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6月30日

一年の半分が終わる、アタフタしようにもできない今の我が家・・・。
なるようにしかならぬ夫の病気。

先日田舎から義兄嫁さんが来てくれた、兄は亡くなって今年七回忌を迎える。
来週の日曜日法要を営むと聞いたが、我が家は失礼するしかない。

病院にいるなら安心と言えば安心だが、やはり一日田舎へ行くのは落ち着かない。
普通の病気ではない夫を、目の当たりにしたので、兄嫁さんも解ってくれている。
とは言うものの、家族が長期の療養を余儀なくされると、いつの間にか世間との関わりが薄くなっていく。
これがいつまで続くのか神様だけにしか解らないのかも・・・はぁ?

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≪フウセンカヅラ≫の花と初生りの実


1行だけ

ああ~しんど。心も身体もイッパイイッパイ。


料金所で・・・(^_^&#59;)

入院日数が110日ほどになった。今回はもう60回ぐらい病院に通っている。

病院へ行く時、通過する有料道路の一部に、神戸市営でETCではない区間がある。
ハーバーハイウエイというおしゃれな名前がついている。

今日その上り線の料金所でおじさんに「毎度!」と言われた?ä
リップサービスなのか、或いは印籠のように身障者手帳を出すバアサンで、覚えられているのかは解らない。
60回通ったら往復で、120回料金所を通過したことになる。上下線のブースを何人で回っているのか解らないが24時間営業?でも20人はいないかも・・・。
今日もこのおじさんだと、こちらも覚えている人も何人かはある。

トラックの多い道路で、ちょっと変わった色の車、そして手帳おまけにバアサン、もっとも相手もジイサンだけど・・・。
1日にそこを通過する車は、どのくらいなのかは知らないが、覚えられている感じがする。


昔母がお寺のお坊さんにお会いしたら、やはり「○○さん毎度!」と声をかけられたと笑っていた。
9月に祖母(母の実母)が亡くなり、年明けの1月に祖父(母の実父)が亡くなったので、葬儀や法要で本当に毎度だったのだろう。


手帳を出せば半額とはいえETCとで往復800円要る。ガソリン代も要る。
年金生活なのに、こんなに長期入院している場合じゃないよ・・・。

まだまだトンネルの出口の明かりが見えないのに、1年の半分が終わろうとしている。
この6か月の間、自宅にいたのは、たったの54日・・・。
何だかねえ・・・愚痴りたくもなる。

取りあえずは命の危険はないので、転院を視野に入れてはいるが、今の夫の状態を理解できる医者がいるかどうか。

次の手術のことを考えると、このまま今の病院にいるのが、ベストのような気もする。


4月の外泊日に散髪に行って以来の頭は伸び放題。
いつ家に帰って来られるのかわからないので、諦めて点滴スタンドをお供に院内の理髪店に行ってスッキリする。
30分ほどだったと思うが、じっとしているのがしんどそうだった。
終わってすぐ部屋に戻り横になった。


今日の体重は51,6キロいよいよ51キロ代・・・50キロを切らなければいいのだが。


梅雨&台風で

今日は病院へ行けないかもと思っていた。

朝起きて外をみると、そんなに雨も降ってないし風もない。
九州の西の海上で、温帯低気圧に変わったという。

っということで予定通り病院へ
病室へ行くと今日も熱が38度あまり出ていた。この調子では帰りたくても帰れない。
ずっとこのまま体内に、何かしらの細菌が住み着くのなら、退院しても発熱の度に緊急外来のお世話になることになる。
そしてそのまま入院・点滴のコースをたどるのは必至・・・。

6月ももう残り少なくなった。今年前半の6か月で、自宅にいたのはわずか55日。
その間の外泊は3回だったか?4回目に吐血したと思う。

記憶もあいまい・・・そのための記録として綴っている。

楽天ではブログを、バックアップするツールの用意がない。
もう少し落ち着いたら、病気のカテゴリーだけでもよそのサイトで準備しているのを、使わせていただこうと思う。


次は何・・・?

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4月30日の食道抜去以来、みるみる内に筋肉が落ちてしまった。
現在体重53キロ、腿もふくらはぎも腕もお尻も、シワシワのあわれなジイサンになった。
胃瘻からの食物は1日1200キロカロリー、点滴のえいようざいは200キロカロリー?胃瘻から食事を入れるとすぐ下痢をしてしまう。
素人が考えても体力のつく要素がないと思う。
食べ物は口から食べてこそ身に付くものだと思う。

夫は子供の頃中耳炎になり、治療には通ったものの、完治していなかった。
風邪を引いたり睡眠不足になると耳垂れが出ていた。
40歳ごろ大学病院で人工鼓膜をの再生手術をした。
期待したほど聴力は戻らなかったが、耳垂れとはおさらば出来た。

最近左耳が耳鳴りがすると言い、今日耳鼻科の診察を受けたと言う。
夫から「今回の手術がこんなところまで影響するとは・・・詳細は会った時に」とメールが来た。
どう考えてもいいことではなさそうである・・・

ホウレンソウ

夏場のほうれん草は嵩が低いので、一束ペロッと食べられる。

いやいやそのホウレンソウではなくて、全ての職場に不可欠なホウレンソウのこと。

一週間や10日で退院すると気づかなくても、長期入院をしていると看護師間の「ホウレンソウ」が出来ていないのが目立ってくる。

先週の17日に、管理栄養士さんたちが大勢来て、今後脂肪分の摂取ができる食事を入れると聞いていたので、昨日の担当看護師に既に入っているのかどうか訊いてみた。
この新人看護師即答が出来ない。しばらくしてまだ入れてませんと言いに来た??
夫とおかしいねと話した。

今日メールが来た。
腑におちないのでベテランの看護師に確認すると、資料を持って説明をしてくれたとあった。
先週から入っているのだ。
病棟の看護師は1人一台ワゴンにPCを載せている。
そのPCには血圧・体温・血液検査の結果・薬の内容等々、患者の情報がインプットされているのではないのか?

少なくても患者が病室でテレビをPCに切り替えて、見ることの出来る情報は入っているだろう。
誰かが入力をし忘れたとしても、薬剤部から上がってくるので誰の分かは解ると思う。

だんだん疑心暗鬼になってくる。
口から栄養を摂ることの出来ない病人の命の素なのだ。元より命の現場なのだ。
しっかり把握して欲しい。

毎日救急車やドクターヘリが何台もくる、素晴らしい(多分)設備の整った医療センターなのに惜しまれる。

救急車命いのちとひた走る   aozora@

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6月24日は

孫のS大の誕生日、あれから15年も経ったのだ。
初孫にメロメロになっていた?

15年前・・・夫は役所の現役で責任ある立場で、元気に働いていた。

娘はふとした拍子に頻拍になる持病はあったが、概ね健康だった。
15年の間にはいろんなことがあった。

周囲とコミニュケーションを取りにくい、S大の障害は今後生きていくうえで、大きな妨げになることは間違いない。
自分の意思をハッキリ伝えられるようにならなくては・・・ガンバレS大

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小さな手小さな爪が生えている   aozora@

  

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  大きくなったねえ・・・。


中途半端だけど

入院が105日になった。
もちろん3月分4月分5月分と入院費は支払った。
5月分の支払いをすると、領収書と明細書が25枚出てきた。

5月分の明細書に食事代が付いていた、口から食べられないのに何で食事???
よ~く考えると、胃瘻から入れているのが食事だった。

食事=口からという図式しか、食べられない夫を見ていても思いつかない。

昨日から1回300キロカロリーの食事を4回入れている。相変わらず下痢をしているらしい。
1日の摂取カロリーが1200キロカロリー・・・これじゃ体力がつくはずがない。
おまけに下痢ときている。
でもお腹が空いたという感覚が今もないと言う。

今回の入院で体重が10キロ減った。一昨年の手術からでは14キロ減った。
一昨年の手術から昨年10月の入院までに、だいぶ持ち直していたが、今回の手術でガタッと減った。太もももふくらはぎも肩も、筋肉が落ちてみすぼらしくなった。

胃瘻からの食事の入れ方も色々あって、一昨日からのは今までのに比べて簡単そうに見えるが、握力がかなり必要なようだ。

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上のバッグの下に食事のパックを入れる場所があって、青いところを握って離してを繰り返してバッグを膨らませると圧力がかかるので、お腹の上においておくと15分ぐらいで注入が出来る。


大雨の中

今朝夫から来たメール。

お手数をお掛けしてます。
昨日の熱は、氷枕をして一寝入りしたら下がった。MRSAと発熱の関連性を小西先生に聞いてみたい。
昨日、〇〇を使って、正解であった。
食事の量を増やしたのと発熱と関係ないだろうが、今朝四時頃猛烈な下痢にみまわれた。

〇〇の在庫がなくなったのでつぎ来るとき頼みます。

aozora@の返信メール

昨日コンビニで買って来ようかと言ったのに、いいって言うから。

コンビニに行けたら、買ったらいいよ。
もし行けなかったら、昨日買ってきたから、今日持って行くわ。


このメールの返事ではない夫からの2通目のメール

MRSAのこと。
全く新しい菌ではなく、これまでもいた菌のようだ。
昨日の発熱は、この菌と関係ありそう。この菌の退治はてまどりそう。


今回の細菌名が解ってすぐにそれは調べたので、夫から聞くまでもないのだ。
聞きたいのはコンビニで買うか買わないか・・・それだけ。



こんなメールのやり取りをしてaozora@のメールへの返事を待っていたが・・・こない。
このメールを見たらコンビニで買うとか買わない、あるいはしんどくて行けないと、メールが来そうなものなのに、来ない。

仕方なくまた今日も行って来た。
身障者のaozora@だって往復すれば800円いるんだよ!!?
家を出た時間は激しい雨が降っていた。
こんな雨の中高速を走るのは嫌だなと、腹を立てていた。

高速に乗ると一層激しい雨が降ってきて、ワイパーが必死で動く。
サイドミラーで後方を確認するも、ライトを点灯していない車は見えない。
こんな雨の中、ライトを点灯せず走るアホな運転手・・・?ä?
100キロぐらいのスピードで走る車・・・あんたはいいんよ、ぶつけて怪我すれば、あるいはそれ以上のことになってもね。
でも巻き添えは困る。現に帰り道カーブを回りきれなくて横転していた車があった。


病室へ入るなり「何でメールの返事くれないのよ!!こんな雨の中高速走りたないわ」

みると新聞がある。
「自分でコンビニへ行ったの?」「朝行った」「このメールに返信しようと思わなかったの?」
熱が出てきたのは午後から、aozora@のメールは10時前に送信している。

病人を労わってあげなきゃとは思う。しかし100日近い入院で、この先の見通しも立たない今、そうそう優しくもしていられない。
こっちの身が持たないのだ。共倒れだけは避けないといけないのだ。
イライラが募り胃の調子が悪い。

恵みの雨にはなったが、我が家は一発触発そんな感じの(一方的に勃発したのはaozora@)一日だった。




本日2度目の更新

今日も病院へ行って来た。
今朝からやっと胃瘻からの食事が再開された。
久しぶりの食事に胃腸がびっくりしたようで、お腹が緩くなったらしい。

病室へ行った時は昼食を入れていた。ただし120グラムと少量からの再開となった。


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口からゴクッと飲めば、あっという間に飲んでしまう量を、3時間かけて投与する。
1時間当たり40グラム、ポト・・ポトと落ちる。

食事を入れているのに、今日はしんどそうだった。
熱が少しあった。
ベッドで坐っているのも横になるのもしんどいと言い、新聞を読むのも本を読む気力もないという。

ますます病人らしくなっていく。


明らかに前回より状態が悪いこんな日は、帰ってくるのも辛い。
家に帰ってもどっと疲れが出て、何も手がつかない。
そこでPCを開いてこうして我が家の記録として残している。

こんな状態で帰されても困るが、帰る見通しのつかないのも困る。


またまた・・・(-_-&#59;)

新しく見つかった細菌名はMRSAという名前だと言う。
Google先生によると、「メシチリン耐性黄色ブドウ球菌」というものだそうで、現代医学で抗生剤を使いすぎたことによって出てきた細菌とある。

健康な人の体内にもある菌で、健康な人には害を及ぼさなが、夫のように体力・免疫力が落ちている人が罹る感染症とある。

また厄介なことになった。
多分この菌の影響だろう今日は熱が出ていて、しんどそうだった。
前にも菌に耐性ができて強力な抗生剤を使った。今回もほとんどの抗生剤が効かないとある。


年金申請と・・・

目出度く?年金を受給できる年齢になった。
誕生日は4月20日、3月生まれの友人が誕生月の2か月前に書類がきたので、手続きに年金事務所に行ったと聞いていた。
aozora@には来なかった。4月に誕生日を過ぎていそいそと出かけたが、夫の6月分からの減額通知書が来ないと手続きが出来なかった。
それと我が家の場合、国家公務員の共済組合の加入証明書も必要だったので、それも共済組合に申請した。

そしてやっと手続きが終わった????5月分から支給されるが、まとめて10月に入金されるとのこと。aozora@が受給できるのはたいした金額ではないが、夫の年金は6月支給分から減額されている・・・何だかなあ?
おまけにさっそく介護保険の請求書もきた。




昨日病院へ行く前、駅前のスーパーで嚥下訓練用に、コーヒーゼリーとパイナップルのパックを買って出てきた。
そこへ70歳代後半と思われる御婦人が「兵庫医大県立病院はどこですか?」と訊いてきた。
「兵庫医大と県立病院は別ですよ。兵庫医大は阪神電車の武庫川駅ですが、県立病院は市役所の近くですよ」
「さっきそこで倒れて救急車で運ばれたと、連絡があって云々・・・」

3回も救急車で運ばれた夫のこともあり他人事ではないが、先を急いでいたので「119に電話してどこの病院か、ハッキリお聞きになったらいかがですか?」と声をかけて病院へ向かった。

思えば2011年10月6日、救急隊員からの電話で我が家の生活は一変した。
それが現在も尾を引いている。
あの時、移転したばかりの病院をナビで設定できず、取りあえず古い病院まで走り、散歩している人に尋ねたのだった。

このことを友人に話すと「よくそんなとき落ち着いて運転できたね」と言われた。
意外と落ち着いていたのだと思う。

4月の外泊時、目の前で吐血した時は、声が震えて心臓がパクパクしていたのが解った。

衝撃の光景は、脳裏に焼き付いて忘れることはないのだろう。


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《ナツツバキ》



グータラな一日

昨夜はベッドに入ってから、薬を飲み忘れたことに気付いた。
どうしよう?このまま眠れるかな?・・・。
一旦ベッドに入ってしまうと狭いマンションと言えども面倒なもの。
今日は病院に行かない予定だからとそのまま寝た。
何度か目覚めたものの、ゴミ出しに間に合うようには起きた。
洗濯機を回しておいて、新聞を読もうとしたが頭に入って来ない。これは「もう少し寝よ!」との脳の指令だといいように考えて、もう一度べ度に入った。

専業主婦とは気楽なものよ?

次に起きて朝昼兼用の食事をすると12時・・・これまた一人の気楽さだが、体には良くない。

美容院にカットの予約を入れて整形に向かう。
いつも行く整形には30人前後の柔道整復師がいる、鍼灸師の資格を持った人もいる。
みんな元気な若者である。

昔は鍼灸師やマッサージ師は、視力障害のある方の職業だった。
aozora@の従妹も目が不自由で鍼灸師をしている。

この整形に一人だけ目の不自由な中年の方がいる。
どの程度見えているのか解らないが、カルテを見るときメガネを架け替えて、鼻がカルテにくっきそうなぐらい顔を近づけて見ている。
昔の鍼灸院にはカルテはなかっただろう。
目の見える人が資格を持つようになって、目の不自由な人には生き難い世の中に、なったに違いない。


この間から辞めたのかなと、気になっていたイケメン先生の話を聞いた。
故郷沖縄に戻り、プロボクサーを目指すため退職をしたと・・・。
180度の方向転換である。
デビュー戦、新人戦、どこかで名前を見かける日がくるだろうか。
挑戦する気持ちは大切だと思う、後悔のないように頑張って欲しい。



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   《カシワバアジサイ》






横着者と律儀者

夫が入院して以来寝室のカーテンを閉めない生活をしている。(レースのカーテンは閉めている)
理由を敢えて挙げるなら、窓際へいくベッドの足元が狭いから・・・。
ベッドに入れば電気を消すので、万が一覗かれても何も見えない。


っでこんな横着な生活をしているaozora@だが、寝室の窓際に置いてある植物たちは、いたって律儀者である。

ある日、主のいない植物にお水を遣っていると、アスパラの蔓が長く伸びているのに気付いた。
見るとレースのカーテンの粗い織り目の間を突き抜けて、裏側に葉を茂らせている。

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室内からみた《アスパラ》

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外から見た《アスパラ》

植物の生命力にビックリしたのだった。
うん?そうなるまで気づかなかった方がビックリ・・・さもありなん。
まあこれが横着者の成せる技ä?っということで・・・。

いつまでも放っておくわけにもいkず、今朝ハサミでチョンチョンと切った。


ヒヤッ・・・

孫のSと病院へ行った日のこと。
高速の側道へ入るため右折レーンで、ウインカーを出して信号待ちをしていた。

右折の矢印信号に変わったので、右折を始めたaozora@の車の前に、対向車線から直進車が来た?ä危なかった。
ここは上を高速が走っており、東西に上下線4本の側道と2本の一般道、そして南北に1本走っているややこしい地点。

でもこちらが矢印信号に変わっているということは、対向車線も矢印のはず。
その車はフラフラと辛うじてぶつからずに通過した。aozora@の後ろのトラックに大きくクラクションを鳴らされていた。そりゃビックリするわ。

本当にヒヤッとさせられた。今aozora@に何かがあっては困る。ましてや孫のSにもあってはならない。
バツイチ長女にとっては、障害を持っていることが解ったとはいえ大事な息子。
生きる支えになっているのだ。それがバアチャンの車に乗っていて、何かがあってはならないのだ。

光線の加減でこの信号の右折矢印が、見難いと思ったことはaozora@もある。
矢印で発進しなければピッと鳴らされるので気付く。
直進の矢印は信号の上に点灯する。この交差点では直進の矢印はない。

今日同じところを走って、あの車はなぜ突っ込んできたのだろうと、不思議で仕方がなかった。
ドキッとしたが、何もなかったのでよかった。でもやはり怖い。
自分がいくら気を付けてハンドルを持っていても、避けられない事故は多々ある。

もう一つは今日義妹を乗せて病院へ行っているとき、ハーバーハイウエイでのこと。
途中の出口で左側車線が渋滞するので、いつも分岐してすぐは、しばらく右側を走る。
今日はトラックが多くて出口の近くまで、車線変更が出来なかった。
右側の車が通過したら右に出ようとウインカーをだしていた。
するとその車、並んだところでウインカーを出さずに前に入ってきて、左の出口へ?ä
無理して前に回りこまなくても出られるのに・・・。

この2回の件について自分では間違ってないと思っているが、間違ってたらお教え願います。

二度あることは三度ある、水曜日が怖い・・・。何も起こりませんように。


昨日・今日

昨日は無事に病院へ行ってきたことをアップしたはずだったのに、何を間違えたのか出来なかった。もう再度挑戦する気力はなかった。

胃瘻からの食事の注入方法を、ベテラン看護師さんから教わるため、午前中に行った。
昼食を注入後、薬の注入も教わる。
前に新人看護師さんが「この薬だけは混ぜないで別に入れます」と聞いていたので、「別に入れるのはどれでしたっけ?」
「・・・ああ別でしたね、入れてしまいました」う~~ん、ほんまにええんかいな!?ちなみにこの看護師さんは、喋りすぎると夫が苦手な看護師さん?

今日のメールで2日前した採血の結果、また新しい菌が見つかったという。
長い入院で点滴の針が入らなくなったため、5月の初めに心臓の近くまで点滴用のカテーテルをいれていたが、新たな菌が見つかったことで、今は血管内に何も入れたくないと言う医師の判断により、カテーテルを抜いたと言う。
また点滴との闘いが始まる・・・。

  
そして今日は久しぶりの息抜きに、友人と映画を観てきた。

    

実話「奇跡のリンゴ」主演は阿部サダヲ、菅野美穂、リンゴを無農薬で栽培するという無謀な物語の夫婦愛・・・評判通りのいい映画だった。

途中からBGMに変な音がすると思っていたら、いびきだったのは残念?

阿部サダヲの父親役の伊武雅人が、シーンの初めふさふさの頭で出てきたのは、違和感があった。




妻の仕事夫の仕事

どこのご家庭でも大体領域が決まっていると思う。
我が家も誰が決めたわけでもないが、いつの間にか決まっていた。
大まかに言えば家庭内の細かいことと、少々力やコツの要るもの・・・。

暖房器具の出し入れ、扇風機の出し入れや組み立て、ちょっとしたものの修理などは夫の仕事だった。
それが今年は3月から不在の夫に代わってaozora@の仕事が増えた。
そろそろ暑くなってきて、扇風機を出そうと思った時、上手い具合に孫のSが来たので、クロゼットの高いところから出してもらい、何とか組み立てた。

昨夜から和室の網戸が外れていた。普段なら夫に「直して!」と一言いえば直った。
仕方なく朝からドライバー片手に踏み台に乗って、汗だくで調整した。
何とか出来た。

まだエアコンの試運転をしていないが、去年10月9日に入院したのでフィルターの掃除をしていないはず。
冬場はエアコンを使わずガスのファンヒーターなので、クーラーを使用するまでにフィルターの掃除をしなければ・・・。
天井が高いのでエアコンも高いところに付いている。食卓の椅子に上がっても届きそうにない。
掃除をする前に脚立を買わねば・・・。

無事に次の手術が済んで退院できても、今まで難なく出来ていたことの、半分も出来ない身体になっていると思う。
手を高く上げてする作業、しゃがんでする作業、これらはおそらく出来ないだろう。

今後は便利屋さんにお願いすることが多くなると思う。

秋に外壁の塗装工事がある。
ベランダも塗り替えるので、エアコンの室外機以外は(植木鉢等)撤去せねばならない。
もし夫が一旦退院していても、あるいは手術が済んで無事退院していても、夫の手にもaozora@の手にも負えないものがある。

便利屋さんをひそかに探している。



動きの悪い胃

今日は栄養剤を入れるところを教わる予定で、11時半に病院へ行った。
ところが昨夜入れたのが、胃の動きが悪くて消化できていなかった。
朝も昼も抜き・・・お腹が空いた感覚はないらしい。
結局教わるはずの栄養剤の注入は出来ず、薬の注入だけを教わった。

薬は錠剤あり顆粒あり粉ありで、錠剤をつぶし他の薬も混ぜて、人肌の白湯で溶く。
溶いたのを注射器でチューブに入れる。
今日もどんくさい新人看護師さんの担当だったが、ベテランさんが登場してくれて、ホッとするも手は出さない。

新人さんの自信なさげなのが不安を煽る。
私が穿いていたパンツの膝に薬を飛ばすし~~?
こんな状態で退院するのは、本人も家族も不安で仕方がないのに、こんな新人さん担当では、覚えなきゃいけないことも覚えられそうにない。
ベテランさんの担当の時に、この不安をぶつけてみようと思っている。

夫は胃瘻は多分自分で出来ると言っているが、食道瘻の袋の交換は自分では出来ない。
これはまだ新人さんの担当しているのは、見たことはないが予想がつく。

家には介護用ベッドも点滴スタンドもない。
スタンドもベッドもレンタルできるが、夏は娘や孫が来るのにもう一台ベッドを置く余裕はない。
コンクリートの塊の中に住んでいると、釘を打つ場所も限られる。
栄養剤を落とすにも、ある程度の落差が必要になってくる。
どこに吊るすか・・・。1~2時間かかるのでやはりベッドの辺りがいいような・・・。
それともスタンドをレンタルにするか・・・。


色々気の重いことである。



困った!

遅くに起きてくると夫からメールe?が来ていた。

内容は「今朝主治医から、いつまでも入院とはいかないので、点滴がなくなった段階で一旦退院し、自宅療養になる。
それについて、薬とか食事の摂り方を看護師から、教わって欲しい・・・」

そんなぁーー?ä
素人のaozora@にそんなこと・・・。
自宅療養で体力が付くはずもないのに・・・これがよく聞く3か月の壁なんだろうか?

これ以上ストレスが溜まると、自分の体力に自信が持てない。
夫婦共倒れになる日も近いかも・・・??
今でも隔日ごとに病院へ行く日は、朝から気合を入れて向かっているのに。


共倒れ すぐ目の前に見えている   aozora@


  IMG_0260.JPG

10日ほど前の胃瘻の画像です。
左側が頭、胃瘻の上の太い傷跡は一昨年の傷、ここだけケロイドになっています。
胃瘻は次の手術までの仮止めのようです。

こんな状態で帰されても・・・?
今度何かあったらどうしてくれるのだろう・・・?
胃を食道につなぐ手術以外は、もうこれ以上切るのは止めて欲しいと言うのがaozora@の本音なのです。



昨夜寝るときから足が攣って痛い。昨夜は左足の甲、今朝から右足の指。
漢方薬を夕べから3回飲んだので効いてきたよう。



官舎にいた時の友人のご主人が、今年の1月癌で亡くなったことは一度書いた。
ホスピスに入所していたので、月に400,000円払っていたとこの前電話で聞いた。

夫はこの前の食道切除で「悪性のものではなかったか?」と訊いたが、「全く問題はなかった、ただ動脈と癒着していた部分に小さな穴が空いていた」と言われた。
がん保険も貰えないなと残念そうであった。
もしも末期のがんで、ホスピスの入所を希望しても我が家の懐事情では、叶えてあげられるかどうか・・・。


PCを始めてチャットに夢中になっていたころ、明るく素敵な感性を持つ彼女とよくチャットをした。
彼女からチャットの中で、乳がんで片方の乳房を切除していると告白されてビックリした。
あれから10年以上たってチャットにはほとんど入らなくなった。
再発をしたことは外ロムで知っていたが、その後のことは確かめるすべはなかった。
そして3年ほど前に亡くなったことを最近知った。
グラスアートという、独自の世界で生きている素敵な女性だった。

残念なことに彼女の作品を保存していたサイトが、サービスを止めてしまってネット上で見ることが出来なくなった。


アメリカの女優、アンジェリーナ・ジョリー(37歳)が乳がんのリスクを高める遺伝子の変異が見つかり、両乳房を切除したというニュースを知った。
手術をしなければ、乳がんになる確率が87パーセントといわれたそうだ。
既に再建手術も受けたようだが37歳で乳房切除・・・しかも女優である。
勇気のある決断だと思う。手術によって乳がんになる可能性は5パーセントに低下した。

乳がんの手術をした人は身近にもいるが、40代以上が多い。

この前検診をしたのはいつだっただろう?
行かないと・・・乳がん検診、子宮がん検診、ハッキリ言ってどちらもあまり行きたくないところ。


何と

曇っているなと思いながら洗濯物を干しに出ると、いつの間にか雨が降っている。
当地は梅雨入り以来初めての雨。
あまりたくさん降られても困るが、せめて街路樹や田畑の作物が元気になるぐらい降って欲しい。

   

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4~5日前から咲き始めた、大好きな《ハゼラン》


メール

お昼すぎ埼玉の娘と電話をしていた。
今年から孫娘Tも幼稚園に行っているので、敢えていない時間にかけた。
子どもたちがいると賑やかすぎて話にならないから・・・ää

夫のことや孫たちのこと、昨日義妹と一緒に病院へ行ったことなど、色々話した。
そんなたわいない話の中で、孫のSの修学旅行中の朝晩の教師からの、メール配信の話になった。

娘は今年は幼稚園で役員を引き受けているそうで「今は幼稚園も小学校もメール連絡だよ、だからメールで連絡できない家庭は不便だよ」と言う。
昨日一緒に行った義妹は、第二子を産んで逝ったお嫁さんの残した子を育てている。ここ

義妹夫婦はPCもメールもしない、育てている長男も次男も修学旅行に行ってきたと聞いたので、「Sの学校は先生から、毎日その日の様子をメールで配信してきた・・・」とaozora@が言うとびっくりしていた。

個人情報保護で、昔はあった連絡網はないと聞く。
今の時代やはりメールは、必須アイテムなのだとつくずく思った。



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《アカマンマ・イヌタデ》


今時男子は

中3年のSは今家庭科で刺繍をしているという。刺繍と言ってもクロスステッチ。
時計を作ったと言う、文字盤の数字を布に写してチクチクと・・・。
これもなかなか面白くて他にも何か作りたいと、aozora@がもっていた古いクロスステッチの本を持って帰った。
もちろん調理実習もあるらしい。
ミシン大好きなこの子に「ミシンとどっちが楽しい?」と訊くと「う~~ん。どっちも楽しい????」Sの母親の長女は次女と違って割合器用になんでもする。

「編み物王子」もいるので、女性の分野だと思っていたことが楽しいという男子がいても、不思議ではない。

次女が結婚する前、二人で浴衣を着て出かけるのに帯を結ぶとき、娘がああでもないこうでもないと悩んでいたら、婿さんがちょちょいと手を動かして「こうじゃない?」娘?ä

aozora@の中学時代男子は技術家庭で、木工作品などを作っていた記憶がある。
女子の調理実習の日は、物欲しそうに家庭科室を覗きにきていたのを思い出す。



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主が留守でたった一輪だけ意地のように咲いた《クジャクサボテン》


孫のお土産

今朝娘から「今家を出たから寄り道をしなければ、11時半ごろには着くと思う」とメールがあった。
孫からは梅田発10時54分に乗ると電話があった。


お土産はどこへ行っても、定番とも言えるストラップだった。
南の島らしいカメのストラップ、一応じいちゃんとばあちゃんは色違い。

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アイフォン5のイヤホンジャックに入るようにできている。


う~~ん、このカメさん愛車の後部座席に敷いてあるのと同じ柄ä?
Sも車に乗るとき気が付いた?


じいちゃん食べる物はダメだからねと言ってあったらしい。
国際通りのお土産屋さんで買ったそうだ。

ひめゆり平和祈念資料館、美ら海水族館、万座毛ビーチ、ビーチでのビーチ何とか?
もちろん海に入って大はしゃぎしたようだ、国際通りetc.
多くは語らないが楽しかったようだ。
最終日は自由行動、タクシーを利用して回ったらしい。運転手さんの名刺をいただいていた。




お昼を食べにショッピングモールへ行くと、どのお店も2時からの交流戦の観客が多くて、席がない。
フードコートでビビンバを食べるというので席が空くのを待つ。
20分ぐらいまってやっと席が空いた。

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娘に《ただ今チーズビビンバお召し上がり中・・・》とメールを送ると「右手が留守ですな(^_^;)」と返ってきた。

腹ごしらえをして±å

じいちゃんには黙って連れて行ったのでびっくりしていた。
お土産と元気な若さのパワーをもらって嬉しそうだった。

看護師さんに嚥下訓練用に預けてある、ゼリーとヨーグルトを持ってきてもらい、どっちがいい?と訊く。ゼリーを選んだS。

じいちゃんが口に入れたものをゴックンすると、すぐパウチに出て来るのは、さすがにショックを受けているようだった。


「もうSと山にもよう行かんわ、おんぶして行ってくれるか?・・・」などとしんみり言う



今日Sが来たので、クロゼットから扇風機を出してもらったり、羽毛布団の袋をあげてもらったりと結構役にたった。
扇風機やクーラーの出し入れ、あるいは暖房機具の出し入れは我が家では、結婚以来夫の仕事になっている。
今年初めて箱から扇風機を出して、1台だけ何とか組み立てた。出来るもんだ・・・?

今後夫が退院しても、高いところへ手をのばしたり、低いところでの作業は今まで以上に難しくなるに違いない。これからのことを考えていかないと・・・。


たまには嬉しいことを・・・

孫のSが修学旅行のお土産を明日持ってくると言って来た。
何を買ってきたのだろうか?
じいちゃん、ばあちゃん夫々にあるらしい。
じいちゃんにも直接渡したいと言うので、Sが来たら一緒に病院へ行こう。

この子は赤ちゃんの時から割合近くにいたので、土日はよく泊りに来ていた。
我が家の初孫で、じいちゃんはあちこちよく遊びに連れて行った。
ペーパードライバーのじいちゃんは、電車大好きのSを本当によく電車żに乗せた。
生まれた時から、ちょっとの移動でも車なので、電車に乗るのをとても喜んだ。
上りであっても下りであっても、一番前の車両の運転席の後ろ?
可愛がってもらったのは解っているのだろう。

もう今後一緒に出掛けられるかどうか解らない。


7000円のお小遣いは全部遣いきれなかったらしい。
一番楽しかったのは、最終日の国際通りの自由行動だったと言っている。

旅行から帰ってきた日、娘からは「それはそれはご機嫌で帰ってきた。普段あまり学校のことなど話さないのに色々楽しそうに話している」と聞いていた。

びっくりしたのは、先生から朝晩その日の様子をメールで知らせてくれたと言う。
これはSが障害を持っているから特別なのか、それとも全員になのかは解らない。
多分前者であろう。
こういう風に使うと、メールも一層便利なものだと思う。

さてお土産は何だろう?沖縄っぽいものだろうか?





1年8か月

2011年10月6日、事務所で倒れて1年8か月経った。
そして今回の入院は間もなく3か月になる。
あの日午前9時40分に私のケータイが鳴って我が家の平凡な生活が一変した。
最初の手術では、奇跡的というほどの確率で助かったのだが、後がよくなかった。

術後1年間は体力の回復に努めた。定期受診も怠らなかった。
なのに何故今回のようになってしまったのか、素人には解らない。

大動脈と食道が癒着していたのはいつからだったのか?
またその部分が離れて穴が空いたのはいつだったのか?
術後何度か撮ったCTやMRでは、確認できなかったのだろうか?

昨年の10月9日の受診後、病院で別れて2時間後の救急車での搬送・・・。
炎症の数値CRPはその日高かったが、医者の判断は大丈夫だろうとそのまま帰した。
こちらは、その日の数値が高かったことは後から知った。

大きなものを失って、少し疑心暗鬼になっている。

今日は朝120g胃瘻から食事が入ったとメールがあった。
スムーズに消化してくれればいいのだが・・・。

今日はディーラーさんにを持って行く安心10点検。
今の車は6年目になる、給油してもらって乗っているだけなので、途中で止まったりすることのないよう点検だけはしっかり受けている。
自分でバンパーを開けたこともないバアチャンドライバー(^_^;)
何かがあっては困る。
夫はペーパードライバーで役には立たない。


三度の食事

3月に夫が入院してから、どうしても食事が2度になってしまう。
まずお腹が空かない、毎日一人だと朝起きるのが遅いということもある。
遅い朝食を摂ると病院へ行く時間になる。
その時お腹が空いていれば、何か食べて出かけるのだが、ほとんどお腹が空いていないのでそのままå

病院から帰って簡単に夕食を摂る。材料を殆ど買うこともなくなにかしら済ませている。
良くないのは十分に解っているが、元々が横着なものなので自分のためだけに食事を作ることが、面倒で仕方がない。
今週は糖尿内科の受診日がある・・・う~~ん。
4月から急にアルバイトの先生が辞めて女医さんになった。女医さんの方がキツイだろうな。

夫が尋常ではない入院中なのは事実、何とかごまかそうä?
なんて自分のことなんだけどね。
ストレスでも血糖値は上がるんだし、疲れると甘いものも欲しくなるし・・・自分にはとても甘いä?

夫は丸2日食事抜きなんだから・・・。



昨夜は

夫の今後のことを考えていると朝方まで眠れなかった。

悪い方へ悪い方へと考えが傾いていく。
4月25日の吐血以来何度も頭をよぎっているあれやこれや・・・。
3月11日の入院後50日後の大手術、何が何やら・・・。

3日も胃瘻から食事を入れられないほど働きの悪い胃。
吐血までは感染症で入退院を繰り返してはいたが、減塩食とはいえ普通に食べられた。
それが吐血により一転した。

それでも何人もの神様を味方につけて、生きている。
苦しい苦しい思いをして生きている。

夫は本当にこんな苦しい思いをして、生きていたいのだろうか?
最大の喜びともいえる、口から食事を摂ることが叶わない今の夫に、本当のことはこわくて聞けない。
次の手術に耐える体力を、どうして付けるというのだろうか?

次の手術をすれば、普通に口から食べられるという保証があるのだろうか?

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《胃瘻》


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《食道瘻》

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《広背筋切除痕》


身体にも心にも大きな傷を残して・・・。

体内には弓部全置換という人工血管もある。

修学旅行

中学3年生の孫のSが今日から、2泊3日で沖縄へ修学旅行に行った。
広汎性発達障害の彼もいつのまにかそんな年になった。
昨夏は太っていたが色々あって、年末に身長172センチ体重60キロ?とか言っていた。

伊丹空港での集合解散ということで、自分で電車の時間を調べて一人で行くつもりだったが、学校側から保護者付き添いでと言われたらしい。

大勢の中に入るのを苦手とするこの障害で、いつも「我関せず」的なところがあったが、今日は友達と仲良くワイワイ楽しそうにしていて、安心したと娘からメールが来た。
友達と楽しんできて欲しいと思う。お小遣いは7,000円だそうな。

下の写真から間もなく15年・・・。早いね、大きくなったねS大・・・色々あったよね。
負けないでね。



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生まれたてのほやほやデス・・・

羽のない天使生まれる夏の午後   aozora@




aozora@の中学校の修学旅行は東京・箱根だった。
淡路島から神戸までは船、神戸からは修学旅行列車「きぼう号」だったと思う。
50年も前のことはあまり覚えていないが、箱根から下りてくるときバスの後ろに富士山が綺麗に見えたのを覚えている。
そして国会議事堂前で「おらが国の先生」と記念撮影をしたこと、あと東京タワーに上ったこと。


喜びより

不安の方が大きい今回の退院の話し・・・。
これは夫も同じらしい。
50日の入院後の大手術、そして次の手術までの自宅療養。体力がついてからの手術と言っても胃瘻からの食事?はなかなか消化せず、昨日一昨日とこの栄養剤さえも入れられなかった。

これは2日間絶食したのと同じ・・・胃に入れられない分、点滴で高カロリーのものを入れたらしいが、トイレに行こうと立ち上がるとフラつくと言う。
これでは体力が付く筈もなく、点滴で補っている。
点滴は素人では出来ない医療行為である。
本当に退院するなら訪問看護の必要がある。
医者も迷っているのかも知れない。
何より本人がこの状態で、10日後に退院はむりだと言っている。

おまけに今日は熱が出ていた、何の熱か解らない。
原因を特定できなかった感染症も、大動脈にステントを入れ食道を抜去することで、大きなリスクを負ったが、感染症は退治できたのだと思っている。