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なぜなぜなぜ?

とうとう8月も終わり・・・。

ようやく口から食べると言う、当たり前のことが出来るようになった夫。

なぜこうなってしまったのだろう?

2011年の10月に事務所で倒れ、緊急搬送・即手術で命はとりとめた。
その後1年間は元気だった。

去年の10月の発熱から感染症と診断され、再三の入退院の繰り返し。
今回は3月11日から入院している。
もう170日を超えた。

4月25日の外泊日の吐血で、術後に大動脈と食道が癒着していたことが解った。
このことが吐血するまで解らなかったのだろうか??
何度もCTを撮っているのに・・・。

癒着がわかったところで、どうしようもなかったのかも知れないが、吐血は免れたと思う。
食道というのはとても薄い臓器で、一部を切ったり貼ったり出来ないらしい。
全摘しかないそうだ。


失ったものがあまりにも大きい。

↓は食道再建 胃管 胸骨前経路 という手術をした画像です。



左側が頭です。
この手術で胃袋が健康な時の三分の一ぐらいになり、一度にたくさん食べられなくなりました。
食べると1時間ぐらいムカムカするようです。

@1IMG0667.jpg

たまには病気以外のことを…(^_^&#59;)

閲覧制限云々でこのところよく目にする「はだしのゲン」は我が家の娘達も読みました。
30年以上前だったでしょうか。

夕食の準備をしていると、子ども部屋で遊んでいた次女が、泣き出しました。
また喧嘩してるのかと思いながら手を止めずにいました。
すると次女が、かわいそうだか怖いだか言いながら、大泣きして台所にきたのです。
どうしたのか聞いてみると「はだしのゲン」を読んでいて、たまらなくなって泣き出したのでした。
小学校2年か3年の時だったと思います。
毎年終戦記念日の前後に必ず思い出す出来事なのです。

閲覧制限は撤回されましたが、確かに子供には見せたくない描写がありました。
でも目をとじたり耳を塞いで、見過ごせないのも事実だと思います。
作者の意図を正しく読み取れる子供に育って欲しいと思いました。

今日はその次女の誕生日です。






術後15日目

早いもので明日で8月も終わり・・・。
カロリーが1100にアップされ朝昼夕の3食に加え、10時3時8時におやつ的なものが出ています。
もちろん小腸からも、まだ入れています。

胃袋がなくなったので、一度にたくさん食べることが出来なくなりました。

3度の食事は、全粥と何品かのおかずがついているそうですが、おかずの量はまだ少ないようです。
消化の良いものがごくわずかのようです。
たべたあと身体を起していないとゲップがでてきます。

口から食べるという当たり前のことが、少しずつ日常的になってきています。



術後14日

25日の大雨以来、エアコンを点けなくてもいい生活が、出来ています。
玄関ドアを開けて網戸にして、反対側も網戸にしているといい風が吹いています。

ブログはすっかり病気ブログと化してしまいました。
170日も入院していれば仕方のないことですね。

今日の昼食から全粥になったとメールが来ました。
食事の回数は、朝・昼・夕・と10時・3時に間食がでて、5回になりカロリーもアップされたそうです。

まだ腸からの食事も入れているので、その分の食事が口から摂れるようにならないと、退院は出来ません。
でも少し退院に向けての話もしています。

退院後、発熱で感染症を疑われる時は、感染症内科の医師の知り合いがいる、市内の病院に転院という話があります。
おそらく感染症とは、生涯の付き合いになるということのようです。
人工血管が体内にある限り、これも仕方がないのかもしれません。


術後13日目

昨日の午後一般病棟に移動したとメールがありました。
今回は個室ときいてドキリ、個室にもランクがありますが、市外在住の我が家は個室だと2割増しなのです。
2割増しの個室には、ゆったりした1人掛けのソファーがあり、テレビも冷蔵庫も無料なのです。
ところが今回の部屋は個室なのですが、冷蔵庫もテレビも有料でソファーもありません。
さて部屋代はいくらなのか、気になるところではありますが、落ち着けるいい部屋です。

今日は夫が食事を摂るところが見たくて、昼食に十分間に合うように家を出たのですが、いつもの場所で、渋滞があり間に合いませんでした・・・残念。

食事は順調に進んでいるようです。
昨日までは食事の最後に、ニンジンジュースをお腹から入れていましたが、今日は口から飲みました。
でも飲むと上に上がってくると言います。何回かに分けて飲むのがよさそうです。

頸動脈の点滴が外れて腕から入れていました。


食道再建後の画像を貼ります。
気持ちのいいものではありませんが悪しからず・・・<(_ _)>
食道癌の方の再建も、胸骨前を通す方法と胸骨の後ろを通す方法があるようです。

ガーゼの下は食道瘻のあった場所で、今回の手術で胃をこの辺りまで上げています。
傷にはまだホッチキスの針がたくさんあります。



 


  IMG_0668.JPG

左側が頭ですが、左胸が膨らんでいるのが解るでしょうか。5センチ位高くなっています。
皮膚のすぐ下を通しているので、仕方がありません。

一昨年の手術以来、5回メスを入れた身体は傷だらけです?


休息日

手術日から12日間毎日病院へ通いましたが、今日は精も根も尽き果てたようで、絞り出そうにも気力が湧いてきません、そこで休息日にすることにしました。

夫には一応お伺いのメールを送りました。

返信には
「昼食事に固形物がでた。五分粥100gに鮭と大根の煮魚、煮物、洋風煮と一見豪勢なメニュー。一日の栄養量も750kcalとアップした。
首からの点滴はまだはずれていない。肩から入れるか、普段のように腕にするか思案中。
これも、退院時期をにらんだ先生の考えのようだ。」

昨日造影剤を入れてのCTを撮ったので、その結果を知りたいのですが、主治医からきいたかどうか解りません。

さて休息日何をしようか・・・。
本心は映画に行きたい、でも観たいと思っていた作品の上映は終わっています。

気になりながら観ていない作品をTやで借りてこようか、それともごろ寝をしようか。
久しぶりにリハビリに行こうか。


昨日の雨と今日の夫 (追記術後11日目)

雨で今日は涼しい朝を迎えました。

やっとPCを開くことが出来ました。
そう・・・娘&孫が帰りました。
本当は昨日11時過ぎの新大阪発の新幹線に乗車予定だったので、前が見えないほどの豪雨の中JRの駅まで送っていったのです。
駅前で降ろして家に帰ってくると「大雨のため、JR神戸線は灘駅と甲子園口間が運転見合わせ・新幹線も止まっている?とメッセージが来ました。

どうも豪雨の中必死で運転していた頃、当市では観測史上最高の雨量を記録していたようです。

運転再開をしても、もし新幹線が東の方で止まると一人で子供を2人連れている娘は、困るので昨日帰るのはあきらめて、今日の予約を取り直しました。

そして先ほどまたJRżまで送って行って、やっと開放されたところです?
今は宅配の荷物を取りにきてもらうのを待っています。


 IMG_0660@.jpg

昨日はお父さんの誕生日だったので、フェイスタイムで何度もおめでとうを言っていました?



ブログの更新が出来ない間のコメントありがとうございました<(_ _)>


今日は嬉しいお知らせが出来ます。

↓はたった今夫から来たメールです。

「今日の天気はどうかな。
孫達は何時の新幹線にのれたかな。
今朝から食事がでた。重湯、みそすーぷ、牛乳の流動食。
午前に看護師長がきて、4東の部屋が空くのをまっている、とのこと。」

118日目にしてやっと口から食事が摂れました。
この日が来るまで本当に長かった・・・永遠かと思うほどの長い日々、よく我慢したと思います。

思わず涙があふれて、声をあげて泣いています。


   ★*******★*******★
追記


宅配の業者を待ってから病院へ行ってきました。
心持ち表情が明るいように見えました。

お昼は、重湯、ヨーグルト、玉子豆腐だったそうです。
もう夕食も済んでいるでしょうが連絡はありません。

今朝、朝食が運ばれてきて「私もあるの?」と訊いたと言います。
お味噌汁は夫のいうように具はなく、正に味噌スープだったようです。
これは辛く感じたようです、まあ当然ですね。
重湯は塩味はなかったと言いますが、「味噌スープ」を先に口にしたせいだと思います。

食後、外科医と心臓血管の主治医が来て「ゆっくり少しずつ飲み込むように・・・」と注意があったそうです。

長い間いた一般病棟には、空きが出るとすぐにでも移動できるようです。




不安定な

お天気が続いています。もう十分降っただろうに・・・。


10年ごとの大規模修繕工事が始まっています。
まだ足場を組むような段階ではありません。
現場事務所を建てたり、お手洗いを設置したり、資材置き場を確保したりの段階です。
雨で工事が出来ない日を見込んでいるとはいえ、こう雨が降っては日程がずれてくるでしょう。


今回は、ベランダの室外機以外はすべて撤去ということで、今日「なんでも屋」さんに見積もりをお願いしました。
予想通りといえばそうですが、結構な費用がかかります。

小さな植木鉢はだいぶ処分したのですが、それでも外にある処分対象は約30個×500円・ラック4個×1,000円・小さな物置の移動1×3,000円・作業費15,000円、合計38,850円になります。

もう一社に夕方見積もりを依頼してあったので、返事は明日でもいいかと聞くと、すぐ返事をすると32,000円にすると言う・・・。
う~~ん、商売上手というのだろう。

っで結局土曜日の午前中に、お願いすることになりました。


園芸担当の夫が、半年も入院することになるとは思っていなかったので、余計な出費です。
一昨年の手術以来、力仕事が出来る身体ではない夫がいても、ラックの処分や物置の移動は出来ません。


今回の経験を踏まえて、今後はあまり増やさないようにしないといけません。
10年後二人が健在、あるいはどちらもいない、はたまたどちらかが一人になっている、のどれかなのですから・・・。


一言  (追記あり)

術後10日・・・疲れたぁ~?



????****************????

コメントありがとうございました。
昨夜はあまりにも疲れていて、9時過ぎに薬を飲んでベッドに入りました。

何度か目覚めたものの、10時までベッドでごろごろしていました。
夫に伝えねばならないことがあり、朝食兼昼食を摂って病院へ向かいました。


術後7日目

今日、検査の結果口から入れたものがちゃんと通っていることが 確認できました。
4月30日の食道抜去以来実に114日目にしてお水を飲むことが出来ました?
夫の「水がこんなに美味かったとは・・・」というのが正直な気持ちなのでしょう。
よく耐えたとおもいます。


さて間もなく孫台風の再来です。
夫はまだICUにいるので孫たちは中に入れません。
看護師さんに訊くと、夫が待合まで出るのは構わないそうで、明日は孫に爺ちゃんを会わせてやれます。
多分ごく短時間しか無理だと思いますが、「おじいちゃんは?」というTも納得できるでしょう。

もう高速を降りたようです


術後5日目

4日目の夜は不整脈が出て、心臓血管外科の医師の処方で薬がICUに上がって来て、点滴で入れようとすると治まっていたとのことです。

尿管が取れてトイレにも行けています。
ICUの中をリハビリ師さんと歩いています。

手術当日から6日連続の病院通いはしんどいです。
今日は行くのやめようか・・・?と頭をチラッとかすめます。

一般病棟に移れる日が早く来ますように・・・。



誤変換

お世話になった方に、夫の長年の仕事の関係から色々考えて、日本丸のボトルシップを贈ろうとネットで探している。
ベッドでたっぷり時間のある夫も、長い療養で根気がなくなりセットを買っても作れそうにないし、短気で不器用なaozora@には無理な話し。
そこで完成品を買おうとしている。

ぼとるしっぷと打って変換するとボトル湿布と誤変換してくれる。
その度に「なんでやねん」と突っ込みを入れている。
ボトルに湿布は要らないと思うのだけど・・・。

一度正しい変換をさせると、次からはちゃんと出来る。
どうして一度で正しい変換が出来ないのだろう。



術後4日目

  ????コメントありがとうございました????


ICUに入っていくと一番奥に夫のベッドがないのが途中で見えました。
あれ?と思った瞬間横から「おい」と言う夫の声。
朝、場所を変わったそうです、今度はHCUという部屋です。
昨日までの部屋に比べると3分の2ぐらいの広さの部屋です。

回復傾向にあるということでしょう。
リハビリで今日はナースセンターの周りを、休憩をはさんで1周半したといいます。
やはり歩くのはまだしんどいようです。

お水が飲めるようになったかなと思ったのですが、木曜日までお預けです。
頸動脈からの点滴が痛々しいのですが、痰はずいぶん少なくなって楽になったと言います。

日に日に回復しているようです、ここで慌てては何にもならないと思います。
院内は涼しいとはいえ、お水の一滴も飲めないのは辛いですが、頑張りどころだと思います。


術後3日目

孫台風の疲れと連日の暑さ、そして毎日の病院通いと、かなりのお疲れモードです。

夫は今日は新聞を読みたいと言うので、1階のコンビニで買ってきました。
まだ水を飲む許可が下りていませんが、飲み込まないように注意して、口をゆすぐことは出来るようになりました。

小腸瘻から入れる食事は、内容は胃瘻の食事と同じですが、詰まり易いため少しずつしか落とせません。
今後、食道の役目もする胃は休ませています。


ご報告

ご心配いただきありがとうございました。

コメントのお返事が出来ていませんお許しを・・・<(_ _)>

孫台風は今日の午後、和歌山へ向かいました。
さすがに娘も、12日の午後我が家に来て以来、私にに負担をかけないようにと、気を遣ってはいましたが、友人との食事に出かけるとTが寝てしまって迎えにいったり、14日に婿さんがきてなんだかんだと気ぜわしい数日でした。
孫台風は喧嘩はするわ、走り回るわ、なぜか襖が外れ破れるわの大荒れでした。

12日にJRまで迎えに行くとTの口から真っ先に「あたし、おすしがたべたい????
夕食の準備をほぼ終えていたので「お父さんが来たらいこうね」と納得させました。
もちろんお父さんが来た日に行きました。
子どものいうお寿司は回転すしなのでかわいいものです。

15日は手術。

16日は尼崎にあるレジャープールまで送迎、その間義妹と夫の面会。
去年も行ったのですが、水着に着替えてプールに着くまでのハイテンションぶりにはビックリ。やはり今年も楽しかったらしく熱く語ってくれました。


今日は、術後2日目。
明日医師の診察後、水を口に出来るかどうか・・・。
でも明日は日曜日、病棟の主治医の診察があるのか??

今日は午後お迎えをまっていたので、夕方の面会に行きました。
点滴も何本もしていますが、手術時間が短かったお蔭で、声はよく出ています。
最初の手術も食道抜去の手術も、10時間も人工呼吸器を入れていたので喉に傷がつき、長い間声があまり出なかったのです。

顔色もいいし見かけは元気そうに見えます。でも朝も夕方も熱が出ました?

昨日はベッドで起き上がってもいいと言われたのですが、気力がなくできませんでした。
今日は朝ベッドの下に降りて、体重を計ったそうです。
先日からやっと50キロを超え、今日も横這いだったようです。

1日にティッシュを一箱使い切るほど、術後痰が出ています。
痰を出すときに傷が痛むようです。
何分にも痩せたので、下手をすると痰をティッシュに取りきれなくて、鎖骨のくぼみに溜まってしまいます。

ICUは中学生以下は入ることが出来ないので、孫たちは「ガンバレ~」を言った後から会っていません。
一週間ほどしたら、もう一度様子を見に来るといっていますので、その時はたぶん一般病棟に移っているだろうと思っています。


ICUの面会は12時から3時までと6時から8時までの二回。
帰りがけ「明日はお昼の面会時間に来るわ」と言うと「それがいい、夕方まで待つのは長い・・・」
これは別に古女房の顔を早く見たいということではありません。

一般病棟に置いていた荷物を、今回は持って帰らずに有料のロッカーに預けてあるのです。
その鍵を私が持っているし、出したいものがあった、そういうことです。

取りあえずICUにいる間は毎日通うつもりです。


ご覧いただいている皆様へ

コメントをありがとうございました。

孫台風の吹き荒れる中、手術は昨日無事に、終わりました。

前回の手術は6時間と聞いていたところ、10時間かかったので時間は気にせず待とうと思っていました。昨日も病棟の看護師さんから8時間の長い手術ですねと言われ外科の医師の話よりながくなった??と思いました。

8時35分に自分で歩いて手術室の前まで行き、私たち家族はそこから長い長い待ち時間を、予定していました。
意外にも早く、2時に終わったと医師が呼びにきて説明を受けました。
手術は予定通りの術法で胃の膨らんだ部分を喉の下まで持ち上げてきました。
約1時間後ICUの夫と面会が出来ました。麻酔はほとんど覚めていました。
お腹が痛いと訴えています。
手術直後はまだ口から食べることは出来ないので、小腸に管をつけて小腸瘻からの栄養補給なのです。多分その傷が痛いのかと・・・。

今から義妹と面会に行きます。


明日はいよいよ

手術です。
今日一日みょうに胸騒ぎがして仕方ないのです。
無事に終わりますように…。


暑くて熱い・・・

11時に人と会う約束をしていたので出かけた
午前中に出かけたのは、ずいぶん久しぶり。
駐車場までの50歩ほどが・・・あっつぅ
空は青空ではなく、全体が雲に覆われているように白い、でも暑さは最高・・・。

天気予報を聞いていると、京都の気温は38度まで上がると・・・。
そんな無茶苦茶な暑さ、それなのに東北では豪雨による土石流で死者がでた。
いったいこの国は、いや地球はどうなってしまったのだろう?
高知県四万十市と甲府では40,7度を観測したそうだ。
温暖化などという言葉では言い表せない、地球は高熱を出している。


そんな中、甲子園では球児たちの熱戦が繰り広げられている。
選手は球場のすぐ前でバスから降りるが、応援団は結構遠いところでバスから降りて、暑い中球場まで歩く。
球場までの道沿いには、急ごしらえの土産物屋が何軒もある。
aozora@がリハビリに行く整形外科は、球場と駐車場の真ん中辺にあり、これらの夏の風物詩をみて楽しんでいる。







掃除しなきゃ・・・

12日に埼玉から孫たちがくる。
今回は新幹線で来るそうだ。
飛行機だと夫の病院まで近いが、Tが3歳になったので子供料金が必要とのことで、新幹線を2席取る方が安いとのこと。

初めての新幹線で、今から楽しみにしているようだ。
新幹線に乗る前には、お弁当を買ってのると嬉しそうに話しているK?

12日は娘が子荷物を連れてくるので、他の荷物は宅配で送ってくる。
14日はお父さんが飛行機で来て、見舞ってくれるらしい。
15日の手術に備えてみんなで、「おじいちゃんガンバレ~」とエールをおくってくれるらしい。

今回は我が家にいても、子供たちに楽しい思いをさせてやれないので、早々と和歌山に行くようだ。
2人が幼稚園に行っていると、行事も色々あって忙しいらしい。


夏の大好物

夏に好んで食べるのは、西瓜、メロン、鱧の湯引き、お素麺、焼きナス、アイス・・・。
でも今年はまだお素麺を食べていない、冬を越したお素麺はあるのだが、今年はあまり食べたいと思わない。
はたと考えるに、お素麺が好きなのは夫なのだ。

夏場何を食べたい?とリクエストを訊くと、大抵「素麺!」と答えることが多い。
そんな夫がいないので、食べていないのだと思う。

一昨年の手術以来、減塩食のため去年もあまりたべなかったように思う。

スイカもメロンも焼きナスも鱧の湯引きも二人の大好物。
特にスイカは毎日欠かさないほど大好物である。

この前のお中元にいただいたメロンは、ブロックに切って持って行って食べさせた。
お腹に入るわけでも身に付くわけでもないが、美味しいと言って口に運んだ。

次は何を持って来よう?と訊くと、「メロン」と言うのでこのところメロンを持って行っている。
スイカはもしも誤って、種を飲み込んだらと少々怖いのだ。
スイカの種ぐらいの大きさなら、ちゃんと袋に出てくるのだが、用心に越したことはないと思う。

桃はカットして持って行くと悲惨だった。灰汁が出て色が変わり、食欲のわかない代物になった。

舌と上あごに白っぽく苔が生えたようになっている、これにはパイナップルがいいと言うので、パイナップルも時々。
ゼリー類はみんな甘いと言って食べなくなってしまった。

食事を口から摂っていないので、味に敏感になっているのだろう。
もともと甘いものは食べない人だったが、手術以来よく甘いものが食べたいと、言うようになっていた。

大量の輸血で、きっと甘いものが好きな人の血が、たくさん入ったに違いないと思っている。

次の手術後はどのぐらいの期間で、普通に食べられるようになるのか、今はそれが一番の気がかり・・・。


 yakinasu.jpg

焼きナスをアチチアチチと剥いている   k


3カ所はしご

午前は内科の通院、それから夫の病院帰りにまたリハビリと3軒はしごした。
夫の病院に行くとき、また今日も事故渋滞で30分で行けるところを、1時間40分かかった。
それも2か所、湾岸線はナビでは2車線規制と案内があったが、現場を通った時には1車線規制になっていた。軽自動車が大破していた、事故処理が終わっていて他の車両はなかった。
そこからもずっと事故渋滞、何のために高速を走っているのやら・・・。

次の現場は4台の玉突き事故だった。1台目と3台目がトラック2台目と4台目が乗用車。
2代目の乗用車がやはり大破していた。
これからお盆の帰省で渋滞も事故も多くなる。気をつけねば・・・。

15日は朝9時からの手術なのに、事故渋滞に巻き込まれたら、手術室に入る夫を見送れない。
早く家を出るつもりではあるが、どうか事故渋滞など発生しませんように・・・。


昨日で

入院日数は150日になった。
まだ寒い3月11日に発熱で緊急外来に行って、そのまま入院して150日。
少し時間の感覚が鈍っている私にとっては、長かったような早かったような・・・。

夫にとっては永遠のように感じたかも知れない。

看護師長が、昨日の朝部屋に来て「丁度150日になりましたね、よく頑張られましたね」と声をかけてくれたそうだ。
そこで「薬玉でも割ってくれたの?」と言う私(*^_^*)
夫「う~~んなかったなあ」「じゃ200日いたら用意してくれるかもää
9月末までいたら約200日・・・。

次の手術が終わっても、すぐ口からは食べられないのでひょっとしたら、そのころまでかかるかも知れない。
縫合部の壊死で手術のやり直しがあるかも知れない。

150日の間に失ったものが、あまりにも大きすぎる今回の入院。
4月中ごろに外泊の許可が出たので、あと少しで退院できるとみんなが思った。
そんな矢先の、外泊中の大量吐血は、信じがたいことであった。

昨日は次の手術に向けて麻酔科医の話があった。
今までの手術でもお世話になった麻酔科医であり、これまでの経緯もよく把握しているので、少し安心した。

4月30日の食道抜去、胃瘻、食道瘻、広背筋切除の手術は、この病院でも数年に1例あるかどうかの大手術だったと、この麻酔科医から聞いた。
大手術だとは思っていたが、こんな大病院でも例の少ない手術であったことに驚き、また次の手術を受けられることに、夫の運の強さを改めて思った次第であった。

手術はお盆、亡くなった夫の両親や姉、兄達に見守られて手術は成功すると思う。


蒸し暑い…(~_~&#59;)

 朝から?の鳴き声のうるさいこと。

  IMG.jpg


交通事故

病院へ行く道で高速に乗る少し前に、トラックと乗用車の事故を見た。
そこは高速の側道の合流地点、右側車線に一旦停止の表示がある。
どちらかが右から出て来たのだと思うが、私が通った時には解らなかった。

嫌なものを見たと思いながら高速にのった。
料金所を出たところで故障車が一台、ハーバーハイウエイにも一台・・・。


そして帰り5時前から5時半位はいつも渋滞する湾岸線の入り口付近、ずっと先から混んでいるが、左へ行くのでずっと左車線を走る。
道路上に、「700メートル先5号湾岸線の表示」があるが、ずっと空いている右側を走ってきて、あと200メートルぐらいのところから続々割り込んでくる。
こうなってくると右側車線も渋滞してしまう。
ひどい車は斜線を引いたところからでも無理矢理入ってくる。
そして今日はそんな車の横っ腹に乗用車がぶつかっていた。

ほら見たとこかと悪態をつきながら帰ってきた。

帰宅して新聞をみると、ハイウエイで故障して停車した乗用車に、トラックが追突した記事と写真が載っていた。
後ろから追突したトラックが、前方不注意で悪いに決まっているが、東京から愛知県まで帰省するのに、車の点検はしてきたの?と聞きたい。
自分で点検の出来ない私は、ガソリンスタンドやディーラーさんで、こまめにしてもらう。
何かがあって困るのは自分だから・・・。
これからお盆にかけての帰省シーズン、車の点検をして出かけて欲しいと思う。


昨日、今日

昨日は欲張って3軒医者の梯子をした。


先ず眼科次に夫の病院、そして最後は私のメンテ。

あれからゴキブリはみていないが、1匹いたら100匹いるというゴキブリ。
おそらく効能期限きれのゴキブリダンゴをあきらめて、新しい〇バットを買ってきた。
1箱にたくさん入っているが、2~3年前に買ったものに比べると小さい。
掃除をするとき邪魔だと思うし、効き目は大丈夫かとも思う。
効力は6カ月あるそうな。楽しみにしよう。


今日は病院に行かない予定だったのに、2日続けて行って来た。
次女の義父母が和歌山から、わざわざ面会にきてくれたと、メールがきてお見舞いをいただいたので、引き上げに?行って来た。

先日はお中元にメロンを戴いたので、タッパーに入れて持って行っている。
食べてもすぐ身体の外の袋に出てくるので、高級品は勿体ない(これ本心ä?)が、1人で食べきれるわけでもなく、130日にもなる入院で、ストレスいっぱいの夫にも季節感を味あわせてあげたくて。
病人=メロンのお見舞いという図式もあるし・・・。

今日は大きな桃を戴いた。桃も一口にカットすれば食べられそう、次に行くときは持って行こう。

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往復50キロとはいえ2日続けていくとしんどい。

しかし一昨年の緊急手術の時は、23日毎日通った・・・たった1年9ケ月前の出来事だが、今はそんな元気がない。


みなとこうべ海上花火大会

第43回みなとこうべ海上花火大会を、病院の9階の窓越しに観て帰った。
43回ということは長女の生まれた年からやっていたのか・・・。
神戸の官舎にいるときに観に行った記憶がある。
宝塚にいるときも行ったことがある。
そしてまだ役所の現役時代、夫の執務室から観たこともあった。


7月の中ごろに夫が「3日は花火があるから9階から観ようか?」と言っていた。
そのつもりで3日は病院へ行くように予定をした。
月末になってその時間(7時半から8時半)点滴でじっとしてないといけないと言ったので、じゃいつもの時間に行くことにしていた。
入院が長引き点滴の針を刺すのが、難しくちょっと動くと漏れる。

っで今日行くと「どうする?」と訊く。6時間以上もあるので帰るつもりだった。
看護師さんが「奥さん帰られますか?」と訊く。??

残って花火を観るなら、点滴を早くするということ。
少しでも病人のストレスを、解消をさせたいとの看護師さんの気持ちもあった。
しかし忙しい看護師さんは、夫に付き添っていることは出来ない。
そんなことで、点滴を早く済ませて9階に上がった。すでに大勢の方がいた。

花火は真正面に綺麗に見えた。
ただEVホールの電気がついているのと、ガラス越しなので少し離れた場所からだと写真は撮れなかった。

帰りは道路が混むと思い、8時20分に駐車場を出たものの、神戸大橋に差し掛かるまで1時間20分かかった。
一昨年の手術以来150回位あの人工島を走っているが、今日ほどたくさんの車と人を見たのは初めてだった。

いつもなら30分で帰って来るのに、今日は2時間もかかってしまった。

まあ少しでも気晴らしが出来たならよしとしよう。


大規模修繕工事

来月から始まる大規模修繕工事に備えての説明会が、業者と管理組合からあった。
大体10年ごとに行われる大規模修繕、前回は完成後4年で阪神大震災に遭ったため、10年を待たずにしている。
今回は2回目、ベランダに置いてあるものはエアコンの室外機以外はすべて撤去と言うことになっている…困った?網戸もすべて外さねばならない。
部屋によっては南北にベランダのあるタイプもあるので、両方一度に工事にかかることはなくどちらかに移動すればすむ。しかし我が家は南にしかない。
長さ約10メートルのベランダには、夫に慈しまれた植木鉢が、所狭しと鎮座している。
入院中の夫に代わり、枯らさないようと水遣りが一仕事である。
これらすべてを室内にいれるのは不可能・・・入れて入れられないことはないが、植物園みたいな状態で生活は出来ない。
何よりスチールの棚が錆びており室内に入れたくない。私の基準で残すものは残し、後は便利屋さんに頼んで処分してもらうしかない。

それまでに夫の退院の見込みはないし、もし退院してもそんなことをする体力は、今の夫にはないし、私の手にも負えない。
  
今回処分したら、今後大きなものを増やさないように、厳しく禁止令を出そう。
これからどんどん歳を重ね、体調不十分の夫が残って逆に私が残っても、困ることに間違いはないのだから・・・。



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川柳

6月の中ごろには一旦退院の話があり、川柳を続けられるか考えた。

色々考えた結果次のクールは申しこまないことにした。
入院していれば安心なのだが、心が川柳についていけないのだ。
だから止めた。
平成8年に入会していつの間にか、17年も楽しい仲間と川柳を楽しんでいた。
教室の仲間は一旦止めた気遣って、暑中見舞いやメールをくれる。
会報担当のSさんは会報を送ってくれる。ありがたいことである。

私の祖父と母が「雑排」という短詩形の文学に親しんでいた。
その影響が少なからずあったのだと思う。
私から遅れて何年か後、長姉も川柳を始めた。
姉は教室には入らず、季刊誌への投稿だけにとどまっている。
いつも飾らない正直な句を詠んでいると思う。

そんなときある大会で特選を受賞した↓の句を見つけた。

寝たきりのゆうこにも毎月生理           神野きっこ

『長女の優子はてんかんという難病で生涯、首も座らず、寝返りすることもなかった。言葉もどこまで理解しているのか定かでない。しかし身体のリズムは狂うことなく、元気な子供と同じように毎月生理がきた。太陽が東から昇り、西に沈むように正確な時を刻んでいた。結婚することも、子供を産むこともなく二十二歳の若さで永眠した。私にとって優子は決して負担ではなく、分身そのものだった』と書いている。

子どもを愛する母親の気持ちがスッと出てきた、そんな句が選者の心を打ったのだろう。

この句を読んだ時、自分を恥じた。
長期入院で予定が一切立たないことにいら立ちを感じ、いつまで続くのか解らない病院通いを負担に感じていた。
病院から帰ってくると発狂しそうになるのを、辛うじて堪えていた。

そんなときのこの句・・・22年間の介護さぞかし苦しかっただろうと察したが、「負担ではなかった分身そのものだった」と結んでいる作者に恥じた。

入院中、お世話をしてくれる看護師がいて1日おきに行く古女房は、何もしないで夫の顔を見て帰る。
そんな生活のなかで、自分のわがままに気付かされた。

子どもは分身だが、配偶者は他人だからと言い訳をする、自分にも恥じている。


そんな私でも、4年ほど前は↓な句を詠んだこともあった

悔しいがずっと夫のことが好き   k




今日から8月

今日は13時から、次の外科手術の説明を聞きに行って来ました。

またしてもたいそうな手術になります。
手術所要時間は約6時間、前回の食道抜去の時も、6時間と聞いていたのに10時間かかったので、時間についてはあまり気にしないで、気長に待とうと思います。

夫は食道再建・胃管、胸骨前経路という術法になります。
胃瘻の患者に行う手術は他に二通りあります。
胸骨の後ろを通す方法と胸腔内を通す方法になります。
一昨年胸骨を開いているのと、感染症に悩まされてきたので、皮膚のすぐ下を通す胸骨前経路を、取るしかないのです。

巧くいっても機能的には、元気な時の半分以下だそうです。

巧く行くかどうかは、術後の様子をみないと解りません。
血流が悪いと、上の方でつないだ部分が壊死するのだそうです。
そうなるとまた手術・・・。
いくら命があっても足りません。

1年半の間に大手術を2回、胆嚢切除、大動脈ステント挿入と4回の手術をしている割には、年齢を考えると元気なのだそうです。
元々内臓疾患がなかったせいでしょう。

皮膚のすぐ下を、胃を持ち上げてくるので胸は凸凹になり、食事をすると食道の代わりをする胃が膨らむそうです、それをお腹の方へ手でさすってやらなければなりません。

こんなに何度も手術をしても、命の保証はありません。