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思い出すままに・・・

@12015 01 18 001毎年1月17日は、この日の記憶がだんだん薄れていく中で、当時のことを思い出す日にしている。
テレビの映像を見るのはやはりつらい、でも忘れてはならない日であり、あの揺れのなかで感じた恐怖と、その後の今まで経験したことのなかった、毎日の不便な暮らしを少しずつ思い出している。

映像からは伝わってこないものもある。

この画像の戸建住宅が立ち並んでいるところは、当時広はい原っぱだった。ここには震災後、仮設住宅がずらっと建てられた。少し行ったところの運動公園の、テニスコートにも仮設住宅が建った。

奥の中央の高層マンションは、完成直前だった。

私の甥はあの頃、被害の大きかった神戸市東灘区の消防局にに勤めており、当日は宿直であった。
震災後は消火や救出活動に追われ数日間、自宅に戻ることが出来なかったと聞いている。
消火活動に水もなく川からの放水は困難を極め、大震災を前に、人間の無力さを味わった。
今は現場を離れ、本部の司令部にいる。

阪神高速路の倒壊で、国道43号線の通行量が増え、渋滞が酷かった。
ある日、43号線を原付で渡ろうと信号を待っていると、交差点の真ん中で交通整理をしていた警察官が、一斉に動き出した車を避けるため道路脇に慌ててやってきた。
「怖いでしょう、命がけやね・・・」と、声をかけずにいられなかった。
「今日で3日目、身の危険を感じる」と返事が返ってきた。