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カレンダー

来年のことを言うと笑われるが、昔はカレンダーはどこかで貰うものでした。
銀行に行くと1枚もののカレンダーをいっぱい巻いておいてありましたね。
今はそういうのも見かけないように思います。
うん?貯金がないともらえない・・・さもありなん。

我が家は夫の仕事柄、どの部屋にも帆船のカレンダーとか海の風景のカレンダーがありました。

去年は11月の25日から1月15日まで入院をしていたので、12月の末にカレンダーが手元に、ひとつもありませんでした。
カレンダーなしで1年を過ごすわけにもいかず、仕方なく100均で買いました。
100均でもこの頃になるといいのは売り切れて、あまり気に入ったのはなかったのです。

今年はこれを↓買おうと思っています。


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そうあの人気ブロガー「羊の国のラブラドール絵日記シニア」のマーティンゆうさんの描いたカレンダーです。


じぞう文字夕深さんのもいいですね。

aozora@一家が宝塚市に住んでいたころ、妖精を描く永田萌さんの可愛いカレンダーが、各戸に配られていました。



テレビ番組から

最近よく健康番組をやっている、今晩もやっていたので少し見ていた。

番組内でマイコプラズマ肺炎が最近増えていると言っていた。
このマイコプラズマ肺炎に今から25年前に罹ったことがある。

その年の10月に卵巣嚢腫の摘出手術を予定していた。
入院前から風邪を引きそのまま入院をした。
その日のうちにレントゲンや、肺活量の検査など色々した。
病棟の主治医に風邪を引いていることは伝えた。
医師はそんな場合もあるので、早めに入院をして体調を整えるのだと言い、風邪薬とうがい薬が出た。

同室の患者から、咳が出ていたら手術の時大変だよと言われ、一生懸命うがいをし薬も真面目に飲んだ。
でも咳は治まらなかった。
そして手術の前日麻酔科を受診した。入院当日に撮ったレントゲンを見た麻酔科医は「マイコプラズマ肺炎に罹っています、明日の手術は無理です・・・」

ええ!!そんなバカな。
手術前に1週間も入院して、あすの手術がダメなんて。

婦長(この頃は看護婦だった)が、手術がダメなので即刻退院をと言う。
そんなことを言われても、家の鍵をもっていないので、娘が学校から帰るころを見計らって退院しようと思った。

その時、入院当日に撮ったレントゲンはどこにあったのか訊いてみた。
病棟内にあったと言う。1週間の間、主治医に会ったのは1度だけだった。
自分が持つことになった患者が、風邪を引いていると自己申告をして薬を出しているのに、気にならなかったのだろうか。
産婦人科医といえどレントゲンを見れば解ったと思う。
万が一解らなければほかの医師に見てもらうことも出来ただろう。
大いなる義憤を感じながら、仕方なく退院したのだった。

一旦退院し近所の内科にかかって治し、3週間後再入院した。
受付で待っていると病棟の事務員さんが迎えに来たので、「今度は何先生?」と訊くと前回と同じ先生だと言う。

それは嫌だ、それなら入院はしないと、ごねて夫を困らせた。
でも嫌なものは嫌だった。

結局病棟の主治医の交代ということで、入院し手術をした。
今思い出しても、我儘を押し通したとは思っていない。

マイコプラズマ肺炎の、初期症状は風邪に似た症状なので、気付きにくいというが、レントゲンを撮ると肺が白くなっているので一目で解ると言う。

クリスマスツリー

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ネットで見つけたけど・・・ちょっと気持ち悪いな。

発表句



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      雨のせいか身体がだるい。

      川柳の仲間から↑の句の感想が届いた。

      何だか涙腺が緩んでいる・・・。


喪中はがき

シニア世代と呼ばれる年代になって、毎年この時期は喪中はがきが、かなりの枚数届くようになって来た。
亡くなった方と葉書の差出人との関係は色々・・・。
配偶者や親、あるいは子供なら当然喪に服さねばならないと思う。
しかしながら2親等とはいえ、年の初めに逝った配偶者の兄弟にまで喪に服し、喪中はがきを出さなければいけないものだろうか。

私の田舎では49日で喪が明ける。

忌中、喪中の期間

この程度でいいように思う。

それにしても配偶者間で、夫は13カ月で妻は90日・・・どういうことなのだろう?

emiyとMさん

高校へ入学し同じクラスになり仲良くなった。どことなく目に付き、校則違反は平気、悪く言えばちょっと避けられるタイプだった。でもなぜか気が合った。互いの家に遊びに行ったり、一緒に出かけたりした。

1年の体育際の時クラスのみんなで作った応援用の○○?(名前を忘れた)も出来上がった体育祭の前日のHRで「Mさんを体育祭に出さないように校長からと言われた」と担任が苦渋に満ちた顔で話した。
Mさんは身体障害者だった。頭はみんなと同じぐらいの大きさで身長がとても低く手脚もとても短かった。昔のこと廊下の拭き掃除などするとショーツが丸見えになった。おしゃれ心も恥じらいもある年頃、誰かがいったのかMさんは廊下の拭き掃除はいいことになった。
そのMさんを出すなと言った校長に激怒したクラス全員で直談判に行った。
今なら教育の現場で教育者たる者が、こんな発言をするなど考えられないが、50年近い前のことである。
それでも言って良いことと悪いことは今も昔も変わらない。

グランドにいた校長に真っ先に詰め寄ったのはemiyだった。のらりくらりと言い校舎の中に逃げた校長のスーツの上着を泣きながら踏みつけた。みんなで作った応援用のボード?も壊した。
担任が話したHRの時、帰されたのかMさんはいなかった。翌日Mさんを迎えに行くことにして、その役はemiyと私になった。

翌日学校へ行くとMさんは何事もなかったような顔をして登校していた。
私たちのクラスだけボードのない運動会だった。

実はこの話しは30年位前にA新聞の投書欄で「運動会の想い出」を募集していた時、応募し掲載されたことがある。

私はは身障者になって15年、そう辛いこともイヤなこともなく過ごせている。
そんなことを考えると、福祉と云う言葉さえもあまり聞かなかった時代、Mさんはさぞかしイヤな思い辛い思いを経験したのだろうと察するにあまりある。

emiyは音楽と家庭科以外はいつ勉強しているのか不思議な程よく出来ていた。

結婚する時「おっさんがひつこいから嫁に行ったるわ」って笑っていたね。

貴女から最後に℡があったのはいつ頃だったのだろうと、一生懸命思いだそうとするのにハッキリしない。話した内容は鮮明に覚えているのに・・・。

ショッキングな最期はあまりにも悲しいけれど、逆に考えればemiyらしいような気もしてきました。



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同姓同名

十数年前ある病院で同姓同名の方に出会った。
正確に言うと漢字は違うのだが音が同じなのだ。会計の窓口で呼ばれ2人が窓口へ行き同姓同名が判明したのだった。彼女以外には会ったことはない。
ありふれた姓だがそれまで同姓同名故の間違いなどなかった。今ネットで検索しても同姓同名は出てこない。全国には何人かはいるのだろうが検索に上がってこないだけなのだろう。
本名で上がってくるのは川柳関係である。他に事件を起こしたことも表彰の対象にもならなければあがらないだろう。
ネット散歩をしていると意外なところで名前を見つけることがある。知らないところで鑑賞の対象になっている自分の句に出会うのだ。機関誌に発表している限り致し方ない。中にはどこに発表したのか覚えていない懐かしい句に出会ったりもする?
  
だるま夕陽@.jpg     友人から《だるま夕日》


テスト

前のブログの下書きから・・・。

ってコピペにすると字が滅茶苦茶大きくなるんだね。

年賀状の季節になるとある友人のことを思い出す。

気になりながら、もう何年も年賀状が途絶えていた友人がある。

普段からあまり連絡もしないのだが、時々どちらからともなく「声が聞きたくなった」と電話で話していた。

元々きっちり年賀状をくれる方ではなかったので、あまり気にしていなかったのだが、4年前に年賀状を書く時、もしや?と胸騒ぎがした。

年が明けてから田舎にいる友人に聞くと、前に病気だと聞いたことがあると言う。
やっぱり・・・っで今は?と気になっていた。


4年前、両親の面会に一行った日、帰りに彼女の家のある地域まで行ってみた。

家は知らなかったので、また予感が当たっていると怖いので、先に何方かにお聞きしようと見渡してみた。

目に付いた和菓子屋さんで聞くことにした。

名前と私と同級生であること、小柄であることなどを話すと返ってきた言葉は・・・・・。
予想だにしないことだった。
血圧が高いと聞いたことがあるので、倒れて文字を書ける状態ではないのかも、あるいは・・・と色々いい予想はしていなかった。

おばさんの口をついて出たのは焼身自殺、何ともショッキングであった
もう何年も前に自宅の庭で、灯油をかぶって自殺をしたのだと言うことだった
こんなことを嘘を言う筈もないが、信じられない思いと、まさかの幕切れに泣いてしまった。
何があったのかは今となっては知ることも出来ない。
とてもそんなことをする人ではなかった。
おばさんによると姑との関係で少し精神的に病んでいたと言う。

女に産まれたことを嫌がっていた高校時代、黒縁の大きな眼鏡をかけ男っぽい歩き方、話し方や笑い方、声までも男っぽく男の方が似合ってるとみんなが思っていた。

今思えば「ダブルハッピネス」の著者の杉山文野くんみたいだった。

頭が良く数学や化学は良く出来た。

教えて貰うと左手でメガネをちょっと上げ、サラサラサラと大きな字で問題を解いた。

大きな綺麗な目が悪戯っぽく笑っていた。家庭科の被服の提出物は私が縫っていた。

一年の時の女性担任に恋をしていた。

そんな彼女が22歳で普通に結婚してみんなをアッと言わせ、一男一女の母親になった。これにもみんなビックリしたものだ。

どんなに辛い苦しいことがあったのだろう、自殺をするしか術はなかったのだろうか?


昨日まで貴女のことを確認しなかったことを悔やんで私の心は乱れています。
emiy貴女はやっと気付いたのかと笑っているのでしょうか?


            

雲になりたい


雲になりたい


秋の雲は色んな顔を見せてくれる。


雲になりたい

点滴

1か月が経った。

一昨年の約10時間の緊急手術の時でも23日で退院した。
依然として頭痛は続いているが、先日のMRの結果は異常なしと訊いた。

ただ直近の検査で、人工血管内に3種類の細菌がいることが、新たに解った。
健康な人でも体内には細菌が潜んでいる。もしも血管に入っても自前の血管ならば、殺菌したり押し出す力がある。しかし人工血管にはその作用がない。
単なる血液を流す管の役目をしているだけ・・・。
抗生剤に耐性の出来た細菌を、やっつけるのは容易ではないようだ。
3種類の抗生剤を入れているが、細菌に効いても体への負担も大きく腎臓の数値、尿酸値等が上がってくる。

点滴を長く続けていると突然点滴が入らなくなったりする。
昨日がそうだった、午前中一旦針を外していたが、午後から入れることになった。
1人目の看護師さん失敗、2人目も失敗、3人目プロフェッショナルといわれているらしい少々年配の看護師さんが登場するも失敗。
その間、温めたりたたいたり色々手を尽くしていただいたが入らない。

見かねてシャワーを浴びて身体を温めたらどう?と声をかけた。シャワーから戻ってくるのを待って洗濯物を持って帰る。

その後うまく入ったかと心配をしていた。
今朝メールがきて、シャワーの後も何人かの看護師さんが挑戦するも入らず。
真打登場で医師がきてやっと入ったと言う。

私も看護師泣かせの血管である。血管が細く肉が巻いているのだろう。
市の検診に行った時、採血が出来ず医師に採ってもらったことがある。



穿刺失敗 謝られても刺され損   K

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日本シリーズ

甲子園のおひざ元に住んでいるのに、野球はあまり好きではない。
夫がいればシーズン中は、ずっと中継を見ているので何となく目に入る。
しかしこんなに入院が続くと今年はほとんど見なかった。
今日も日本シリーズは見ていなかった。何度も観たことのある映画をBSで観ていた。

最終戦にチャンネルを合わせたのが、田中投手がマウンドに上がった9回表2-0だった。
昨日は負けたが今日は気迫で勝ったように思った。

おめでとう日本一東北楽天イーグルス、星野監督の胴上げが映されたのをみてテレビを消した。

お母さんが無くなった義妹の孫が、田中投手が入っていた少年野球のチームに入って、頑張っている。

仙台と言えばaozora@は、小学5年生の時から結婚直後まで仙台市東十番町国鉄アパートに住んでいたKさんと文通をしていた。
東北大学を出て病院の検査技師になったと聞いていた。同い年なのでとっくに定年退職をしたか、あるいはもっと早くに退職をしたのかどうか解らない。
音信不通になって40年・・・やはり昔話し?



今日は癒しの日(*^_^*)

先月生まれた友人の孫ちゃんを見せてもらいに行って来た。
ママのAちゃんとは何年振りだっただろう。
〇結ちゃんかわいい~????新生児をまじかで見たのはT以来だから3年ぶり。

やっぱり赤ちゃんをみていると自然に笑みがこぼれる。
笑みだけじゃなく感激で涙まででてきた?
だっこをすると、まだ見えない目でじっと声のする方を見る。
本当に癒される。

写真を撮りたかったが、iphoneのフラッシュが光るといけないので遠慮した。


友人の家に行くとき、毎年行くコスモス畑が見ごろを迎えているようで、対岸を走っていても
一面華やかなピンクに染まっているのが解った。
帰りによってみようと思い行って来た。
今年も駐車場が用意され、大勢の人が見に行っていた。
デイサービスの車で来ている、お年寄りも多かった。


地元のボランティアの方のお蔭で、毎年一面に咲くコスモスをこんなに近場で、楽しませていただいていることに感謝・・・<(_ _)>


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このところ悶々と日々を過ごしていたので、いい息抜きになった。
明日は夫の今後の治療についての話しを聞きに行く。

娘も義妹もaozora@も、夫はあまり長生きは出来ないだろうと思っている。

今の夫に、自分の残りの命をどう思っているのかは訊き難い。
いつかは訊かなければならない日が来る・・・でもそのいつかは、もっともっと先であって欲しい。


現実的な次女は「大事なことはちゃんと聞いておかないとダメだよ」という。


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