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レンチン料理

レンジでチンするだけで出来る料理のことを、レンチン料理というらしい。
クックパッドでも、たくさんのレシピが紹介されている。

悲しいかな六十路の私には、この簡単そうなレンチン料理が難しい。
今出回っているブロッコリーは、一株そのままチンする方がうまみも栄養も抜けなくて美味しいらしい、が失敗したパサパサになってしまった。以来お鍋で蒸すことにしている。

調理器具として使いきれないのだ。

よく焼いていたパンやお菓子類も焼かなくなった。スチーム他いろんな機能はついているが、温め、解凍専門のレンジになっている。
温め解凍だけなら、もっと小さくて安価なものでよかった・・・@1R0019625.jpg
離乳食だってレンジでチンする時代に私に出来るレンチン料理は、かぼちゃのサラダとキノコのマリネ、後はオーブン料理少々・・・。
一時流行ったシリコンスチーマーも買ったが、箱入り娘のままで出番がない。
負け惜しみかも知れないが、やはりお鍋でコトコトがいい
⇒は数少ないレンチン料理のレパートリーの「キノコのマリネ」
これはスーパーの調理コーナーでやっていたもの。
シメジ・エノキ・エリンギ・土生姜を耐熱ボールに入れてチンするだけ。あとは熱いうちにMカンのカンタン酢を回しかける。
我が家は酸っぱい方が好きなので、お酢を少々プラスする。
Mかん酢の回し者ではないが、減塩食のためお漬物を食べられないので、代わりに胡瓜や水ナスをザクザクと切って、このカンタン酢をかけてよく頂いた。
これからの季節は、白菜、大根、蕪もいいなと思っている。

さて病院へ行って来よう

神様の決めた寿命

この時期になると、喪中欠礼の葉書が何通もくる。
自分たちの年齢のせいか、それはだんだん増えてくる。
以前は親や兄弟が・・・というのが多かったが、今は同年代の方のが増えてきた。

昨日は夫宛に4通私に1通きた。
持ってあがるときに、そのうちの一通をみてドキッとした。
○○運輸局に出向していた時の、部下の奥様の名前である。
今年の年賀状に、夫と同じように「病院で正月を迎えています」と書いてあった。
享年五十八歳早すぎる。

我が家はあまり客人をお招きしないのだが、20数年前この方と、もう一方一緒においでになった方がある。
そして昨年、その方も五十九歳で亡くなった。
夫のように、何度も手術をして助かる命があるかと思えば、手術も出来ずに若くして失う命もある。
オギャーと産まれた時から、寿命は決まっているとよく聞くが、本当にそうかも知れないと、最近よく思うようになった。

103歳の父も71歳の夫も、神様が決めた寿命に達していないということだろうか?
とは言うものの夫の場合は、老後を楽しむこともなく、神様が決めた寿命まで生きねばならぬのは、本人にとっては非常に酷である。

また父は、若い時に戦争に行けないほど身体が弱かった。それでも103歳の高齢で生きている。
神様の台帳に、名前が抜け落ちているのではないかと、思ったりしている。







耳鼻咽喉科受診

41sukima.gif近いうちに手術予定のある「反回麻痺」の主治医の受診をした。
当ブログにも何度か書いているが、関係のない方には何だか解らないと思う。
右図は夫と同じ症状で、左の声帯が麻痺している。
本来閉じていなければならない声帯が、何度もの長時間の全身麻酔で開いたままになっていることで、酸素を取り込んで声を出すことが困難になっている。全く声が出ないわけではない。

今日の受診のさい、術前術後の声の出方を調べるために、マイクを持って「あ~~」と声を出した。
71歳の男性の平均は15秒間、声が出るらしいが夫はわずか3秒しか続かない。最低5秒出ないと声紋が記録できない。
試しに私も帰ってきてから測ってみたが、18秒ぐらいは続く。
手術は10秒ぐらい出るようにするという。
声帯のある辺りを切り軟骨に穴を開け、鼻からファイバースコープを入れて声を出しながら調整するらしい。
術中、声を出しながらなので局部麻酔になる。

手術は1か月後の12月26日、入院は前日の25日。
そして退院は29日か30日だという。
一人で入退院が出来るならいいが、そうもいかないのに・・・。
ここまで来たら、慌てて年末の気忙しい時にすることはないと思う。
12月の手術までに、一度退院しても病人では何の当てにもならない。

当初から、年内に二つの手術をする予定ではあったが、ワイヤーを抜く手術が遅れたので、私は内心次の手術は年が明けてからだろうと思っていた。
今日最初に医師から示されたのは、年明けの9日だった。
私はその方がいいと思った。

まだ胸の切傷からは、膿が出ている状態で閉じていない。
はたして1か月後に手術の出来る状態になっているのやら?

肝心なところは、私の意見を聞かないのだ。
振り回されて今年も終わるらしい・・・

いつになったら私のペースで、生活が出来るようになるのだろう。
もうそんな日は、来ないのかも知れない

今年10本目

角田光代原作、宮沢りえ主演の紙の月を観てきた。
まだ公開から10日。
この作品は公開前に、毎日放送ラジオ「浜村淳の映画サロン」を聴いて、観たいと思っていた作品だった。

銀行の契約社員である、ヒロインの金銭感覚が麻痺して、大金を横領するというストーリー。
過去に何度かこんな事件が起きたな、と思いながらみた。
優しい夫がいる平凡な主婦が、顧客の家で出会った大学生との不倫。
ひたすら若い男に貢ぐ女・・・お金の無心はしないが、ずるい男。
必ず終わりの来る逢瀬。
横領がばれて、疾走するシーンが印象的だった。

終わり方があれっ?だったが・・・。
今日は寝ないで最後まで観た




宮沢りえと言えば高校生の時、ヌード写真集を出した。
次女と同じ年なので、よく覚えている。
朝刊に一面広告が出て、次女ともどもビックリしたものだった。
娘によると学校でも大騒ぎで、男子生徒はお金を出し合って、写真集を買ったという。
あれから20年余り、彼女も41歳。この間色々あったようだ。
女優としては、まだこれからいろんな役に挑戦することだろう。

小林聡美の役どころもなかなかよかった。どんな会社にも、こんな雰囲気のベテラン女子社員がいるのだろうな・・・。


数年前に観た「オリオン座からの招待状」とは、また違った宮沢りえをみた。

twitterを

初めて2年が経ちましたと、ご親切にお知らせがきた
殆どつぶやいていないので、あ~そうですかという感じ。
下の画像を付けたメールが来たのだが、ロウソクが1本なら1年やろ・・・とまたつぶやいてみたりする(^_^;)

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とは言うものの川柳を呟いているので、その筋?の方から「○○さんでは?」と雅号を当てていただけた



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さて少しお買いものをして、病院へ行ってこよう。
21日のブログに、胸の穴は敢えて閉じてないと書いたが、ワイヤーを抜くため開いた傷も閉じてないらしい。
毎日消毒をしているという。
怖いものみたさで、その切り傷を生でみてみたい

ルール

社会生活にはルールがある。
それを守れない困った大人がいる。
今日病院へ行くと、その困った人は退院していた。

病室はケータイ禁止、マナーモードにして通話は、病棟用エレベーターの前にあるデイルームで・・・。

当たり前のことだと思う。入院案内にも明記してあるし、そう難しいことではないと思う。
かかってきた電話は取ってから部屋を出ればよい。
今夫のいる部屋は、病棟用のセキュリティチェックのあるドアを入ってすぐのところ。

デイルームに出るのに、ほんの1分もあれば出られる。
歩けないなら仕方がない。コンビニへ行ったり散歩をしているのに、「ちょっと声が聞きたくなって・・・」なんてベッドサイドで、電話をしているのにはびっくりした。得てしてそういう人は遠慮がないから声が大きい。
それを看護師が注意しないのも、いかがなものかと思う。



この病院は入院すると↓な、カードを2枚渡される。
1枚は本人用で課金すると、ベッドサイドのテレビや冷蔵庫が使える。コンビニでも使える。
そして病棟用のエレベーターホールや病棟に入る時、壁に取り付けてある機械にピッとかざすとドアが開くという、便利なカードである。

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うっかり持って出るのを忘れると、病棟に戻れなくなる。


今日は連休初日、渋滞情報を見ると事故渋滞で私が走るほぼ全線が、2車線規制と出ている。
3車線のところ、2車線規制では進まないのは十分に予測できたので、出発を遅らせた。
読みはあたりすいすいと走ることが出来た。
入院5日目で、4日の病院通いやはり疲れる。

ホウレンソウ

今日は休息日・・・。
返コメが出来ていませんがお許しを・・・

19日の術後、主治医が病室にきて説明を受けた。
夫は手術室から出てきたとき、麻酔が一瞬覚めたように見えたがまた眠っていた。
主治医からは、やはり11年10月の手術時、胸骨を開いて止めてあったワイヤーの周りが化膿していたと聞いた。
胸の穴は敢えて閉じていない、体内から悪いものが出きってから電気?レーザー?を当てると聞いた。
そして6時過ぎに水を飲んでむせたりしなければ、夕食もOKとのことだった。
6時過ぎに看護師に「勝手に水を飲ませては駄目ですか?」ときいた。
すると吸い飲みを持ってきて「ゴクンと飲んでは駄目ですよ、湿らす程度にね・・・」
私「(?_?)」

配膳車が来ても夫の食事がこない。この時はもう少ししたら出てくるものと思って帰ってきた。

昨日お昼過ぎに行き「食事は食べられた?」と聞くと「昼は食べた・・・」

夫によると19日の夕食は出なかった。そして20日の朝食も出なかった
19日の夜10時ごろあまりにもお腹が空いたので、看護師に「何か買ってきて欲しい」と頼んだそうだ。
するとメロンパンを1個買ってきた。いくら病人とはいえそれはないだろう。
18日の夕食以来、28時間ほど食べていないのだ。
そして20日、やっぱり出てこない朝食。
さすがに「儂の食事はどうなっているのか?」と催促したらしい。
データーは全てPCに入力されている。確認した看護師は「食事はストップしています・・・」

生理食塩水と抗生剤の点滴はしているが、お腹の足しになるものではない。
ただでさえ体重が減って、入院の朝は48キロ代だったのに・・・。
こん睡状態で食べられないのなら仕方がない。
容量の少なくなった胃は、お腹が空きすぎても具合が悪いのだ。

催促の甲斐があって10時頃、遅い朝食が出てきたという。

職場に絶対不可欠な「ホーレンソウ」はどうなっているのだろう?
去年の夏もこの「ホーレンソウ」でと思ったことがあった。

クレーマーと思われるのを承知の上で、一度看護師長に質してみたいと思う。
何も好き好んで、7回も8回も手術を受けているのではないのだ

何度も入院を繰り返していると、嫌でもスタッフの対応の拙さが目についてしまう。

何度も救われた命の現場であるのは承知している。
だからこそ、今回の件は納得がいかない。

「単純なミスでした」では、命の現場は務まらない。

ご報告

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7回目の手術は無事終わりました。
ご心配いただきましてありがとうございました。
先ずはご報告まで・・・<(_ _)>

今日から入院

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しばしの娑婆との別れに「饂飩を食べてから病院に行く」と言うので、望み通り好物の讃岐うどんを食べてから、病院へ走った
昨日病院から、2時に入退院受付へ来るようにと電話があった。
早くついたので早く手続きを済ませる。
4月まで入院していた東病棟である。入院棟のエレベーターホールや病棟に入るための、セキュリティカードを受け取り4階へあがる。
各階の病棟入り口に常駐しているコンシェルジュと「○○さん何カ月ぶりですか?」「7か月ぶりです、またお世話になります」そんな挨拶を交わしながら、病室に案内される。

顔見知りの看護師が次々顔を見せてくれ、体調を気遣ってくれる。
しばらくして担当看護師がくる。私は知らない顔だったが、夫は知っていた。
明日サポートをしてくれる、外科の医師も顔を出してくれる。

採血をしたり血圧・体温を計ったり・・・。
7か月ぶりの病室は椅子が変わっていた。前は丸椅子だったが、今度はひじ掛けも背もある立派な椅子になっていた。
血圧も酸素の量を計る機械も変わっていてビックリ。
前は測ったのをPCにピッピと入力していたが、今度は外して所定の場所におくと、無線でPCに飛ぶのだそうだ。
この最新設備を備えた病院に、2年半の間に460日以上も入院していて最新機器に慣れていたが、また新しい設備をみてビックリした。

麻酔医との面談や、レントゲンを撮るため1階と2階の外来に降りるので、一緒に降りて帰って来た。
本来なら麻酔医との面談は、数日前にするが何度も全身麻酔をしているため、明日手術で今日の面談となった。

さて明日の手術は午後2時からである。
明日の手術の経過をみて、次の反回麻痺の手術の日程がきまる。

生きて返す約束をして欲しいオペ    タンポポ

荷造り

入院を明後日に控え、そろそろ荷造りを始めた。
初めての予約入院は、緊急入院と違い色々勝手が違う。

先日の診察時に予約受け付けをし、既往歴、飲み薬の確認をした。
総合予約センターで正式に予約。
入院費支払い届出書の付いた入院案内を貰ってきた。
まだ明後日の入院は、午前か午後かは解らない。明日連絡がある予定である。

最初の緊急入院時は、10日間ほど入院申し込みも保険証の提出もしていなかった。
意識障害が長引きまだICUにいる時、事務の方が「入院の申し込み書を提出していただいていますか?」と言ってきて、初めて入院案内も申込書も、もらってないことに気付いたのだった。
手術の終わった直後に、たくさんの書類にサインをしたが申込書はなかった。

3年の間に事態は大きく変わり、何度も命がけの手術をした。

そして7回目8回目の手術をする。

1回目 11年10月 急性大動脈解離、弓部全置換
2回目 13年1月  胆嚢切除
3回目 13年4月  大動脈ステントグラフト挿入
4回目 13年4月  食道抜去、食道瘻、胃瘻
5回目 13年8月  食道再建胃管胸骨前手術
6回目 14年2月  人工血管再置換
7回目 14年11月 ワイヤー抜去
8回目 14年11月 反回麻痺手術


 
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命がけの手術の是非を問うている   タンポポ


9回目10回目はありませんように・・・。

5歳のpcの

調子がどうもよくない。
購入したのは2009年の今頃だった。

買い替えを視野にいれているが、Windows8の評判を口コミで見る限りよくはない。
間もなくWindows10が出るらしい。
自己流でPCを触っているので、基本がわかっていない。

そもそもPCの寿命はどれぐらいなのだろう?

6回目の入院が

来週18日入院、19日手術と決まった。

過去5回の入院はすべて緊急入院であり、今回初めて予約入院となる。
最初の手術で胸骨を開き、ワイヤーで縛ってある。
7月の初めから、胸に開いた穴が塞がらないため、そのワイヤーを抜く手術をする。
ワイヤーを抜くだけなら簡単らしいが、夫は食道再建胃管胸骨前手術という面倒な手術をしているため、かなり厄介な手術になる。皮膚のすぐ下にある食道を、傷付けずにワイヤーを抜かねばならない。

そして後日、喉の反回麻痺の手術もする。
これも声が100%戻るというものではなく、50%戻ればいいという程度である。
ただ食べ物が、飲み込み易くはなるようだ。

3年振りにお正月は自宅で迎えたいという、夫の希望は叶えられそうである。
もっともこれは成功すれば・・・の話しである。

待機中・・・

シニアナビがつながらない。
待機中でグルグルまわってばかり。

気長に待てということだろうが、残念ながらそうそう気が長くないし、午後から夫の病院

外部ブログをしているから??

怪我

フィギュアスケートの羽生結弦選手が、演技前の公式練習で激しく衝突し、処置を受けて痛々しい姿で演技に臨んだ。
車いすで帰国し精密検査を受けた結果、全治2~週間の診断結果が出た。

報道陣と野次馬に何度も何度も頭をさげる、ニュース映像をみていて人気者は大変だなと思った。

        

        ***************************

呑兵衛の我が次女は、深夜、最寄駅までの電車がなくなってから歩いて帰宅途中に、自転車に乗った男のひったくりに遭った。
もう13年ほど前の話しである。
ブランドのバッグを引っ張られ、取られまいと引っ張り返したら自転車が倒れ、自転車のどこかで頭や顔を打った。
そして自宅まで必死で走って帰ったらしい。
早朝、頭と顔の痛みに目覚め鏡をみてビックリ、お岩さんのようになっていた。

この時、私は友人とハワイに行っていて、帰ってくる日だった。
関西空港に迎えに来た長女から、この話を聞いてこちらもビックリ。

帰宅したら情けない姿で、シュンとした次女がいた。
いっぺんに浮かれ気分が吹っ飛んだ。

夫が朝まだ寝ていると「お父さん・・・」と入ってきた娘を見てビックリした。
頭も顔も痛いという娘を、近所の診療所に連れて行った。
とっさのことで本人は覚えていなかったが、頭を強く打ったのだろう。
それを必死で走って帰ったので、脳みそが揺さぶられその痛みだったと思う。
医者から警察に行くように言われ、被害届を出しに行った。

半年後に結婚を控えていた娘は、写メで婚約者に「こんなになってる」と送ったらしい。
2~3日、食事を摂るのも口を開けると目の下から頬にかけて痛くて、まともに食事を摂ることが出来ない。
今度は私が別の病院に連れて行った。頬骨を骨折していた。

その後、結婚式までに少しでも傷跡が薄くなるようにと、何度かレーザーを照射した。

犯人が捕まったという連絡はなかった。



羽生結弦選手が、頭にテーピングしてジャンプするのを見て、そこまでしなきゃいけないの?自分の身体を優先しなきゃと思い、我が家の事件を思い出した。


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  《ミセバヤ》


小雨の一日

甲子園球場前をスタートして、自宅マンションの真横の河川敷を走る「2014国際ハーフマラソン」が、小雨の降る中で開催された。
見に行こうと思っていると、「行こうか?」と何度も夫が言ってくる。つい「行きたかったら行ったら・・・!」と言ってしまった。
ストレスがマックスな今は、出来るだけ夫と距離をおいていたい。

何を勘違いしたのか、9時半スタートだと思って早々出て行った。
交通規制があるため、1階の掲示板に張り紙をしてある。
しばらくしてベランダから見ても、ランナーの姿が見えない。
いくら足元が悪いといっても、9時半スタートならもう来る時間・・・。

ケータイに「10時半スタート」とメールをすると、間もなく帰って来た。
1時間後、出直していった。

病気の夫に冷たいと、内心思ってはいる。
しかし2年半に460日以上の入院と6回の手術で、退院後も普通の生活が出来ない体になり、常に夫の体調を気遣うことに疲れた。
外出していて家に帰ろうとすると、逆流性食道炎のゲップが酷くなってくる。
出来るだけ距離をおいて、私の体調を整えたいと思う。
先週木曜日に胃腸科に行った。どうですか?と聞かれ、どう答えるか迷った。
結局「私の周囲の環境が変わらないので、変わりはありません・・・」と答えるしかなかった。
すると「しばらく薬を続けて飲んでください」と3カ月分も出た

処方箋 三月分出す太っ腹     タンポポ

新聞から

朝刊を読んでいて、しばし考え込んでしまった。
ラジオでは珍しくなくなった××目線。

朝日新聞生活面
ジョシ目線
すっきり着こなし寒さ対策


慣れたといえばもう慣れたが、新聞紙上で見るのは非常に違和感がある。
敢えて女子をジョシと書いたので、目線と書いたのかも知れない。

川柳を始めたころ、新聞社で使う用語辞典だったか、そういう辞書を買った。
東京の大会に行った時どこかで置き忘れて今は手元にない。

私は川柳の選をする時、この目線の句は抜かない。
後の十五文字が素晴らしくて、惜しいと思っても抜かない。
目線の二文字で、十五文字が私の眼から消えてしまう。
普通は視線だから取らない。
私の電子辞書の広辞苑第五版には、視線。もと、映画・演劇・テレビ界の語。とある。

漢字の国に不似合いな言葉が多すぎる、と思う私は古い人間なのだろう。
超××、全然OK、も嫌いな言葉だ。
では私自身完璧に日本語を操っているかと、問われれば自信はない。

文化庁のHPをみると色々興味深いことを発見する。
日本語しか話せない私は、美しい日本の言の葉(ことのは)を、大切にしたいと思う。


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  美しい国で迷子になる言葉    タンポポ

懐かしい再会

1970年大阪万博の開催の年、結婚した私達夫婦が最初に住んだのは神戸市灘区。
六甲ケーブル駅の下の方、神戸大学のグランドのそばだった。
国家公務員だった夫は、当時出向で出ていた。その出向先の公団の宿舎での新生活のスタートだった。
夫26歳私21歳・・・今考えると何も知らずによく結婚したものだと思う
新しく出来た宿舎で、18戸のほとんどが新婚組だった。
第一子第二子とも大体同じ年頃の子どもが出来、子育て環境はとてもよかった。
我が家は、出向から役所に戻った76年の春まで住んでいた。
公団の解体と共に、今は宿舎のあった場所にはマンションが建っている。

今日は当時そこで暮らした仲間5人が、十数年ぶりに集まった。
場所はANAクラウンプラザホテル神戸の34階にある日本料理「神戸なだ万」。
予約はしていたが、5人では窓際の席が取れなかった。
それでも見晴らしがよく、青々とした六甲山が目の前にあり、非常に満足の食事会だった。
食べるのも喋るのも忙しい、マシンガントークで時間の過ぎるのが早かった。

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お料理を写す習慣がないとつい撮り忘れた。
1枚目と2枚目の間の料理の写真も、デザートの写真もパス
里芋ご飯が素朴で美味しかった。

ランチのあともあっちで喋りこっちで忙しい。

良く食べてよく喋った一日だった。
いい息抜きになった。

みんな65歳以上の年金生活者、前回集まった時とは話題が違う。
健康のこと、子供、孫のこと、お墓や遺骨をどうするか・・・。
1970年代には、こんな話をする時が来るとは思わなかったね~。
また来年も席を設けようと言いながら、つるべ落としの夕暮の神戸から帰って来た。

検索機能

検索機能は便利なのでよく使う。お気に入りはグーグル。
自宅の電話に着信記録が何度もあり、ちょっと気になっていた。
登録していない電話番号からの受信はすぐ切れるように設定してあるし、非通知の電話は鳴らないように設定してある。
勧誘等の迷惑電話だろうと思い、そのうち直近の3件を検索で調べた。
045 5478 ××××はリフォーム会社
080 0111 1524 は不明、英語が出てくる。
067 670 ×××× 大阪豊中の固定電話までは判明。最近多い押し買いかも・・・?

番号を入力すると検索回数、アクセス回数、口コミなどが表示される。
その回数で個人の家庭の固定電話ではないことが解った。
非通知の電話よりは質がいいかも。

これではランダムにかけると、ほぼ100%の確率でかかる。
電話番号でやり取りをするLineやメッセージは、知り合い以外は応じない開かないを心掛けないといけないと改めて思った。

ちなみに自宅の電話番号とケータイ番号を入れてみた・・・ちゃんと出てくる
検索回数は1回アクセス回数は数回・・・。

ここ

真夜中のブルース


午前一時ブルース聴いている一人     タンポポ


お米

夫が病気してから、お米の消費量がめっきり減ってしまった。
元気な時の夫は、よく食べる人だった。
大病のあと、栄養指導でご飯は180グラム、アルコールは今までの半分、塩分1日6グラムと指示された。
何度もの入院手術で、食道と胃が一つになり、一度に食べられる量は少なくなった。
しかも喉を通りにくいため、ご飯はとても軟らかく炊く。

元気な時は、硬い軟らかいとご飯にうるさい人だった
今、食べられるご飯の量はせいぜい160グラム、これ以上食べるとおかずが食べられない。

私は、一日中米飯を食べないことの方が多い。
朝はバナナかトースト、朝が遅いのでお昼はまず食べない。
夕食もおかずだけ。誤解のないように・・・決して痩せてはおりませぬ(^_^;)

そんな生活をしているため、今、お米の購入は2キロずつである。
お米が美味しいのは、精米後1か月だというので食欲のない人に、出来るだけ美味しく食べて欲しいということもある。

夏休みに娘たちが子連れで里帰りする時、長女に何泊するのか(何食食べるか)を聞いた。
16歳の孫の食欲は、ジジババの想像をはるかに超える。
ちょうどお米を買わねばと思っていたので、2キロでいいのか5キロ必要なのかは、この孫にかかっていた。
お米を買う都合があるからというと、長女が「息子と私でそんなに食糧事情が変わるのか・・・・?」と返事が返って来た。
「大いに変わるよ!」と大笑いした。

その後、夫の亡くなった兄宅から新米が、ど~~んと届いて嬉しい悲鳴
あまり食べられないのを知っているので「少し送る・・・」と10キロ届いた
10キロのお米を消費するのに、半年ぐらいはかかりそうなので3キロを残して、長女のところへ持っていった。

長女は「息子が美味しい美味しいとぎょうさん食べるわ~!」
美味しい新米を、普通の水の量で炊くと申し分ないと思う。

そして今日は3合炊いた。鰤大根がメインだったので、久しぶりにご飯が食べたくなって少しだけ食べた。
残りを約160グラムずつ冷凍パックに詰めると、5個と小さなおにぎりが1個出来た。
これで2~3日ご飯は炊かなくてすむ。


月が変わって

11月の第一土曜日、川柳講座47クールの10回目があった。
次回15日からは48クールが始まる。

今日の席題は「仲間」
10句詠んだが平易な視点だったか、2句しか抜けなかった
いろんな「仲間」の句があった。
言い尽くされた感のある「仲間」にも、それぞれの視点からなるほどと思う句があった。

10月は全国誌のネット句会と、所属柳社のネット句会の両方に投句した。

所属柳社の宿題は「朗らか」今回は互選である。
67人で134句の投句があったとメールが来ている。
明日の午後2時までに、10句選んで投票をせねばならない。
14句に絞ったが・・・次が難しい。

15日締めの季刊誌の投句もある。
そして過去の季刊誌10号分の入選作品から、10句自選して応募する柳社の賞もある。

性根を入れなければ・・・



人間が最期を看取る介護犬     タンポポ