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短詩型文芸

私タンポポは、趣味として川柳を初めて18年になった。
その割には上達をしていない・・・否そういう問題ではない。
冷静に考えると、PCを初めてから、川柳に入れ込む力が半減したのだと思う。

川柳を始めた頃、週3日マンションの管理人のおばちゃんをしていた。
午前9時から午後5時まで、さしたる仕事もなく窓口で、エントランスを眺めてひたすら座っていた。
読書ぐらいは可だったが、あまり目立つことは出来なかった。
そんな時、無料で配達されるタブロイド紙を読んでいて、川柳の講座を見つけたのだった。
これなら座っていながら考えられると思った。
阪神大震災の後、新聞に掲載された川柳に心を動かされ、やってみたいと思っていた。

被災地へ急ぐ背中の水の音    天根 夢草
平成七年一月十七日裂ける     時実 新子

この2句がズキンと胸に突き刺さった。
それ以来忘れることのない句である。

そして、5期生として5人の仲間と講座に入った。
今も残っているのは、私だけである。
継続は力なりと言うが、私の場合厚かましさと仲間の優しさで、続けていると思う。

元々母と祖父が、雑排という短詩型の文芸をしていた。
少しながらその血を、受け継いでいるのかも知れない。
私が初めて7~8年後、長姉も独学で川柳を始め、同じ季刊誌に投稿をしている。



中学生のころ、学習雑誌を買っていて、後ろの方に投稿欄があった。

”木犀の香り豊かな秋日和” 俳句のつもりで投稿したのだが、季重なりのこの句が入選した

川柳人口も高齢化の一途をたどっている。
教室の仲間は皆健在だが、18年の間に、多くの柳友を失った。
60代後半はまだ若い方である。あと何年出来るか解らないが、仲間と3冊目の川柳集を出すまでは、精進せねばと思っている。

”2000年の春・2010年の夏”と出した。
順番なら次は”2020年の秋”になるが、それには、まだ6年もある。
メンバーの年齢を考慮すれば、もう6年は待てない。
恐らく2~年先に出すことになると思う。

↓は旧作から

水虫の足も入っている足湯             タンポポ
これ以上曲がる余地ない母の腰            ”
闘病は続く 命のある限り                ”
ラッピングされ恥ずかしい路線バス          ”  
婆さんと夫に呼ばれ無視をする             ”
香焚いて自問自答の夜が更ける            ”