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休息日と・・・母の日の思い出

眼科へ行って来た。
本来なら4月に白内障の手術をする予定であったが、3月以来の夫の入院で今月に延期していた。
術後1ケ月は車の運転禁止と言われ、またしても延期せざるを得なくなった。
夫は予定通りすればいいと言うが、次の手術の予定も決まらないのに、進めることは出来ない。
僻地ではないので、車に乗らなくても電車もバスもある。しかし公共交通機関を使うと、片道1時間では行けない。
夫婦二人だけの生活は気楽だが、年を取ってくると自分の予定では動けないのも現実である。



GWの前からだろうかスーパーなどでは、母の日のセールをしている。
母の日にはとても苦い思い出がある。

aozora@も母の日に毎年お花を贈っていた。
10年位前だろうか母から電話があって「今度からは、みんなで食べられるお菓子か何かをを贈って欲しい」それだけ言って電話は切れた。

母の日父の日以外にも、年に何度かみんなで食べられるようお菓子や衣類を送っていた。
それは二人の姉も同じであった。こちらから電話をかけ難くなっていて何か送ると、母から電話があるので、様子を聞きたいとき話したいときなどそうしてきた。
それを兄は「儂らは年寄りに菓子の一つも買ってないと思っているのか」と言いつつ送ったお菓子はしっかり食べていたらしい。
母の日に届くお菓子や衣類に、兄嫁が嫌味を言うようになったのだ。そこで母が電話をして来たのだ。
このことは両親が6年前に、我が家の玄関に置き去りにされた時、今まで何も言わなかった母の口から聞いた。もちろんこの頃の母は惚けてはいなかった。むしろ物覚えが良すぎて鬱陶しがられていたのは知っていた。

生まれた家で、何年も針のむしろにに座っている母と父のことを、少しは感じていたが母の口から聞くまで詳しくは知らなかった。

こんなことがあって、華々しく母の日セールをしているのをみると、あの時のことをつい思い出してしまう。

兄嫁は脊椎狭窄症の手術を受けたが、今は思うように動けなくなっているらしい。
本人に自覚はないだろうが、我々姉妹や実家の事情を知っている人たちは、罰が当たったと思っている。



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  《ナンジャモンジャノキ》

レンズの汚れか、右上に水玉模様?のようなものがあるのが気になっている。
一応拭いてみたのだが次はどうだろう?