皆無と言っていいほど行ってないのだ。
せめて最期を看取る気持ちは、なかったのだろうか?

まだお通夜も葬儀も何も決まっていない。

義姉からの電話(これもこの8年間無かった)で、取り敢えず家に連れて帰ってくるので家に来て欲しい、よろしくお願いしますと言った。これもまた「お願いします」の言葉を知っていたのかと思った。

これを読まれた方は、小姑の意地悪が・・・と思われるかも知れない。
でも、2か月ぶりに我が家から自分の生まれた家に帰った母に、「誰も帰ってきてもいいとは言ってないぞ!!」の、兄の叱責にびっくりして、市役所に行き、ありのままを話し、当時通所していたデイサービスの職員さんや、ケアマネさんからの話しを総合し、長寿福祉課が下した決定だった。

父が亡くなったことは今は悲しくはない。この一連のことを思い出す方が悲しくて悔しい。

今日、8年ぶりに60年住んだ家に戻ることが出来る。



暮らしのヒント集botから

『裁縫箱を整理しましょう。さびた針やよれた糸は処分して、新しいものに取り替えます。』

この一文が琴線に触れた。

そういえば結婚した時、姉がソーイングバスケットプレゼントしてくれた。
それが壊れ、新しいのに入れ替える時、少し整理した。
その後20年以上、針や糸はそのまんまである。
もっとも今は、殆ど針も糸も使っていない。先日パジャマのパンツのゴムを入れ替えたぐらい。

孫娘Tの入園準備バッグを数点ミシンで縫って以来、ミシンも触ってないかも。

終活の一環で押入れの蒲団整理用棚を購入し、その後もう半分の押入れ上段のために、一つ棚を購入したので、ソーイングボックスをこの棚に入れた。

ソーイングボックスは、まだしっかりしているし今更買い換える気はない。
でも中身は一度入れ替えてみようと思う。
古い糸は、強度も問題ありだろう。

プロバイダー

グチです

3週間ぐらい前、私が留守をしていて帰宅すると、テーブルの上に何か書類が見える。
?と思い手に取っていると、「〇TTが営業に来たからプロバイダー変更に印鑑を押した」と言う。
ええ~~!今のがまだ2年経ってないから違約金が発生するのに。
なんだかんだと色々メモを見せる。

ネットの速度が今よりウンと速くなる。
月々1,000円安くなる。
今のメルアドの変更もなし。
キャッシュバックがある等々・・・。

いいことばかり書いてある。だまされたとまでは言わないが、
まんまと乗せられたのだ。

今までのプロバイダーは、私がiphoneを購入した時、セット加入で安くなるので乗り換えた。
当然メルアドは変わった。固定電話・iphone・ケータイ・ネットのセットだから安かった。
今回の1000円は実際使ってみないとわからないと思う。

この間、登録していたフリーアドレスが、サービスを中止した。
そのまま本アドレスで、あちこち登録した。

夫は当時OB会のお世話をしていて、変更するのは嫌だと言ったので、月々元のプロバイダーに210円払っていた。
体調不良でOB会の職も辞した今となっては、メルアドを変更することに何の不都合もない。
年賀状に変更しましたと、書けばすむことなのにしなかった。

っでいきなり、勝手に変更を決めた 要するに元のプロバイダーに戻った。


私と夫では、メルアドの登録件数が違う。

私の元のメルアドが使えても、結局またいくらかをプロバイダーに支払わねばならない。
夫が210円払っていたのを、今度は私のメルアドが支払うことになる。
来年の年賀状に、新しいメルアドを入れるとしてもまだ10か月ある。
今ここで変えるのは面倒である。

今日の午後からの切り替え工事と言っていたのが、相手の都合で午前中に終わった。
PCの買い替えなら設定は自分で出来るが、プロバイダーの変更の設定は自信がないので設定に来るのを待っていた。
設定が3時半過ぎ、この間ネットはつながらない。iphoneもipadもダメ。
イライラ

今までも光回線だったので、スピードが速くなったかどうかまだ実感できないである。
イライラだけが残っている。

季刊誌から

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少し古い季刊誌に、お遍路のことを投稿されていました。
実は私、この方を字面から女性だと思い込んでいました




私がまだ子供のころ祖母がご近所の方と一緒に、チリ~ンチリ~ンと鐘を鳴らし、ご詠歌をあげながら、お遍路に出ていたのを思い出しました。

昔のことですから、今のようなお遍路セットなんてなかったのでしょう。
自分で縫った白装束に藁草履、脚絆、手甲、笠のお遍路姿を覚えています。

荷物もやはり白い布の手製で、肩から掛ける袋だったように思います。

祖母が亡くなってもう40年ぐらいになる。
今の私は、お遍路に行っていた頃の祖母の年齢を越えている。
祖父母のことを、随分老人だと思っていた。


        以下訂正です<(_ _)>

*****************************************


祖母がご詠歌をあげながら出かけたのは、お遍路ではなく西国三十三か所の巡礼だと教えていただきました。
この歳になっても知らないことばかりです



ご詠歌」というのは、西国三十三所の霊場をめぐる巡礼者の称える和讃のことです。
「遍路」は、四国八十八箇所を巡ることなのですが、遍路でご詠歌は唱えません

5歳児のバレンタイン

IMG_251@@1.jpg早くから孫のTは大好きなYくんにチョコを渡したいって言っていたらしい。
どこでそんなことを覚えたのか、バアチャンには不思議でならない。
本当に大好きで大きくなったら、結婚するんだそうな・・・
YくんのおばあちゃんもYくんは優しいからTちゃんお嫁さんになってねと云うらしい

っで昨日のバレンタイン、幼稚園では「チョコを園に持って来てはいけません」だった。
しかしバレンタインに合わせたように絵画展があり、無事に大好きなYくんにチョコを渡せた。
もう一枚画像を送ってきたが、いかにも「私恋してます」っという感じなのである。
何ともおしゃまなことで、バアチャンジイチャンビックリ。

我が家ですか?ハイ渡しましたとも、私が食べるためにね・・・

読書Ⅱ

Amazonで注文していた、P氏の著書が翌日には届いた。早い

土曜日の勉強会に必要な鑑賞文の原稿の準備と、季刊誌の投句とで今は手がいっぱいなので、急がなかったのだが無くなっては・・・と思って購入したのだった。

今回のもきれいな本である。謹呈の紙片こそ挟まれていないが、一度も読まれた形跡がない。
古書は書き込みや角が折ってあれば、それらをきれいにしクリーニング?をすると聞いた。
前回購入した著書は2007年11月の発行、今回のは2012年12月発行である。
どちらもラッピングされ、新品同様の状態で届いた。

Amazonや楽天に出店している業者から購入するわけだが、2冊とも元の定価は同じ。
古書なので申し訳ないほど安い。それでも業者には利益があるわけで、二束三文で買い取ったか、無料で手に入れたのだろう。
しかも今回届いた新しい著書の方が、どういうわけか少々安いのである。
送料はどちらも257円である。

今回購入した著書はまだ読んではいないが、ところどころに写真が挿入されており、早く読みたい気持ちでいっぱいになる。誘惑に負けそうになるが、土曜日までに宿題をせねば・・・悪い癖でお尻に火が点かないと出来ないのだ。



さて宿題は9割方出来た。
あとは読み直して校正し、プリントするだけである\(^o^)/

今日は病院の待ち時間に少し読んだ。
病院のような人がたくさんいる場所では、なかなか落ち着いてよめない。

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この記事をアップしたら本格的に読もう

落し物ですよ

洗濯ものを取り込もうとベランダに出た。
鳥が一羽植木鉢に止まっていて飛んでいった。
この間から、可憐に咲いているジュリアンを失敬していく輩がいる。
それだけならまだいい。いやいやよくはない。
蕾までみんな食べられてしまった

ヒヨドリなのかモズなのか??雀ではないのは確かなのだ。

そして問題は落し物・・・
何の種だか丸い真っ黒い種のウン○があったり、お腹の調子が悪いのかビチャッ!というのがあったり。
今日のは飛ぶときに、ビックリして出ちゃいました!と、いうぐらいの新鮮?なかたまりだった

でも不思議なことにパンジーは食べない。お味が好みではないのだろうか?

美味しいですか、そうですか・・・と、全部鳥に食べさせるため、植えているわけじゃない。
プランターにネットを張るのも面倒だし、どうしたものかとネットで調べた。
串を刺しておいたら来なくなったというのを見つけた。
百均でBBQ用の長い竹串を買ってきて刺した。

しかしこれは気を付けないと、人間様の顔や手を突きかねない。
手や顔ならまだいいが、目を突いたらエライことである。

ああ早く暖かくなって、野鳥が野山で食事ができますように・・・

読書

このところipadでの読書が増えているが、今回は紙の本。

仮にP氏としておこう。このP氏のブログやHPのエッセーが、あまりにも面白いのでどうしても書かれた本を、読みたくなった。
著者には大変申し訳ないが、Amazonで古書を購入した。
図書館で借りることも出来たが、大阪までの2往復の電車代を、考えると古書を買う方が安いと思った。
届いた本は、古書とは云え状態はとてもよく、謹呈の紙片が挟まれていた。
ハードカバーで、もちろん帯もついている立派な書である。
思うに著者から贈られたものの、読んでいないのではないか?と思うほどのきれいな状態である。

病院に出かける時、郵便受けを覗くとメール便があった。小躍りして開封し、しばし車の中で読んだ。
待合で予約時間を過ぎても苦にならないほど、最初からグングン惹きつける。
巧みな文章の構成と、宝石箱のような言葉の数々・・・。


川柳の選をして披講する時、重厚な句を最初に披講し会場の人たちを、なかなかの選をするじゃないかと、選者に惹きつけると教わった。
まさにその手法である。
まだ名前を呼ばれませんように・・・と祈るような気持ちで読み進めていく。

古くは田辺聖子氏の著作、東野圭吾氏、宮部みゆき氏、宮本輝氏、そして最近は池井戸潤氏の作品をよく読む。
ジャンルは違うが、読みかけたら止まらない、それがこのP氏の本も同じである。
いやはや、これはプロ並みである。何冊も本を出したのが解る。 

この本の終盤に著者が都民楽団の演奏会を聴きに行った話しがある。
その中に楽団のプログラムの「ごあいさつ」に良いことがかいてあったとある。
その内容は、先日観た映画「マエストロ!」のシーンを思い出す。

ここまで読んで200ページ、3日かけてじっくり読んだ。
とても魅力的な内容だけに、一気に読んでしまいたい気持ちを抑え、残り30ページを翌日に残した。

そしてあくる日、一抹の寂しさを味わいながら読み終えた。
もう一冊も読みたい・・・その日のうちにAmazonで、また古書を注文した。



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P様、もしこのブログ記事にお気づきになれば、1円も入らない古書を買うだととお怒りになると思いますが、どうぞお許しくださいませ

合同川柳集

教室の仲間と、3冊目の合同川柳集を出す話しが出ている。。

これまで「2000年の春」「2010年の夏」と出してきた。
順番通りだと次は「2020年の秋」になるはずだが、10年ごとなら秋と冬を出すのに2030年までかかる。
メンバーの高齢化で、30年までは待てないという意見があり、5年ずつ繰り上げ「2015年の秋」と「2020年の冬」をということになるか。
それでも「2020年の冬」までは、まだ5年もある。果たしてそれまで川柳を続けているのだろうか。(今のメンバーの中で私が最年少である

「2000年の春」は男性メンバーSさんが編集し、「2010年の夏」は私が編集した。
次は誰がするのか、メンバーでPCを触るのは4人。

掲載句をメールに添付して送ってもらうと、編集はとても楽なのだが、ほとんどの方から手書きの原稿を渡される。
費用を安く上げるため編集をして、ページ№も入れ、序文・跋文と共に完全版下を作って、印刷所に渡す。
1ページに5句なので、両面にずれがないように編集する。
表紙もメンバーのNさんの味のある手書きで、150ページぐらいのソフトカバーの本を作る。



出版社から出す一流の川柳作家の句集も、そうそうたやすく売れるものではない。
したがって素人のこの手の川柳集は、書店の販売ルートになどのらないし、のせるべくもない。
しかし一応値段は付けてある。

一人当たりの希望冊数プラス200冊ぐらいを刷る。
プラス分は師に贈る。

師は国会図書館をはじめとして、縁のある各地の図書館に寄贈する。
また日頃お世話になっている方や、他の教室のメンバーに配る。
残りは大会会場で販売をする、そのため値段を付けてある。
だが自腹を切ってまで、素人の本を買う人は殆どいない。

我々は謹呈の紙片を挟み、友人知人に否応なく送りつける。
決して喜ばれているとは思っていない。
殆どはすぐ新聞や雑誌と一緒に、ゴミになっているのだろう。

しかし中には、お祝いにお花やお菓子などを下さる奇特な方もある。
こんな方はごくごく珍しい、姉妹からもお祝いなどもらったことはない。

販売ルートにのった川柳集は、Amazonや楽天で古書として売られている。
私も時々川柳作家の句集を買うが、古書でありながら売上票が挟んだ新品だったりする。

幸か不幸かまだ我々の合同川柳集が、売られているのを見たことがない。
それだけの値打ちのないものと理解しているが、仲間と勉強をした成果としての、川柳集に満足をしている。

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私は「虹のはし」として、同時期に個人句集を出した。
ワープロで打ち、コピー屋で製本をした。
この頃が一番川柳に夢中であった。何でも見てやろう、詠んでやろうと力んでいた。
今は、この時のような情熱が川柳に対して、否何事につけても湧かない。

何となく惰性で続けている。
気の合う仲間と、同じ空間に身をおく心地よさを味わっている、というのが正直なところである。

ストレス解消の映画鑑賞

下書きの途中で公開されてしまった(^_^;)
尻切れトンボですが悪しからず、続きを打つ時間がないし、明日の講座の宿題をせねばなりません<(_ _)>



上映中の「マエストロ!」を友人と観てきた。

朝まで当市でも撮影された「繕い裁つ人」とどちらを観るか迷いに迷った。

ランキングを参考にしつつ、チケットの売り上げ状況をみる。
400席もあるのに9席しか売れていない「繕い裁つ人」
145席で17席の「マエストロ!」迷う迷う(^_^;)
「深夜食堂」も観たい。
もしも見逃して悔しい思いをするのは多分「マエストロ!」
ということで「マエストロ!」を観ることにして、ネットでチケットを購入した。
平日の昼間のシネマは、作品にもよるが殆どシニア層でしめられる。
したがって、窓口で購入する人の方が多いのだろう。
もっとも窓口と言っても、全て機械という味気ないものである。

発券機でチケットを受け取り、いつものようにランチをすませる。
食べて喋って忙しいこと

私が朝ネットで購入した時点で、私たちの2枚を入れても19席しか売れてなかった。
いざ入ってみると意外にも6~割方入っているではないか。
今時珍しい。
シニアのみんなが”浜村淳の映画サロン”を聴いているのか?
いやいやそんなことはない筈。
まあ19人で大きなスクリーンを眺めるよりはいい。


病院通い

今日は私の通院日だった。
酷い日はチョットしたことで、怪獣のようなゲップがでる。
逆流性食道炎の診察で胃腸科内科へ・・・。

前回は3か月前に通院し、3カ月分の薬を貰ってきた。
「お薬を飲んでどうですか」
「殆ど変りはありません」
「お薬を飲む前と比べて変わりありませんか?」
「私の生活環境が変わらないので、同じです」
「・・・・」
「ストレスに効く薬はないと聞きますし、ストレスは変わらないので体調も変わりません」
「そうですか・・・心療内科がいいかも知れませんね」
「他の人より空気をたくさん飲み込む、呑気症という病気もあります」

総合病院なので当然心療内科もあるが、とりあえず紹介はしてもらわないで、処方箋を貰って帰って来た

早食いの癖があるし、お水もゴクゴク飲んでしまう。まずこれらに気をつけて漢方薬を続けようと思う。
心療内科は、その後でもいいかなぁ・・・

改装売りつくしセール

私が一番よくいくスーパーが、昨日まで改装売りつくしセールをしていた。
このスーパーもご多分にもれず、オープン後、何度か2階のテナントが替わった。
今は大手の処方箋薬局・100均・Mドナルドがある。
年末から100均が閉店セールをしていた。
最初は1割引き、次に2割引きとなり最後は残りの商品を1割で叩き売った。
1月の半ば閉店予定だったが、商品が尽きたか年明けに閉店した。

それに合わせるように、調剤薬局と1階の食品スーパーも改装することになった。
今日から10日間休業する。

食品スーパーは、今日はどこに行こうかと迷うほどあるからいいが、困るのが調剤薬局である。
以前は処方箋を扱っていたドラッグストアが、今扱っていないのだ。
錠剤や粉末の薬は軽いので、夫が1人で通院しても病院の近くで貰ってくることが出来る。
困るのが缶入りの栄養剤だ。こんな重いものを病人が抱えて電車に乗って帰ってくることが出来ない。
今日は一人で通院した。まだ帰って来ないし連絡もない。

他の薬もどこの調剤薬局にでも、いつもあるものでもないらしい。
行って出直すことになるのなら出来るだけ近くに行かねば。
さぁて、どこまで行こうか・・・。

もう節分

実家では豆まきはしていなかった。
歳の数だけ豆を食べた、祖父母の分は私達4人の孫が食べていた。

渡辺さんは豆まきをしなくてもいいという話を耳にする。
実際、渡辺(渡部・渡邊)さんはしないのかどうかは知らない。
そういえばマンションの管理人のおばちゃんをしていた時、相方が渡辺さんだった。
豆まきをしないということを聞いたような気がする。

わたなべさんは鬼を払うまでもなく、鬼の方から逃げていく。
鬼からみれば手ごわい相手なのだそうですね。

ちなみに実家は渡辺ではありませんが、何でだったのか?
その頃、他所の家でも豆まきをしていた記憶がない。

もちろん恵方に向かって、海苔巻を食べることもなかった。

おばあちゃんの思い出

祖母が亡くなって、もう40年になる。
農作業のない冬場は、ずっと和服を着ていた。
そして首には、ネッカチーフを巻いていた。
今時のおしゃれな、スカーフでもストールでもない。

私が高校生の時、今でいう脳梗塞になった。
その時、祖母のことを、ずいぶん高齢だと思っていたが、考えると今の私ぐらいの年齢であった。

今年は寒くて仕方がなく、ふと祖母のネッカチーフを思い出した。
あの頃、暖房は炬燵と火鉢だったと思う。
和服の首筋は、さぞかし寒かっただろう。

今冬、私はタートルネックが手放せないでいる。
この調子では、春まで手放せない気がする。
我が家には炬燵がないく、下半身も冷える。
この冬は、ぬくぬくの裏起毛のパンツを買った。
これが温かい去年まではパンツの下にレギンスを穿いていたが、このぬくぬくパンツのおかげで、レギンスは要らない。

和服の足元はどんなに寒かっただろうと、あのころの祖母の年齢になって初めて考えた。