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詩ぱーと2

           大切な心ささげたことがある   タンポポ

imagesSG9F377Q.jpg今日も私の心に響く
詩をご紹介します。



谷川俊太郎著  こころ より


うつろとからっぽ


心がうつろなとき
心の中は空き家です
埃だらけクモの巣だらけ
捨てられた包丁が錆びついている


心がからっぽなとき
心の中は草原です
抜けるような青空の下
はるばると地平線まで見渡せて


うつろとからっぽ
似ているようで違います
心という入れものは伸縮自在
空虚だったり空だったり
無だったり無限だったり


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谷川俊太郎さん、ツイッターもフェイスブックもされています。


谷川俊太郎著  こころより


こころ ころころ


こころ ころんところんだら
こころ ころころころがって
こころ ころころわらいだす


こころ よろよろへたりこみ
こころ ごろごろねころんで
こころ とろとろねむくなる


こころ さいころこころみて
こころ ころりとだまされた
こころ のろのろめをさまし

そろそろこころ いれかえる



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私もこころを入れ替えないといけないのかも・・・
こんな心が欲しいと切に願っているのですが・・・実際は↓な心を持て余しています。



 醜いこころ   タンポポ

優しさもおおらかさも失ったこころ
こちらが凹みあちらが欠けた醜いこころ
デコボコになってしまった私のこころ
弾力性を失った悲しいこころ

カチカチに凍ってしまったこころ
もっときれいだったこともあったこころ
たった三年で醜くなっってしまったこころ 
いいえ六十六年かけて醜くなったこころ

もう元には戻らない真っ黒なこころ
悲しみを包み込むことのできなくなったこころ
思いやりをなくしてしまった醜いこころ

澄み切った青空のようなこころが欲しい


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神様に見透かされそう蒼い空   タンポポ




あ~!

物置と化しているキャビネットの、中段を片付けていて、電池を充電する間そこに置いていたコンデジを、ひっかけて落とした
電池パック収納部分の蓋のプラスチック部分が外れた。

簡単に入りそうで入らない・・・
何だかこのコンデジとは相性が悪い。


娘婿がイタリアに出張に行った際、夫にナップザックをお土産にくれたのを片付けてなかった。
その紐にひっかけてしまった、先日も「自分のだから片付けて・・・」と言ったのに。

自分の検査数値を、きっちりパソコンに入力し、朝晩の血圧・体温も、くそ真面目に付けている。
なのにゴミだし以外は、何もしない夫にぶち切れている
病人であることはよく解っているが・・・。
ああ~またゲップが酷くなった。ホント精神衛生上この上なく悪い日が続く。

体調の悪さ気付かぬ振りの人     タンポポ



同一句

先日、所属柳社の季刊誌が送られてきた。

読んでいると、私が前に詠んだのと全くの同一句が目に入った。
活字として発表をしていれば、作者に取り消しを求めることが出来る。
発表句を整理したものを確認すると、2011年に掲載されている。
発表号を確認すると間違いなく掲載されている。

大した句ではないから、同想句或いは同一句が生まれるのだと思う。
取り消しを求めるかどうかは別にして、一応2011年に発表している旨を師にファックスをする。



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以前紹介した、淡路獏眠著「鬱川柳」から紹介したい。
今、自分が鬱病ではないかと思いながら読み返すと、すっと入ってくる句が多い。

第三章 休職後 前期から。


鬱鬱鬱青い空にも無反応

落ちきった気分と対峙してる鬱

ばらばらになった心の置き所

致死量の薬を持ってふと思う

気疲れが積もり積もって鬱となる

不眠症今夜の夢は無彩色

別人のように感情消える鬱

人知れず心の痛み叫ぶ脳

睡眠薬なくても昼寝ならできる

広告紙に一句認め風呂上がり

夢の中遠い昔が甦る

深層心理が顔を覗かす夢の中

病人に辛い暑さと蟬時雨

見ぬ振りができればもっと楽なのに


苦しい中でこんな句が詠める。
素晴らしい川柳作家である。

頂上決戦

眼科の検診に行くため、久しぶりに電車に乗った。
普段は車で行くのだが、散瞳検査のため電車で行った。
明日からの日本シリーズで甲子園近辺は沸いている。
リハビリを受けている病院に行っても、この試合の話しでもちきりである。
みんな熱い、地元だから無理もない。

阪神甲子園駅は今高架工事中である、だいぶきれいになってきた。
改札を入ると↓が目に入ったので、パチリ
 

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うん?私・・・地元民でありながら意外とクールだと思う。
今年は一度も、甲子園に足を運ばなかった
新しく出来たエレベーターの押しボタンは→です






セルフチェック

今日もほぼ一日寝ていた。いくら寝ても眠い。
そこでネットで、うつ病のセルフチェックをやってみた。

結果は境界・・・回答は↓

ストレスをためたままにすると、うつ病を引き起こすことがあります。休養や睡眠を十分とり、ストレスを解消しましょう。
何をやっても楽しくない、気分が落ち込む、気力がわかないような状態が続くようなときには、早めに専門医に相談してみましょう。うつ病の早期発見につながることもあります。



もう一つのチェックシートでは↓の結果が出た。

中程度のうつ状態です。

23点
あなたのうつ状態は10段階中5です

中程度のうつ状態になっているようで、専門家による治療が必要だと思われます。
うつ病は「誰でもかかる可能性のある病気」であると同時に「予防も治療もできる病気」です。
悩み事や問題をひとりで解決しようとすると余計に心が疲れてしまい悪化してしまう恐れがありますので、早めに精神科、心療内科で相談してみることをお勧めします。


う~~んやっぱり・・・心の風邪

うつ病を長年患っている長女に云うと、「眠れる時は、いくらでも寝たらいい。眠れないのはもっとつらい・・・」

病気を認めたくない自分がいる。しかしあり得ないことではないとの思いもある。

う~~ん・・・眠い

昨日に続いて異常に眠い睡眠時間は十分とっているのに・・・。


鬱になると過眠或いは不眠になるときくが、軽い鬱なのかもしれない。
考えてみると条件は揃っている。

最近夕食後、ソファにかけるとうつらうつらすることが多い。
そのくせベッドに入ると眠れない。

ただ昨夜もその前夜も睡眠剤は飲んでいない。

1000円だからって

いつもの友だちと映画&ランチだった。

消費税が8%になってシニア料金が1100円になったので、有難く障害者割引の1000円で観ている。
友達も同一料金で観られる。たかが100円されど100円である。


そして観たのはこれ

第38回モントリオール世界映画祭で審査員特別賞グランプリとエキュメニカル審査員賞を受賞した。
10月1日から公開中でもあり、ストーリーは敢えて書きませんが、あちこちの感想を見る限り評価は色々分かれている。
それは当然だと思う。

実在の岬カフェが舞台の人間模様・・・。

今日は朝からすごく眠くて、照明が消えるとほどなく睡魔に襲われた
三分の一ぐらい寝ていたかも・・・。

笑福亭鶴瓶と吉永小百合の共演は「母べえ」「おとうと」に続いて3作目。

旧作から

映画館二百円ほど寝てしまう   タンポポ

今日は300円ぐらいだったかも

ムムム・・・(-_-;)

川柳の講座が終わって駐車場に戻ると、フロントガラスにデパートの紙袋が挟まれていた。
何だろうと思ってみると、「もう一回つかまれ」と走り書きをしてある。
もう一回ってどういうこと?つかまってないのですけど・・・。

一回もつかまってないとは言わない。
大きな声では言えないが、捕まったことはある。
だがそれは3年以上前、高速を降りて左折で一般道へ出る時、信号があるものと思い上ばかり見ていて、一旦停止を怠った。
運悪く後ろから、原付のお巡りさんがやってきた・・・



全く気分が悪い
近くのゴミ箱に捨てて、ランチのお店に行った。
メンバーにこのことを話すと、”どうして?” ”知らん、こっちが訊きたい”
”私だったら隣の車に挟んでくる” ”ええ~~!”
っと、まあ賑やかにランチ&が終わった。

そして帰りに約1か月ぶりの給油に立ち寄った。
一人で入れられるかな~ドキドキ。
今日は誰も出てきてくれない


”お支払方法を選択してください”キー(Easy Pay)を機械にかざしているのに反応がない。
落ち着いて説明を読む。ああタッチするのねハイハイ、ピッ、よしよし。
”割引券を赤いランプにかざしてください”
”静電気除去シートにタッチして、給油口のキャップを外してください”
”赤いノズルで給油してください”

給油口にノズルを差し込んだが、本当にこれでいいのか?
ここですみませ~んと声をかけてしまった

「大丈夫ですよ8割ぐらい入ったら、ガチッと音がして止まります」
レバーを引いていながら”ほんまに止まるんやろか?”と少々心配

止まった
”レシートをお取りください” 
レシートと一緒に2円引きの券がついてくる、次回まで大事にとっておかねば。


いやはやお喋りな機械を相手に疲れた

スーパーのセルフレジもよく喋ると思うが、こちらも負けていない。

なかなか文明の利器についていけないお年頃である

7回目8回目の手術

耳鼻咽喉科を受診した夫。
2月の人工血管再置換手術から8カ月あまり経った。
依然として殆ど声が出ていない。
食べ物も飲み込みにくい。
外科の医者の見立ては、食道再建はきちんと出来ており詰まっている個所はないとのこと。

病院に行く前から、「今より声が出るようになるなら手術を受けたい」と言っていた。
前回の受診の際、告げられた反回神経麻痺の手術の詳細を訊いた。
神経が麻痺しているため、喋る時、空気が漏れ、かすれ声になる。
空気が漏れるため、たくさんの空気が必要で息切れがする・・・。

食べ物が通り難いことを話すと、喉の神経が麻痺しているのだから、当たり前とのこと。
専門分野が違うと、医者にも解らないことがあるものだと改めて思った。

局所麻酔をしての手術、発声練習をして見ながら手術を進める。
手術時間は約2時間だが、終わってもすぐに声を出すことは出来ない。
入院は10日間ほど・・・。
通常の半分ぐらいまでは回復するとのこと。
今は通常の10分の1ぐらいか・・・。
この状態は、本人にも私にもストレスがたまる。


この手術は県内では、恐らくこの病院でしか行っていないだろうとのこと。
ネットで調べても、県内の病院は出てこない。
これまでそうしてきたように、すべてをお任せするしかない。

2月の人工血管再置換手術が終わった時、医者の説明を聞いていた娘が「もう切るところはありませんよね」と、言っていたのを思い出す。
いったい人間の身体は、何回の手術に耐えられるのだろう?

ただ夫の胸には、100日以上開いたまま塞がらない穴が2つある。
この原因であろうと思われるワイヤーを抜く手術、こちらは全身麻酔なので先にした方がよいとのこと。

夫としては年内に両方済ませ、お正月は3年ぶりに自宅で迎えたい。
今年もあと70日あまり、急がねば・・・。
心臓血管外科の次回の予約は11月18日。
それまで待っていては、とても年内に2つの手術は終えられないだろう。
前倒しして予約を取らねば・・・。

今後、穏やかな老後は我々夫婦は迎えられそうにない。

穏やかな老後に 巡り会えぬ日々  タンポポ

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駄句を連ねて ・・・ (^_^;)

写真の整理と並行して、この18年間で詠んだ句を整理している。
整理したものをうっかりあっという間に、削除してしまったこと2回。
そして保存出来ていると思っていたのが、出来ていなくて元になる資料を削除したこともある。
あまりPCに詳しくないのに、取説を読むことをしない。
あっと!思ってから、検索をしてそうだったのかなるほど・・・

整理をしていると、川柳を始めた頃の句が、妙に心に響いてくる。
非常に新鮮なのである。今の私に足らない感性があるのだ。
考えてみれば川柳を初めて5~6年が、一生懸命だったと思う。
PCのせいにしてはいけないが、PCを初めて気が乗らないことが多かった。

右脚を手術したころは、病院でなんでも見てやろう、詠んでやろうと思っていた。
せっせと作句しては師に送っていた。
あのころの熱心さが今はない。
師からせっかくの表舞台に立つチャンスをいただきながら、アクシデントでお世辞にも成功とは言えずに終わった、大会選者デビュー。
他の会での選者は、高齢の両親のこと、また夫の病気のこともあり、今はお断りをしている。
だから余計に、川柳と対峙する時間を取らなくなった。

反省だけなら猿でもできる・・・CMだったか?

発表句から

見栄っ張りと言われぬほどの見栄を張る
長々とスピーチをする人格者
障害者の仲間入りして五十歳
私の股関節新品にする
明日手術逃げ帰るなら今のうち
傷口にてんこ盛りしてあるガーゼ
仏壇のバーゲン買い置きも出来ず
約款は全部読まさぬ小さな字
ゲストには鐘がならないのど自慢
堂々としていればよい昼の月
つまらない当たり障りのない会話
エンジンを切られ安心する車
赤ちゃんが笑う私を見て笑う
私が人魚になれる水着買う
こんにゃくがうるさい鍋に蓋をする



画像の整理

PCを始めて、バカチョンカメラから、デジカメになった。
撮った写真は、CDRに保存してきた。
それを念のためUSBメモリーにコピーしている。

画像を保存したCDRの枚数が増えて嵩張るので、全てをUSBメモリーに移し替える作業をしている。
同時に何本もあるUSBも整理して・・・と考えている。
一番最近買ったUSBメモリーの容量は16ギガバイト。
これ1本で3人の孫の画像が、入るのではないかと思う。

ただコピーするだけなら簡単なのに、孫の写真に取り掛かると、ついつい見入って作業が中断してしまう。
高1の孫が3歳頃までの写真は、バカチョンカメラだったので、アルバムに貼ってある。


それもスキャンしたい、なんて簡単に出来そうにないことを考えている。
この孫は比較的近くに住んでいるし、小さいころは毎週のように泊まりに来ていたので、夫があちこち連れて行った写真がいっぱいある。元気だったころの夫と、小さくてかわいかった孫を懐かしんでいる。


並行して句の整理も・・・なんて欲張っている

《2007年10月6日》  芦屋ロックガーデン

@12007.10.6 011@12007.10.6 010@


今デジカメに入っている4ギガのSDカードは、PCに入れたあと消さないでそのまま保存をしようと思っている。

台風

風も雨もそう強くない当地ですが、今大きな雷が鳴り、ビビってしまいました。
慌ててパソの電源を落としました。


台風が来るぞ来るぞと騒がしい      タンポポ

byアイホン

やれば出来る(^_^;)

あまりにも散らかっていた、私のPCデスクを片付けた。
メモを処分し、取っておきたい柳誌は棚に片付けた。
PCの裏にもたくさんの紙類があったが、シュレッダーにかけるものはかけて全部処分した。

雑多なもので埋められていたデスクが広くなると、やはり気分がいい。
キーボードの横もスペースが出来た。

やれば出来る・・・のに、持って生まれた性格なのか


《↓afterの画像》

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ぅん?beforeが見たい・・・ありませんキッパリ

恥ずかしながら

整理整頓が苦手である。
大きなPCデスクの上には、PCとプリンタのほかに、所狭しと色々積み上げてある。
辛うじてキーボードの場所を確保してあるが、マウスはその都度、横の物をちょっと横にずらす
何がそんなに並んでいるのかと言えば、殆どが柳誌(川柳展望・ふぁうすと・川柳瓦版・川柳さっぽろ・川柳番傘・川柳すずか・水脈・コロキュウム等)他に教室の会報、時々ネットで購入する川柳書・・・

そんな中に紛れている香皿(香炉などという上等ではない)PCの前に座るとまず一本火を点けては、癒されている。

香焚いて自問自答の夜が更ける      タンポポ

PCに打ち込もうと、ちょっとのつもりでデスクの上に置いたのが、何カ月もそのままになっている。
さすがにこれだけ積むと、ちょっとやそっとでは打ち込むこともできない。

諦めて一度は片付けようと、思っている次第。

わたくしの辞書になかったすぐやる課     タンポポ

ストレス

両親が、我が家の玄関に置き去りにされる2週間前、母は貧血で入院した。
入院を勧められた母は、「嫁の許可をもらわないと自分では決められない」と言った。
一緒に行っていた私が電話で連絡をし、なんとか許可を得る。

退院の日「家に帰るのが辛い。ストレスで・・・」とおいおい泣いた。
自分の産まれた家に帰るのが辛いと、泣く母に私も姉も言葉がなかった。

最近になって母のこの時の気持ちが、痛いほど解るようになった。
私のストレスからくるゲップも、外にいる時はそれほど酷くないのだ。
それをいいことにして、ディラーに行ったあと、リハビリの時間まで大型スーパーで時間つぶしをした。
一人でiphoneを片手に、を飲んでいる時、あの時の母もちょうど、今の私と同じ気持ちだったのだなと考えていた。

しかし私は帰っても夫だけ、病人といえどそうそう気を遣っているわけではない。
ただ毎日、病気の夫と二人でいることに息苦しさを感じているのだ。

昨日の午前中、睡眠導入剤を貰いに病院へ行くと、医者から”どこかで毒を吐いていますか?”と言われた。
あまり上手に吐けているとは思えないので、正直に話した。



リハビリをしてスーパーへ寄って駐車場に上がるときれいな夕焼けが見えた。
何だか少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。



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内視鏡検査の結果

結論から言えば、前回の検査時と大きく変わりがない、とのことだった。
少し胃の入り口の辺りが赤くなっているとのこと。
それで済んでよかったとおもうことにしよう。

ただ今回は、前回のように「あなたに処方する薬はありません。ストレスを解消してください」と、素っ気ないことは言われなかった。
先週と同じ薬、ガスモチンと漢方薬がでた。
次回の予約は1か月先、簡単に解消できるストレスでないのは解っているし、ストレスに薬は効かないと聞く。
効けば、否、「今より少しでも楽になればいいな」ぐらいの気持ちで飲もう。

家にいると、相変わらず大きなゲップは出ている

夫の定期受診

@1R0019580@.jpgお目汚し<(_ _)>

みっともない程痩せて、あばら骨の浮き出た胸。
その胸に穴が開いたまま90日になるが、いまだに塞がらない。

最初の手術で切った胸骨を、6か所ワイヤーで止めてある。
二つの穴は、ちょうどワイヤーを停めてある場所にあたるようだ。
そのワイヤーが悪さをしているとしか考えられないということで、ワイヤーを
抜く手術を受けることになる。
昨日の診察で、その日程が決まると思っていたが、外科医との日程の打ち合わせが、まだ出来ていないとのこと。
喉の手術もある。
両方とも全身麻酔である。

夫は喉の手術を早くしたいようであるが、手術をすれば今より必ず声が出るとは限らない。
耳鼻咽喉科の手術は、次の受診日に決まると思う。
出来ることなら今年中に二つを終わらせて、スッキリ新年を迎えたい。

3年続きの病院でのお正月は、ご免被りたい。

10月6日

あれから丸3年が経った。
嬉しくはない記念日である。

いつものように食事をして、スーツを着て出かけた夫が、2時間後に事務所で倒れ、緊急搬送・緊急手術と云う思ってもみなかった事態になった。

術後の意識障害が長引き、どうなることかと心配した。
この時は、23日の入院で退院し1日置いて出勤した。
取りあえず、約束の翌年の5月31にまで勤めることを目標にしていた。

最初の手術後、1年間は元気だった。
術後1年で発症した感染症で、入退院を繰り返し、何度も手術をし今に至っている。
今は元気な時の面影もなく、どう贔屓目に見ても痩せこけた病人になってしまった。
2年半で6度の手術をしても、なお自宅で暮らせるのは元々内臓疾患がなかったこともあるだろう。
また生まれた時、神様が決めた寿命がまだ先だと云うことだと思う。

10月29日に退院後31日からの出勤、どう考えても体力的に無理だろうと思った。
自宅から最寄駅までの約7~8分を休憩なしでは歩けなかったのに、土日祭日以外、休まずに出勤した。

よく冗談で「あの日、あのまま死んでいたら49日、とか一周忌」などと言っていた。
そして一周忌やなと話した3日後、感染症の発熱のため路上で倒れ、また緊急入院となった。



明日は心臓血管外科の受診日、死ぬまで病院と縁が切れない老後である。
感染症があるため、歯医者であれ何科であれ、近所の開業医のお世話には、なれない体である。

今の状態を見ていると長生きは出来ないだろうとは思うが、本人にとっても私にとっても苦しい老後になってしまった。

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左 《2011年10月術後20日》   右 《2013年11月16日》食道再建胃管胸骨前手術後          

泣きっ面に・・・

我が家は夫婦とも、デスクトップのPCで遊んでいる(^_^;)
それも和室で仲よく背中合わせで・・・。

夫のPCは確か12年の春に買い換えた。
事務所に出入りしていた業者から購入した。
なぜか法人用・・・。
まあこれは好きにすればいいこと。

だいぶ前から、夫のPCにウィルス対策ソフトが入っていないのではないかと、気になっていた。
私のPCは電源を入れると、セキュリティの画面が出てくるのに、夫のには出てこない。
だから気になっていた。
法人用との違いなのか、どうかはわからない。

アップデートのお知らせメール等が、私のには届くが、夫には届かないようだ。

長い入院生活が響いてPCにも疎くなっているので、イマイチ解っていないようだ。
っで再度、シリアルナンバーを入力して、ダウンロードすることにした。
その途中「これどうするんや?」と言う夫の方に振り向こうとした時、キャスター付の椅子がバランスを崩した。
アッ椅子ごとドスンと後ろ向きにひっくり返ってしまった

おかげで腰が痛い・・・

ホントこの3年、碌なことがない私って、この先どんな運命が待っているのやら??

セキュリティ対策ソフトは、どうなったか?
さあ?その後何も言わないから知らない

ゲップと仲良しの一日

川柳の講座だった。
席題は「油」 簡単だと思った。
30分で10句詠んだ。私にしては上出来・・・と思ったのは、ここまで。
2人の選者に5句ずつ出句、抜けたのはたったの一句・・・

これが、今の私の実力だろう。
教室でも今日はゲップばかりしていた。集中が出来ない。
     

先週提出した宿題11句の内、7句が師の選に入っていたので良しとしよう。





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    《わたくしの体調知らぬ秋の空   タンポポ》

胃の検査

この4~5年、逆流性食道炎に悩まされている。
体調の悪い日は、朝から「グェ~~」と大きなゲップが出る。
大きいの小さいの、ほぼ毎日一日中ゲップは出る。


4~5年前、一度胃カメラを飲んだ。
その時、医者から「あなたに処方する薬はありません。ストレスを解消してください」と言われた。

簡単にストレスが解消できるなら、病院に行かないし胃カメラを飲まない。
その後もゲップに悩まされる日々が続いている。
少しマシになったかなと思った頃、夫の病気・・・。
それでも今ほど酷くはなかった。
この2年半の入退院の間、私が病室でゲップをすると他のベッドにいた看護師が、びっくりして何度も飛んできた。

ゲップをし過ぎて胃が痛くなるようになったのは、4月に夫が退院してからである。
スーパーへ行ったり外に出ている時はそれ程出ない。
家に戻って食事の用意をしようとすると、拒否反応のようにゲップが出て止まらない。


あまりにも酷いので、昨日診察に行き今日、内視鏡検査となった。

コップ6分目くらいの液体を飲んで、しばらくしてベッドに仰向けになる。
左の肩に注射をする。そして喉の麻酔液をピッと2回入れられる。
これが気持ち悪い。
そして横になって胃カメラを入れていく。すんなりと入った。
胃に到達した異物で、かき回されるのが解る。


結果は来週・・・。

今回もストレスの解消を・・・と言われるのだろうか。

夫の兄からは「あんたが頼りだから体に気を付けて。大変だけど頼みます。」と事あるごとに言われる。
これがどれだけストレスになっているのか、解からないのだろう。
夫だってそうだ、面と向かって「その一言がストレスになるのよ」と言うことが出来れば、簡単だとおもう。
病人にむかって、その一言が言えない。
ストレスは溜まる一方である。

老後破産

先日NHKで放送された番組”老後破産”その言葉の響きに、いたたまれない思いで見入った。


我々シニア世代には、うかうかしていると老後破産というとんでもない現実にぶつかるよと、警告をされているようで、見終わって何とも後味が悪かった。

高齢者人口が3000万を突破し、超高齢社会となった日本。
中でも深刻なのが、600万人を超えようとする、独り暮らしの高齢者の問題だ。
その半数、およそ300万人が生活保護水準以下の年金収入しかないという。
生活保護を受けているのは70万人ほど、残り200万人余りは生活保護を受けずに暮らしている。
年金が引き下げられ、医療や介護の負担が重くなる中、貯蓄もなくギリギリの暮らしを続けてきた高齢者が“破産”寸前の状況に追い込まれている。


在宅医療や介護の現場では「年金が足りず医療や介護サービスを安心して受けられない」という訴えが相次いでいる。
自治体では、必要な治療や介護サービスを中断しないように、生活保護の申請手続きに追われている。

国民年金は、老後のお小遣いという意味合いで作られた制度だと聞く。
家族が一緒に住み老後のお小遣い、それならわずかな金額でもやっていける。
生活費と言う意味合いではなかったのだ。
しかし国民年金だけで、老後を暮らしている高齢者が多いのが現実である。

国民年金の両親の場合、1回の受給額は、父が6万円足らず、母が7万円足らずと、思ったのは8年前。
特養に入る前のことだから、今はもっと減っているのだろう。
我が家の玄関に置き去りにされたとき、母は通帳を持って出ていた。
特養に入った時、籍は特養に置き、通帳は特養に預けていた。
そして特養を退所してケアハウスに入った時点で、荷物とともに籍はまた生まれた家にもどった。
それ以来我々は通帳をみていない。


両親とも特養に居られたなら、わずかな年金で賄えていた。
父が半年で特養を出て、病院とケアハウスを行き来しているうちに、恥ずかしながら、この「老後破産」の状況になっている。

お迎えが来るまで、自宅で暮らせると思っていた両親は、年金や働いて得たお金を言われるままに、息子夫婦に用立てていた。
その結果、現在、父の年金では1ケ月分しか賄えなくなっている。
あとの1ケ月分は、4人の兄妹で4等分して支払っている。

両親が我が家の玄関に、荷物のように置き去りにされた後、私が母を、大阪の姉が父の面倒をみていた。
神戸の姉は息子夫婦とさほど広くない家での同居。
長姉には知的障害の息子がいる。
私は、この年の夏、次女のお産があった。その後、左脚の手術を控えていた。
3人とも親をずっと見られる状況ではなかった。
市役所の計らいで老人虐待の救済措置として、特養の入所を進めてくれた。


話し合いを知らない兄夫婦は、自分たちのしてきたことを棚に上げて、怒り狂った。
兄嫁は「あんたらは、親を捨てて家に恥をかかせた」と怒った。
留守の我が家の玄関に親を捨てたのはあんたらや・・・と、言いたいのをグッとこらえた。
兄は「お前らが勝手にしたこと、儂は知らん!」と怒った。

そんなことがあって入所の書類に、兄が判を捺す際、我々3人は[今後一切実家のこと、両親のことに口出しをいたしません」と、しょうもない念書をかかされた 

そんなこんな修羅場?をくぐりぬけ、両親は今穏やかに暮らせている。

そして母も今のケアハウスが長くなったので、特養に移って介護保険でお世話になるらしい。
特養に居た頃は認知症のなかった母も、今は急激に認知症が進んでいる。
介護保険を使うと、以前の特養のように費用は安くないだろう。
母の貯金が底をつくのも、時間の問題だと思う。

両親が特養に入った時から、いつか必ず貯金が底をつく。その時のためにと、三姉妹で積み立てをしている。
父の費用の4分の3は、ここから出している。

しょうもない念書を書かせておいて、父の費用を3人で負担せよとばかなことを言ってきた。
一切の口出しをさせないでお金は出せと・・・
まったく、何をか言わんや。両親は4人の親であり、我々3人は嫁いでからただの一度もお金の無心などしたことはない、と突っぱねた。

馬鹿につける薬はない・馬鹿は死ななきゃ治らない・・・と言うがホントにそうだ。
血を分けた兄妹ながら何とも情けないことである。

2月に一度、お金が云々と言ってくるのは、兄夫婦の息子の嫁さん。
こんなことぐらい自分たちで、言って来ればよさそうなものを、情けない限りである。


カテゴリ「両親」には、これまでも少し書いているが、また恥を忍んで書いてみた。
8年前の2月の、あの日のことを思い出すと、ふつふつと活火山のように怒りがわき出てくる。