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外泊

午後70日ぶりに帰ってきました。
毎朝点滴があるので、明日は9時半までに戻ります。

お昼は好きなおうどんを食べたいと言うのでよく行くうどん屋さんで食べて帰ってきました。
車に乗っておうどんを食べて帰る、それだけでしんどいとぐったりりでした。
今日は私と二人ですが、次の外泊予定日は、ちび台風が吹き荒れている年明けの3日。ちょっとしんどいだろうと思います。

今久しぶりに入浴中です。
病院ではシャワー浴だけなので、ゆっくり湯船に浸かったらと思いますが、たぶんそんなにゆっくりは浸かるのは無理でしょう。



やっと口から食べられた\(^_^)/

梅雨があけ子どもたちには楽しい夏休み、そしてお盆の帰省ラッシュ・・・我が家にも埼玉から娘が孫を連れて帰ってきていました。

酷暑の夏でも、病院は快適な温度に保たれ、汗一つかきません。
この病院は2年前に新築移転してきた、最新設備を備えた大きな病院です。

事務所で倒れた時、現場から一番近くて夫の病気に対処できるこの病院に、緊急搬送され即手術されたのでした。

食道抜去から107日目に「食道再建胃管胸骨前手術」を行いました。
これで倒れてから1年10か月の間に、5回目の手術となりました。

・急性大動脈解離による弓部人工血管置換手術
・感染症の原因を疑っての胆嚢(胆石)切除
・吐血後の出血を止めるための大動脈ステント挿入手術
・食道抜去、胃瘻・食道瘻増設
・食道再建胃管胸骨前手術

前回の手術は6時間と聞いていたところ、10時間かかったので時間は気にせず待とうと思っていました。
前日も病棟の看護師さんから、8時間の長い手術ですねと言われ外科の医師の話よりながくなった??と思いました。

8時35分に自分で歩いて手術室の前まで行き、私たち家族はそこから長い長い待ち時間を、予定していました。
意外にも早く、2時に終わったと医師が呼びにきて説明を受けました。
手術は予定通りの術法で胃の膨らんだ部分を喉の下まで持ち上げてきました。
約1時間後ICUの夫と面会が出来ました。麻酔はほとんど覚めていました。
お腹が痛いと訴えています。
手術直後はまだ口から食べることは出来ないので、小腸に管をつけて小腸瘻からの栄養補給なのです。その傷が痛かったようです。

感染症があるため胸骨は開かず、胸の皮膚のすぐ下を通しているのです。食道と胃の両方の役割をしなければならなくなった胃のキャパシティは、元気な時の三分の一ぐらいになってしまいました。
皮膚のすぐしたを通しているため凸凹が目立ちます。


術後7日目、検査の結果口から胃までチャンと通っていることが確認でき、4月30日の食道抜去以来実に114日目にして、お水を飲みこむことが出来たのです。
夫の「水がこんなに美味しかったとは・・・」というのが正直な気持ちであっただろうと思います。


術後11日目、朝食から流動食がでたのでした。
118日目にしてやっと口から食事が摂れました。
この日が来るまで本当に長かった・・・永遠かと思うほどの長い日々、ほんとうによく我慢したと思いました。
思わず涙があふれて、声をあげて泣いてしまいました。

この時点では、まだまだ口から食べられる量はわずかで、後は腸瘻からの栄養剤の注入に頼っていました。




↓は「食道再建胃管胸骨前手術」後の画像です。
決して気持ちのいいものではありませんので悪しからず…<(_ _)>

MRSA感染症

4月30日の食道抜去・胃瘻・食道瘻の術後は口から一切ものが飲み込めないということで薬もすべて胃瘻から入れます。
術後2日目からリハビリが始まりました。背中の大きな傷が痛くて手が上がらないのです。

術後3日目看護師さんに付き添われてICUの中を30メートル位歩きました。
胃瘻からの栄養剤の注入はなかなか消化せず、口から食べることが出来ないのに、消化しないため注入のできないことが多かった。点滴で栄養を補給するとは言っても血となり肉となるには口から食べられるようにならねば・・・。

この時期いつまでも入院を続けるわけにはいかないので一時退院の話がありました。
しかしそうは言っても胃瘻からの注入と点滴。
栄養剤の注入は私も習いましたが、点滴は医療行為なので、素人には出来ません。そうこうしているうちにまた熱が出てしまいました。

原因を特定できなかった感染症は、大動脈にステントを入れ食道を抜去することで、大きなリスクを背負いましたが、感染症は退治できたのだと思っていました。
(この時点ではそう思っていました)

熱がでたことで退院の話は保留となりました。
夫の感染症の細菌は、「MRSAメシチリン耐性黄色ブドウ球菌」というものだそうで、現代医学で抗生剤を使いすぎたことによって出てきた細菌とあります。

この頃看護師さんの態度をよくこぼすになっていました。病人の我儘かも知れませんが長期の入院で二人とも精神的にも肉体的にも追いつめられていました。
病人の痛みを解ってとは言いませんが、心も病みそうな病人や家族の心情を察して欲しいと思いました。

ある日、病棟へ入ったものの荷物が重くて手すりに凭れていた私に、顔見知りの看護師さんが「大丈夫ですか?」と声をかけて荷物を持ってくれました。
その気持ちが嬉しくて、私は涙を流しながら夫が愚痴をこぼしていることを話したのです。
この日このことがなければ看護師長に話すつもりでいました。

4月30日の手術以来体重は減り続け6月27日時点で51,3キロでした(/_;)

今度のメールは

日銀統括センター・・・

ネットで調べるとかなり前から頻繁にメールを送信しているらしい。
そして欲をだして返信すると手数料を取られるとのこと。
そりゃそうですね。懐を痛めず大金が入るなんて、遺産相続以外あるとは思えない。
それだって身内で色々あるかも知れないのだから・・・。

今日はAUに用事があるので迷惑メールの設定を聞いてみよう。
iphoneにお客様サポートを入れようとしたが、途中で躓いて(-_-;)

今のメルアドを変えるのは嫌だし、何度も変えたくない。何より自分のメルアドが覚えられなくなっても困る。

身に覚えがないのに

↓のメールが昨日から何通もiphoneに届いている。

そりゃあね、900万円もの大金をはいどうぞ~と言われると、年金暮らしましてや夫の入院費に、毎月ビクビクしている我が家の家計「ありがとうございます(*^_^*)」といただきたい気持ちは山々・・・。
もし棚ボタで900万円入ってくれば、入院費の支払いが毎月70,000円としても、家計を圧迫することなく10年間は払える。

しかし何故??私に??

老人を狙う振込サギが多発しているのに、大金をどうぞと言うのは気持ちが悪いにもほどがある。





差出人: 配達証明  ≪¥900万 24時間お届け可能≫ 
日時: 2013年12月15日 8:50:46 JST
宛先: hanahana
件名: ibis [YURA]


eternal 

〜〜〜 〜〜〜
配達証明  ≪¥900万 24時間お届け可能≫ 
〜〜〜 〜〜〜


お客様宛てに、お振込未納分900万円の現金をお預りしております。お客様は、受取り希望月日をこちらに1通返信するのみで全自動配送となりますので、ご希望の日時を(例)に従って記載して返信して下さい。(返信例)10月24日の場合…【1024】※不在の場合は不在票をお入れしますのでご安心してご連絡下さい。

(全部読む)
http://ulopedhie.biz/q7n1rhc38ekeb8vem/1580562/m272847001/b8f9a04e4f74990916064f8301d408bac91304e18d1f38c67488ba0064ec4615

(トップページ)
http://ulopedhie.biz/jxblrbkodhza31ditwbo/b8f9a04e4f74990916064f8301d408bac91304e18d1f38c67488ba0064ec4615


ご質問はトップページよりご連絡下さい

安心できる空間をお届けします
lucky1214

病院でのお正月

2年続きで病院でのお正月が決まった夫、今年のお正月には午前の点滴が終わると電車に乗って帰ってきて、夜の点滴に間に合うように送って行っていた。
しかし今度のお正月は、電車で帰って来るだけの体力がないと思う。
今点滴は午前中1回なので、外泊も可能だと思う。

何分にも長期の入院で、毎日点滴に手こずっているらしい。

在宅の期間もあったが、今年の入院日数は31日まで入れると280日余りになる。
その間、点滴とずっとお付き合いなので、看護師さん泣かせの点滴である。

アップデート

アップル社からアイフォンの新製品がでたことで、従来品のiphone5のアップデートの案内メールがきました。

しましたよ、アップデート・・・。
まるっきり違う画面になってしまいました。
前の画面の方がよかった・・・戻せないのかな?


私タンポポの年賀状は先週一言メッセージも入れて完成している。あとは投函するだけ。

今年はすでにお264日入院している夫の分、去年もこの時期入院をしていて、私がデザインを考えて、夫のgoサインを待ってプリントをした。
問題は宛名印刷、去年はベッドの上で手書きした。

夫は今までexcelで名簿を作ってwordで宛名印刷をしていた。

excelの出来ない私が名簿を取り込めなくて、筆ぐるめに取り込もうとするもこれも敢え無くお手上げ・・・。
仕方なく筆グルメの住所録を一から作ることにしてやっと出来た。

ここだけの話し、もし夫に何かあったとき筆グルメの名簿があれば簡単・・・。

excelの住所録のプリントを見ながらの入力は、一とハイフンの区別がつかず手間取ってしまった。

ようやく宛名印刷も終えた。明日病院へ持って行こう。

ランドセル

来春から一年生の孫のK注文していたランドセルが届いたと言う。
父方にとって初孫のこの子のランドセルを、我が家で買うかどうかちょっと考えた。
娘夫婦に判断を委ねた。
そしてあちらで買っていただいた。
我が家は何を買ったらいいか・・・。机は要らないというし・・・。

  
      

     IMG_1116@.jpg

最近のランドセルは、男の子のもカラフルなのが多いが、選ぶ前から近所のお兄ちゃんが持っている黒がいいと言い張って、無難な黒を選んだそうだ。
CMでもみかけるが、A4サイズのファイルが入るランドセルは決して小さくはないこの子が背負っても大きくみえる。

昔話・・・。

去年もこの時期病院にいたなとマイナス思考になりながら車を走らせていた・・・。

そこへaozora@の右側を走ってきた、コンテナトラックのコンテナに琉球海運と書いてある。ナンバープレートも、那覇だか沖縄だかになっていた。

沖縄から来たのかぁ、コンテナ船で何日かかったのだろう?・・・。なんて考えていてaozora@の甥が大学を出て証券会社に勤務していた時、沖縄に転勤になったことを思い出した。社会人になって3~4年目だったと思う。

5月の連休に車を取りに帰って、フェリーで沖縄に戻った。
甥はこの頃、転職を考えていて、転勤になる前に試験を受けていた。
その合格の知らせが、フェリーに乗ってから自宅に届いたのだった。
ケータイのない時代、しかもいつどこのフェリーに乗るのか、把握していなかった姉夫婦。
息子の友人に聞いて電報を打ったのだったか・・・。
フェリーの中で合格を知り、沖縄に着いて数日後退職をして帰ってきた。

その甥は午年、来年は48歳になる。
月日の経つのは早いものである。




ゴミの分別

わが市では今年の春からだったか?今までの可燃ごみ、不燃ごみ、リサイクルごみ、に加えてプラごみの分別が始まった。
決められたように細かく分類すると、今まで可燃ごみとして出していたゴミの多くが、プラごみになった。
薬の錠剤の空はプラごみ、でも飲み残しのシートは可燃ごみ。
プラごみのようでプラごみでない100均のカゴ。
詰め替えの洗剤パックは中が汚れているので可燃ごみ。しかしシャンプーや洗剤のボトルはプラごみ。
プラスチック製商品本体、クリーニングの袋、ハンガー、ダイレクトメールの袋などは可燃ごみ・・・とややこしい。

プラごみは透明の袋に入れて出します。
どこのお宅のプラごみにも冷凍食品の袋が多く見受けられます。
お弁当を作るお母さんの強い味方のようです。

年賀状

今年はいつになく早く自分の分の年賀状をプリントした。
あとは一言メッセージを書くだけ

入院中の夫の分も今考え中・・・。
一応デザインの案を明日見せてからなので、こちらはまだしばらくかかりそう

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看板かけかえました

ここを訪問してくださる数すくない皆様、このたび看板を新調いたしました
HNも数年前使っていたものに変更です。
今後ともよろしくお願いいたします。


話しは変わって、私の愛車は2008年の1月31日に新車に乗り始め、本日めでたく走行距離が50,000キロになりました。
計算違いでなければ5年10か月で、50,000キロ走ったことになります。
この歳(どんな歳?)で割合走っているほうだと思います。
我が夫はペーパードライバーなもので、たまに里帰りする娘が乗る以外、ほとんど私蒲公英が乗ったことになります。

10日ほど前から50,000の瞬間を待っていました。
そして今日達成するのが解っていたのですが、高速を走っている時にその瞬間を迎えました。
さあどうするか・・・後続車がいないのを確かめてハザードをたいて停止(^_^;)
その瞬間をiphoneに収めてきました。

いやいや、パトカーや白バイがが走っていなくてよかった

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