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5月31日

去年の今日は夫が長年のサラリーマン生活に別れをつげた日であった。
あのころはだいぶ元気になっていたので、本人は依頼のある仕事を受けるかどうか迷っていた部分があった。それを「何言うてんの!!仕事と心中するつもりなの?ä?」と怒るaozora@の剣幕におされてお断りしたのだった。

それから国道2号線を、大阪から北九州まで歩くという計画をたて、5~6回で兵庫県の西の端まで歩いたところで、感染症になり計画を実行できないでいる。


孫のKとTが1週間に1度の割合でおじいちゃんに手紙をくれる。
Tはクレヨンで線を引いただけ、Kも字を書くのは得意ではない。
読むのは平仮名もカタカナもアルファベットも読めるのに書けない。
Kのかいた横には娘の訳がついている?

この前の手紙には「サクランボがおいしかった、ゴーヤをうえている?参観日にお母さんにムギュっとしてもらった・・・」と書いてあった。

ゴーヤを植えようと思って苗を買いに行ったのだが、よくよく考えてみると口から食べられない人がいるのに、面倒くさいと思って買わなかった。やっぱり要るのかな?

去年の夏休み和歌山のおばあちゃん(元小学校教諭)に字を教えてもらおうとしたが、「あかんこの子覚えるつもりがない・・・」とさじを投げられたしまった。
和歌山のおばあちゃんは、主に低学年を受け持っていたので、適役なのだが・・・。

周囲の子達は結構きれいに書くので、本人もお手紙のやり取りをしたい気持ちでいっぱい。
今年はおばあちゃんの言うことが聞けるかどうか・・・。



現実逃避

近畿地方もとうとう梅雨入りした。
今年の梅雨は、aozora@の憂鬱に輪をかけてくるに違いない。

病院へ行かない日は、夜強めの薬を飲んでひたすら眠る現実逃避。

新しくなった大阪駅周辺や、他にも行きたいところはある。
しかし喧騒の中に身を置くと、我が身がみじめになるに違いない。
たまらず逃げ帰ってくるだろう。

あまり何事も悲観的には考えない質だが、今回ばかりは楽観的にはなれない。
三度も死と隣り合わせの経験をしたから・・・。

十二分に頭で解ってはいるが、口から出るのは「あ~しんど」
ただこれは夫の前では慎んでいる。
だから余計しんどいのだと思う。


明日は11時半から12時の間に病院へ行って、胃瘻から栄養剤の入れ方を、教わる予定になっている。ベテラン看護師さんならいいのだが・・・。
昨日も丁度いい時間に行ったのだが、新人看護師さん担当でストッパーを閉め忘れて、チューブに残っていた栄養剤がこぼれシーツは汚れるわ、途中でどこかへ行ってしまうやら・・・?

こちらはズブの素人、新人さんとはいえ看護学校を卒業した看護師さん。一連の作業を流れるように見せて欲しいものだ。
一度や二度みて覚えられるとは思えないが、少なくても看護師さんがモタモタするのは、耐えられない。
新人さんは色んな経験を積んで、一人前になっていくのはどの世界でも同じなのは、よく解っている。
解っているが口から食べられない人の命の源なのだ。

あの程度の対処の仕方なら、ユーチューブでもっと解り易い画像を、何本も見ることが出来る。

   





シャワーベンチ

両脚を人工股関節に置き換えた私は低いところに座ると立てない(-_-;)
片足の時は和式トイレを使うことも出来たが、両脚を置き換えた今は全くダメ。
洋式の生活になっている。

浴室には座面の高さが36センチの、シャワーベンチを置いている。
もう一つ32センチのもあるが、これでは立ち上がれない。
4センチの差は大きい。
今ので3代目、最初のは5年前に左脚を手術した時、市の補助が少しあって介護用品の店舗で購入した。
4年間使用してずいぶん汚くなったので、去年ホームセンター〇ナンで新しく購入した。
介護用品の店舗で購入したものより価格の安い分頼りない感じがしていた。
家に帰って座面に足を取り付ける簡単なものだった。
腰かけてないとどうみても4本の足の長さが違う。組み方かと何度かネジを締めてみた。やっぱりガタガタする。腰をかければ安定するのでそのまま使っていた。

そして4月の半ばに嫌な音がして、座面の真中で組んである足の部分が壊れた。
仕方がないので同じホームセンターで新しいのを買った。
その時、壊れたのは最初から足がガタガタしていたことを言った。
夫が入院中だし、また同じようになると嫌なので組んで貰った。
今度は4本の足はきちんと床に着いていた(これが当たり前・・・)
サービスカウンターの女性が座面と足が違うものがセットされていたのでしょうね・・・と言うことだった。
もっと早くに気づけばよかったのに「変だな~?」と思いながら使っていた、おバカ一家(^_^;)

そして昨夜お風呂に入っていて何気なくみた、シャワーベンチの足の部分の滑り止め、あれ?
みると明らかに割れている。まだ1か月ちょっとしか使ってないのに・・・。

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ダメもとでホームセンターへ持って行った。「使い方にもよるし、1か月経っている云々・・・」
「たとえば自転車が、1か月後にパンクをしたと言って来られても、お断りしています」
そりゃそうだろう、自転車は乗る人によってどんな場所で乗るか解らない。
しかしシャワーベンチ、まさか岩場でつかっているわけじゃなし、1か月でこんな風に壊れるそんなやわなものが介護用品なの・・・?

シャワーベンチを交換して欲しいと言っているのじゃない。割れた滑り止めだけ交換してくれればいいのに
結局粘り勝ちで、滑り止めだけ交換してもらった。

これが壊れたら、次はやはり介護用品の専門店で購入しようと思った。

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シャワーベンチお前も脚が悪いのか   K




胃瘻も色々

吐血から1か月経った。
バタバタしていると1か月が速かった。

夫のは、昨日の画像のように糸で止めてあるので仮止めだと思っていたが、もうそろそろ糸を取るらしい。
4種類ぐらいあるようだ。

次の手術は6月ぐらいだろうかと勝手に考えていたが、そうではなさそうである。
それで一旦退院ということらしい。
4月30日の手術の後「治療は月単位と考えて欲しい」と言われていたが、3か月とか6か月の月単位のようである。
今も体調は戻っているわけではないので、たしかに続けて手術するのは危険だろう。
暑い夏を家で過ごして、再手術は秋になるのかも・・・。
その間、胃瘻からの食事?のみで、本人にとってもつらいことだと思うが、食道がなくてはどうにもならない。

胃の動きが悪いので、今日からガムを噛むようにしている。
液体ばかりしか入って来ない胃は働くことをさぼっているのかも・・・。
2時間ぐらいかけて栄養剤を入れているのだが、なかなか消化されないようだ。


今日はベテランの看護師さんと色々話が出来たので、少し気持ちが軽くなった。


昨日に比べると

今日は少し楽でした。

弱音を吐いてご心配をおかけしてしまいました<(_ _)>
O型人間なので、なにごともあまり深く考えないのですが、今回はさすがにまいっています。
吐血痕が残っている部屋を見るたびに、思い出してしまうのです。

火曜日に夫の中学高校の同級生のOさんが、お見舞いに来て下さいました。
夫たちは中学も高校もよく同窓会をするのです。一昨年の手術のこと、その後の感染症のことを出席したときに話していました。
歳をとってよくなるもののないことは、みんな解っていますが、夫がそんな大病をしたことに皆一様に驚かれたようでした。
つい先日は高校の同窓会、7月には中学の同窓会があり、どちらも欠席の葉書を出しました。出席したOさんが記念写真を見せてくれました。


夫はというと、薄皮を剥ぐように少しずつ元気になってはいるのですが、次の手術でまた逆戻りすると思うと、どうしても前向きになれないaozora@なのです。

今日、病院の帰り、「この道を生きて帰ってくることが出来たね・・・」そんな会話を交わしながら東へ向いて帰ってくるのは、6月の終わりだろうか7月になるのだろうか?それとも・・・と考えながら走ってきました。

医師から言われた「月単位の治療」という言葉が、非常に重くのしかかっています。

術後1年の10月に発症した感染症、六甲山がだんだん錦の色に染まり、時々雪を被っているのを遠目に見て走り。
退院したかと思えばまた50日でUターン。
やがて春になり新緑の季節、木々の緑がそれぞれの色を主張して、山桜を横目に眺めたのもついこの間。それでも月末には80日を超える。

映画の終わりのようにENDマークが点灯するのはいつのことだろう。


危ないなあ

久々の更新(^_^;)

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これは先日国道2号線で見かけた光景・・・。
1個のアルミ缶はほんの数グラムだろうが、これだけ集めると10キロぐらいはあるだろう。
ネット状の袋を6個積んでいる。
危ないと言うより怖い。
このおじさんは自転車を改造したリヤカーだが、以前片道1車線の道路で自転車が倒れ、アルミ缶が散乱して警察が出動し、交互通行規制をしているところを走ったことがある。

生活がかかっているとは思うが十分に気を付けて欲しいと思う。

食事…

午後いつものように病院へå
この5日間で胃瘻からの食事は1回だけ?
点滴で高カロリーの栄養剤を入れているので、空腹感はないと言うが、立つとふらつくと言う。
リハビリもふらつくので休止中、臓器も身体が動いてこそ、活発に動くのだと思う。
何とか胃が正常に動くようになって欲しいと思う。
そして胃瘻から3度の食事の注入が、出来るようになって欲しい。
とにかく体力を付けなきゃ前へ進めない。

この調子では点滴が終わっても、1週間以内の退院はありえないだろう。

トンネルの出口が見えない。次の手術まで体力が持つのか心配になってくる。


 


疲れの溜まり具合は

病的なのか、はたまた単なる年齢によるものなのか・・・?
この状態は尋常じゃない。

今までなら相当疲れていても、PCを開くぐらいの元気はあったし、夢中になっていると疲れが、いつの間にかとれていることもあった。

夫の50日入院後の、吐血・手術とくれば、かなり堪えているのはたしかである。
しかも次の手術の予定も、当然退院の予定も目途がつかない。

昨夜も睡眠導入剤と抗不安薬をのんで寝たが、ウツラウツラするばかりで4時前にもう一度薬を追加した
予定もなく何時まで寝てもいいつもりで、薬を追加したのだった。
こんな時は何時間寝ても、ぐっすり寝た感じがないのが困る。
もちろん疲れも取れた感じはしない。

午後体をほぐしてもらいに行くつもりだったが、もう何にもしたくない。
車に乗るのも、スーパーに行くのもイヤ・・・?
引きこもっていた。
洗濯をしただけで一日が終わってしまった。


アイス

寒い冬でも美味しいアイス、一層美味しい季節がやってきた。
食べ物も着る物も夫々の好みがあって当然だと思う。

今aozora@のお気に入りはM乳業のフルーツパルムのオレンジ、6本の箱入りと1本売りがある。
ところが箱入りはaozora@がいつも行くスーパーには置いてない。
チョコレートのはあるのに・・・?

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もうひとつは〇ハヨー乳業の沖縄パイン、これもイチゴはおいてあるのに、パインはおいてない。

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どちらも〇ーカドーにはある。

meronさんのマイブームだという、ガリガリ君コーンポタージュ味を食べてみたが・・・う~~んクセがあって好きにはなれない。<(_ _)>

そうそう、夫には今日オレンジのジュレを食べさせた。
誤嚥もなく上手に食べることができた。ゴクンとするとすぐ袋に出てくる。
それでいいのは解ってはいるのだが、見ていると憐れなものである。


新旧交代

息抜き?に川柳の講座に行った。
心地のよい空間に身を置いていると、いつもは集中しているのにどこか落ち着かなかった。

今日の席題は「切る・切らない」今、頭の中は「切る=手術」でそんな句ばかりを10句詠んだが結果は全没。
思いは伝わらなかった。たった17文字の世界で伝えるには無理がある。

川柳を原稿用紙やノートあるいは句箋に書くときは、2Bから6Bの鉛筆を使用する。
娘たちが小学生のころ使っていた、手動の鉛筆削りを愛用していた。
30年以上使っている年代ものである。
ところが昨夏、孫のKがダーマートグラフという、糸の端を引っ張って紙を向いて使う色鉛筆をこの鉛筆削りに入れたらしい。
それから空回りして削れなくなってしまった。
簡単な構造なのでねじを外してみると、カスがこびりついている。きれいに取ってネジを締めたが元のように削ることが出来なくなってしまった。

この鉛筆削りの、削った木の部分と芯の長さの比率が気に入っていた。
使えなくなった以上は、ナイフでもペンケースに入る鉛筆削りでもよかったのだが、やはりあるのとないのとでは全く違ってくる。そこで新しいのを買った。
新しいのは色々工夫されていて、コンパクトでデザインもおしゃれである。
ただハンドル部分もプラスティックなので、30年はとてももちそうにはない。
30年後、この世に存在しているはずもないのでよしとしよう。

肝心の削り具合は木の部分が短い、ペンケースに入るサイズの削りにありがちな、削り具合がちょっと気に入らないが、これもよしとしよう。



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入院費の支払い

外来の支払いも入院の支払いも、みんな機械での支払いの病院。
もちろんカードもOK!

現金を用意して行ったので、機械に診察券を入れる。
昨日夫のメールにあった金額が表示される。
現金を入れると、A4の用紙の横半分ぐらいの細長い領収書と、17枚の明細書が出てきた。
全部で18枚の用紙が出てきて最後に「おだいじに」と言ったのには笑った。

3割負担とはいえ「高額医療費限度額申請書」と健康保険のお蔭で、この金額で納まっているのだと思う。
保険の合計点数は634135点+保険外負担額パジャマ代1日70円が付いている。
点数×10であることを考えるとありがたい。

一昨年の手術の際は、一週間後に入院の手続きをしていないことが判明して、事務の方に「エライ金額になっています」と言われ、健保協会までこの限度額申請書を貰いに行ったのだった。
あの時の支払いが約160,000円だったことを思えば、申請書もだしていないと本当に「エライ金額」だったのだと思う。

診療明細書をみても解らないが数字だけ見ると、ステントグラフトの点数が一番高い。そして食道切除再建術、次に全身麻酔、当たり前と言えば当たり前・・・。
手術時間はステントは3時間、食道切除が10時間・・・。
素人にはよく解らないが、3回も助かった命大事にしないと・・・。
ってまだ次の手術は決まっていない。


茎わかめの煮物

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買ってきたまま、冷蔵庫の

中で熟成?させていた

茎わかめをやっと炊いた。

やはり美味しい

先日蕗を戴いたご近所

さんにおすそ分けした。


鍋の中海の匂いの茎わかめ   K


今日は朝から川柳に行った、教室はクーラーが入っていた。
さすがに少々寒かった。
講座の後、いつものようにメンバーと、楽しくワイワイと
ランチをして帰る時には、五月の風が心地よかった。

我が「川柳展望」の会員であり「堺番傘川柳会」の同人である、Hさんの川柳集を戴いた。

↓ 印象的な句を・・・

肺癌になりそう古希の片思い     H 愿

月の裏で子どもを産んだかぐや姫

土砂降りのなか悪人の霊柩車

夕立のお詫びのように虹が出る


巧い実にうまい・・・かぐや姫の話の続きがあった

モッコウバラ? (1).jpg IMG_2591.jpg    

   《モッコウバラ?》


病院のはしご

午後から年に1度の股関節外来だった。
年にたった一度しか行かないと、次回の予約が診察日に取れない。
次回の診察の3か月ぐらい前に電話予約になる。
今の主治医になって多分今回で3回目、診察室に入るまで医者の顔を思い出せなかった(^_^;)
人工関節にして15年過ぎた右脚、5年過ぎた左脚ともに異常なく、右脚もまだまだ持ちそうだと言われて一安心する。
右脚が悪かった時、無理がかかった左膝の調子が悪いので、それがちょっと心配。


診察が終わり、院内のドトールコーヒーで、ミラノサンドとホットコーヒーの昼食を摂った。夫が入院以来コーヒーを沸かしてないので、無性に飲みたくなったのだった。
野菜をたっぷり挟んだミラノサンドは美味しかった。

その後、自宅を通り過ぎてポートアイランドの病院へå

昨日から小さな氷をかみ砕いて、飲み込む嚥下訓練をしている。
今日からゼリーもOKとのことで、院内のコンビニへ行くが、フルーツのゴロゴロ入ったゼリーとウイダーゼリーしかなかった。
多分固形物はダメだろうがゼリーの部分だけ食べたらいいかと、フルーツゼリーを買った。
17日ぶりの口からの食べ物、味がわかるのだろうか、誤嚥しないだろうかと、看護師さんとaozora@が見守る中一口二口と口に運ぶ。
ゼリーーと言えど「しっかり噛んでね」と看護師さん。
ゴックンするとすぐ食道瘻に出てくる。出てくるとOKである。
出てこなければ誤嚥ということで、また大変なことになる。
味がわかった?と聞くと解ったという?

胃に残るわけでもなく、5口ほど口に運ぶと疲れた・・・?
今は何をしても疲れるようだ。
術後初めて歩いてレントゲンを撮りに行ったが、ふらついてしんどいとすぐベッドに横になった。


   IMG_0265.JPG

画像の右の手は看護師さんの手、袋の中を機械で吸い取って下を止めてなかったので、しばらくして袋から漏れてきた。

次の手術まで誤嚥のないよう気を付けて、少しずつ馴らしていくのだろう。


映画に行きたい病・・・?

昨年は今の時期12作品を観ていたのに今年はまだ5作品、残念ながら観たい作品を、見逃している。
一般病棟に移ってからは、毎日病院へ行って行っているわけではないので行っていけないことはないが、鼾をかいて寝てしまいそうなので・・・(^_^;)

4年ほど前、ミュージカル映画「マンマ・ミーア」を観に行った時、体調が悪くほとんど寝てしまった。イカンイカンと2回目観に行ったが、やはり三分の一ぐらい寝ていた。
結局同じ作品を続けて3回観た、あほなaozora@。

疲れているときは、眠ってしまう自信があるので、今は我慢・・・。

今夜BSでブラッド・ピットの「ベンジャミンバトン 数奇な人生」がある。

  


これはシネマでも観たがテレビでも観たと思う。
今日は録画をして観るつもり(*^_^*)



夫の入院が70日を越え記録更新中の我が家、aozora@の15年前の股関節の手術でも、67日だったのに・・・。
早期離床早期退院を目指す病院にとっては、こんな回転率の悪い患者はお断りしたいところだろう。
一昨年職場で倒れた時、運ばれたのがこの病院だっので、面倒を診てもらえている。
入院の度に長くなる日数。次退院するのは梅雨の最中かも知れない。


入院費

一般病棟に移ったので、ケータイの電源を入れられるようになった。
もちろん病室内での通話は禁止だが、平気で通話をする人がある。
せめてマナーモードにすればいいものを・・・。

そしてテレビもイヤホン使用を義務付けているが、これも無視。
病院側が積極的に注意をしないので仕方がない。本人の良心にお任せというのが実情である。

さて昨日メールで、4月分の請求書が来たと言って来た。
64,540円思っていたより少ない。しかし年金生活者には大きな負担である。

3月分も20日でほぼ同額だったので、今回は100,000円を少し切るぐらいかと思っていた。
まあ少ないに越したことはない。外泊をしていたとはいえ、手術を2回しているのに・・・?


   《姫小菊》

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病人にパワー与えるように咲く   aozora@


どんどんと・・・

疲れが溜まっていく。
今日の疲れは今日のうちに取れていたのは、何歳ぐらいまでだったのだろう?

今日はゴミもないし、一般病棟に移ったのでしばらくは滅多なこともないだろうと、遅くまで寝ていた。というより体中に「疲れ」の文字が刷り込まれているようで、どうしても起きられなかった。

寝るのに邪魔な、iphoneも電話の子機もリビングにおいて、とにかく寝ていた。

寝室のドアとリビングのドアを閉めると、チャイムが鳴っても電話が鳴っても聞こえない。
10時前そろそろ起きようと寝室を出てくるとチャイムが鳴った。
モニターに義妹が映っている。

30分ぐらい玄関先にいたらしい。新聞はあるし寝てるのかなと思ったが、車があるかどうか駐車場へ確認に行ったという。
みるとiphoneに何回も着信がある。

「朝採れのイチゴを貰ったから持って来たよ、元気出してね」とたくさんのイチゴと絹さや・・・。
物を貰ったから言うわけではないが、本当によく気がつくいい義妹である。
自分も母親の亡くなった孫を2人育てているうえに、糖尿から左脚の膝から下を切断し、おまけに脳梗塞で右半身まひになった主人の介護をしている。

さっそく朝食にいただいた。甘くておいしいイチゴだった。
夫にも食べさせてやりたいが無理な話・・・?

太陽に透かしてみるとまだ半分ぐらい「疲れ」の文字が浮き出てきそうなaozora@である。

今日は病院に行くのは止めて、15日締め切りの川柳を作句しようと思っている。


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箱いっぱいの《朝採れのイチゴ》

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 本日の《朝食》中々のボリュームでしょ?
一人だと横着もののaozora@は?を沸かさない。ホットミルクにして上にインスタントコーヒーを足してカフェオレ風?にして飲む。


朝アップしたと思っていたのに・・・

今朝は生ごみの日、一応時間に起きて出した。
ゴミ当番の夫が長期間不在というのは不便だ(^_^;)
一人でも少量ではあるがゴミは出る。
この60日あまり、ほとんど食材と言えるものを買っていないので、生ごみはほとんどでない。
どんな食事をしているかは内緒・・・?

一番食事らしい食事は朝食、これが遅い時間なので病院に行く頃はお腹が空いていない。
いたって不健康な食生活をしている。
糖尿なので食事に気を付けねばならないのは解っている。
でも食べられない、食べたくないのが本音・・・。

友人や夫の兄妹、食べ物を食べられない夫にまで心配されている。

確かに今aozora@がここでへたばってはどうしようもないので、時間の許す限り首の凝り腰痛ひざ痛とリハビリをしてマッサージを受けている。

今朝は食事を摂ったものの、どうにも気力が湧かなかったので、もう一度ベッドに入った。
入ったものの寝られるものでもないが、癒しのCDを聴いているうちに少し眠った。

夫は昨日一般病棟に移った。次の手術を受けるとまたICUに移動するのだろう。
吐血するまで入院していた同じ部屋に入った。
何度か書いているが、4人部屋の4っつのベッドがみんな窓際にある長い部屋である。
看護師さんもみな顔なじみ、この7か月間家にいたのはたった70日。
どこの病棟に行っても、ちょっとした顔である。

今日初めて胃瘻をみた。普段はガーゼで覆われていて見えない。
食事代わりの液体のパックには、ナイフとフォークのマークがついている。

3月に入院してから8キロ強体重が減った。
aozora@?減りましたともほんの2,5キロほど・・・このぐらいならすぐ戻る自信があるä?


〇戸さんの思い出

〇戸さんはPCに詳しかった。

我が家にPC1号の98ノートが入ったのは23年ぐらい前だった。
その頃のPCはご存知のように、Windowsではなかった。
当然ソフトはword・excelではなかった。
ワープロソフトは一太郎、計算ソフトはロータス1,2,3の時代だった。
一太郎のソフトは購入したが。ロータスのソフトは〇戸さんがコピーしてくれた。
今のPCには多分使えないと思うが、当時はフロッピィディスクにコピーしていた。
箱いっぱいナンバーをふったフロッピーを入れていた。何枚あったのだろう?


役所でも「PCのことは〇戸に聞け」という時代だった。
タイプからワープロに、そしてパソコンへと転換期を乗り越えてきた。

今なら医院でもパソコンがないと診療明細や処方箋をだせないし、若い人はPCを使えないと仕事に就くのも難しい。
夫の入院している病院には、いったい何百台のPCがあるのだろうかと思うほど、看護師が一台ずつワゴン?に乗せている。
そして何かのドラマで見たように、ipadを持ってディスカッションをしていたりする。


夫は家でPCをしていて解らなくなると、明日〇戸に聞こうとあてにしていた。
我が家のPCの歴史は〇戸さんから始まったと言える。

奥さんは第3子を身ごもった時、夫の下にいて妊娠を機に公務員を辞めるといったそうだが、産休に入るのと同じ時期の退職にすればいいと助言した。
本人はしんどかっただろうが感謝して、辞めたあと御夫婦で挨拶に見えた。

10年ぐらい前、当市に越してきた時3人の子供さんと一緒に、顔を見せてくれた。
幸せそうなお父さんの顔をしていた。

何とも心残りな、お別れになってしまった。


交通ルール

今日の夕方、出先から帰ってくるとき最寄の駅前交差点でドキッとした。

薄暗い中、小学校高学年あるいは中学生と見える男子生徒が、無灯火の自転車に二人乗りしていた。
横道から飛び出して来たのは、バックミラーで見えていた。
信号を右折するので、この自転車が横断歩道を渡ろうとしているのもわかった。
当然横断歩道の手前で停止した。
ところが自転車は、横断歩道でも自転車横断帯でもないところに突っ込んで来た。つまり車の横っ腹をめがけるように来た?äフラフラしながらも辛うじて当たるのは免れた。

もしもこれが当たっていたら??
やっぱり車の過失なのだろうか?、相手は無灯火の自転車で二人乗り、こちらは横断歩道の手前で停止中・・・これでこちらが加害者になったのでは割に合わない。

自転車の無謀運転の罰則は、無灯火は50,000円以下、並走は20,000円以下となっているようだが、検挙されて、いや積極的に検挙しているのだろうか?
無灯火も二人乗りも並走もしている本人たちは、気にも留めていないのではないだろうか?

よく通る道路の交番の前を、近くの高校生が並走しているのをよく見かける。
交番に警察官がいるとは限らないが、通りがかりの私よりも警察官の方が、その高校生たちをよく見ていると思う。

罰則があるなら、きちんと取り締まって欲しいものだ。
車の取り締まりにはノルマがあると聞くが、自転車で罰金を払った話は聞いたことがない。
 


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  《ベビイリーフ》

種を撒いて2週間になるが、収穫するにはもう数日かかりそう。



神様を味方に付けている夫

3度の命の危機を脱している夫は、いったい何人の神様仏様を味方に付けているのだろう。


ICUもHCUもケータイの電源を入れられないので、夫のケータイはaozora@が時々電源を入れてチェックをしていた。
昨日は敢えて持って行かなかった。朝aozora@は内科へ行き、そのまま病院に行った。

帰ってきて夫のケータイを見ると、先日お会いしたOB会のMさんから着信記録がある。
かけなおすと約1か月前、入院したと聞いていた現役の〇戸さんの訃報だった。
〇戸さんは夫より10歳若い今年60歳になる方である。
奥様とは職場結婚で、ご夫婦とも夫を支えて下さった方である。

夫が外出で役所に寄ったとき、顔色が悪かったと聞いた直後の入院だった。
夫は見舞いを気にしていたが自分も病気の身、しかも感染症・・・双方にとっていい事ではない。
どちらが先に元気になれるか、その時でいいと思っていた。
そして今回の吐血と手術・・・。
それでも「病院に電話をすれば入院しているかどうか教えてくれるだろうか?」と話したのは3日ほど前だった。


〇戸さんはこれまで病気で入院したと言うのは、聞いたことはなかった。
おそらく今回初めてだったと思う。
高齢のご両親もおられると聞いている。

たった一度の入院で旅立ってしまった〇戸さん。血液の病気と聞いたが病名は解らない。

神様も仏様も味方についてくれなかったようである。
30年近く前、我が家に数人が集まったことがある。その時、結婚前の〇戸さんと奥様も一緒だった。



今日はこのことを夫に伝えるため病院に行った。
聞いた夫は愕然とし、しばし絶句した。

「儂より先に逝きやがって・・・」と悔しそうに呟いた。

お通夜はもちろん葬儀にも出られない身を悔やんでいる。



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部屋移動

ICUから同じ4階のHCUに移動した。
ゆっくりと一歩前進・・・。

ここは最初の手術時にもお世話になった病棟で、心臓血管外科の病棟になる。馴染みの看護師さんがICUに迎えに来てくれた。
吐血した夜、救急隊からの電話を横で聞いていてびっくりしたこと、その2日前に廊下で会った時は元気だったのに・・・と。
吐血した当時は東病棟に入院中で今回は西病棟、主にならなければいいのに。

着替えの時、広背筋の傷痕のテープがなかった、ホッチキスの針を半分ぐらい取ったのだと言う。記念写真を撮った。



気持ちのいいものではないので、見てやろうと思うお方は覚覚悟してみてくださいね。



傷は脇の下まであります。
背中に一部斜めに凹んだ場所があります、ここの筋肉で食道を取った後を塞いだようです。



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休息日と・・・母の日の思い出

眼科へ行って来た。
本来なら4月に白内障の手術をする予定であったが、3月以来の夫の入院で今月に延期していた。
術後1ケ月は車の運転禁止と言われ、またしても延期せざるを得なくなった。
夫は予定通りすればいいと言うが、次の手術の予定も決まらないのに、進めることは出来ない。
僻地ではないので、車に乗らなくても電車もバスもある。しかし公共交通機関を使うと、片道1時間では行けない。
夫婦二人だけの生活は気楽だが、年を取ってくると自分の予定では動けないのも現実である。



GWの前からだろうかスーパーなどでは、母の日のセールをしている。
母の日にはとても苦い思い出がある。

aozora@も母の日に毎年お花を贈っていた。
10年位前だろうか母から電話があって「今度からは、みんなで食べられるお菓子か何かをを贈って欲しい」それだけ言って電話は切れた。

母の日父の日以外にも、年に何度かみんなで食べられるようお菓子や衣類を送っていた。
それは二人の姉も同じであった。こちらから電話をかけ難くなっていて何か送ると、母から電話があるので、様子を聞きたいとき話したいときなどそうしてきた。
それを兄は「儂らは年寄りに菓子の一つも買ってないと思っているのか」と言いつつ送ったお菓子はしっかり食べていたらしい。
母の日に届くお菓子や衣類に、兄嫁が嫌味を言うようになったのだ。そこで母が電話をして来たのだ。
このことは両親が6年前に、我が家の玄関に置き去りにされた時、今まで何も言わなかった母の口から聞いた。もちろんこの頃の母は惚けてはいなかった。むしろ物覚えが良すぎて鬱陶しがられていたのは知っていた。

生まれた家で、何年も針のむしろにに座っている母と父のことを、少しは感じていたが母の口から聞くまで詳しくは知らなかった。

こんなことがあって、華々しく母の日セールをしているのをみると、あの時のことをつい思い出してしまう。

兄嫁は脊椎狭窄症の手術を受けたが、今は思うように動けなくなっているらしい。
本人に自覚はないだろうが、我々姉妹や実家の事情を知っている人たちは、罰が当たったと思っている。



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  《ナンジャモンジャノキ》

レンズの汚れか、右上に水玉模様?のようなものがあるのが気になっている。
一応拭いてみたのだが次はどうだろう?


術後7日目

昨日aozora@が帰ってから、食瘻の傷が化膿して大変だったらしい。
膿その他を出して大きなガーゼを当てていた。


夫に言われた通りOB会の副会長のところへ書類等を持ってお願いをしてきた。
病院を出るとき「解任して欲しいと言っとくよ・・・」と一応承諾を取ってから向かった。
ただ夫は「仕事があれば励みになる」と言った。
この言葉を考えながらMさんのところへ向かう。


約20年ぶりにお会いするMさん・・・歳を取っていてびっくり?äそれはあちらも同じだっただろう。
私は解任を望んでいること、夫は励みになると言ったこと、もう一度手術をすること、どこまで回復するか解らないことなどを話し、7月に東京である支部長会議の出席をお願いする。

Mさんは夫が調子の悪い時は、全部自分がするのでしばらく会長職にとどまって欲しい。
元気になって戻ってきて欲しいと言ってくださった。
総会でどうなるかは解らないが、夫にとっていいのか悪いのかaozora@には解らない。

ただOB会は毎年2~3人が退職するが、全員が入会するわけではないらしい。
そして高齢者はお亡くなりになったり脱退をするので、会員数は減り続けているらしい。

前の民主党政権時代は58~9歳で退職をしなければならなかったので、もう少し退職者数が多かったようだ。自民党政権になってまた60歳定年になった。

明日は休息日の予定(あくまで病院へはいかないつもり)夫の吐血以来、眼科の受診をのばしているので行くつもり・・・。

映画に行きたいが、今の体調では寝てしまいそう(^_^;)



術後6日目

今日は初めて下半身のみシャワーをした。
ベッドに戻ってくるとやはりしんどいと言う。
全身シャワーを浴びるのは何時のことだろう?
まず背中から脇にかけての、広背筋切除の大きな傷が治らないと・・・。

乳がんの手術をした方が、乳房再生にもこの広背筋を使うと聞いたことがある。
腕の上げ下ろしに支障が出るようだ。最小限にするためにリハビリをしている。

声はまだまだ掠れてはいるが、だいぶ聞きとれるようになった。
脈も落ち着いてきた。ただ痛み止めを入れると脈が上がってくる。

今週役所のOB会の総会があるのを気にしている。いくら気にしても焦っても出席できないものは出来ないのに・・・。
療養中の人に言う言葉ではないことは十二分に解ってはいるが、「OB会と心中する気・・・?」と言ってやった。

取りあえず明日、代理の方に一切をお任せすべく、書類通帳印鑑など持って行く準備中・・・。


こどもの日

古い句から・・・。

柏餅食べねばならぬこどもの日  K

こどもの日夫婦二人の柏餅    K



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この句のような日になる予定でしたが、残念ながら・・・。


嬉しいご報告

術後3日目の今日体重測定の後、2人の看護師さんに付き添われてICUの中を約30メートルぐらい歩いた。
しっかりした足取りで歩いているのを見て、一年半前の術後初めて歩いた時のことを思い出していた。
あの時はほんの5~6メートル歩いて戻って来れず車いすでベッドに戻った。
手術に要した時間は同じぐらいだが、あの時は約10日間の意識が夫にはない。
そのことを思えば、今回見た目は痛々しいが3日目でしっかり歩けたのは、喜ばしいことだと思う。


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そして食道瘻のパウチを交換するのを見た。

綺麗なものではありませんが悪しからず・・・<(_ _)>

 


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1枚目は袋を外してきれいにしたところ、2枚目はすぐ唾がでてきているところ。
これを3日おきぐらいに交換するそうで、交換するところを勉強中の看護師さん2人が見学していた。
いつまでこれが必要なのかまだ判らないが、皮膚がかぶれそうな感じがする。

 


昨夜は薬をのんで

ぐっすり眠ったのだが疲れがたまっているようで、なかなか起きることが出来なかった。
病院へ行かなければ…という義務感に上から押さえつけられている感じがする。

素人のaozora@が行ったところで、何もすることはないし出来ない。
精々昨日の様子と比べるぐらいしか出来ない。それでも行かなければ・・・と毎日車を走らせている。

今日も顔色はよく脈も落ち着いている。声がまだまだ出ていない。
50日以上の入院で毎日点滴をしているため、いよいよ点滴の針が入らなくなった。
そこで今日は肘から心臓の近くまでカテーテルを入れた。
このカテーテルは、2か月ぐらい入れたままでいいそうで、ここから薬を入れる。
治療は月単位と考えるよう言われているので、退院が先かカテーテルの入れ替えが先か?

4時ごろに帰ってきて、ソファに横になって2時間ぐらい寝ていた。
一般病室から持ち帰ったものを、1週間になるのに片づけもせず、リビングに放りっぱなし・・・。
ICUを出られる見通しもたたないので 片づけなきゃと思いながら遠目に見ている。




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いつもよく渋滞するところ。左の2車線をスーッと走って分岐の手前で割り込んでくるので、右側車線におとなしくいると、いつまでも分岐点にたどり着かない。



術後2日目

世間はGWで浮き立っているが残念ながら無関係の我が家。
今日は術後2日目、部屋がICUからHCUに移った。(1ランクアップというところか?)
広背筋の傷口が痛いと言っている。
口から一切ものが入れられないと言うことは、薬も飲めないわけですべて、直接胃瘻から入れる。

今日から軽いリハビリが始まった。
2011年の手術後、お世話になった心臓血管外科リハビリのPTさんがきてくれた。
広背筋を切ったのが痛くて腕が上がらないのを、少し上げるところから始めるも、傷口が痛くてほとんど上がらない。
傷口が癒えても腕の上げ下ろしに動く筋肉なので、どの位まで回復するのか気になるところである。


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友人が「チャンと食事している?」といつも気にかけてくれる。
今日は一緒に夕食をしようと誘ってくれた。いつもなら夫に「Kさんと食事に行くわ」と言うところだが、さすがに今は言えない。言えないけど行ってきた。

子どもたちが小学校高学年と中学校になった時から、毎年年に2回一緒に旅行をしてきた。
北海道、東北、金沢、岐阜、伊勢、岡山、九州、和歌山、四国、シンガポール、ハワイ、香港、etc.
夫とよりあちこち旅行している。
最近はお互い色々あって思うようにでかけられないが、何でも話せる親友であるのは変わらない。
それだけに娘たちの前では、弱音を吐くことの出来ないaozora@も彼女の前では弱音も吐けるし聞いてもらえる。ありがたい友人である。

久しぶりに一緒に食事をし、夫の今回のことなど聞いてもらう。
おまけに食事をご馳走になってしまった。「お見舞いをすると気を遣うから・・・」とaozora@の元気付けの食事のつもりだったらしい。
前の手術の時も同じように言って気を遣ってくれた、本当にありがたい友人である。

Kさんいつもありがとう。また明日から頑張れるよ????



昨日のこと

昨日は手術室まで歩いて行った
手術時間は約6時間と聞いていたので、8時間をすぎた頃から最悪の事態になっているのではないかと、考えるようになった。
口には出さなかったが、兄も思っていたとおもう。

夫は2時からの手術で、手術の待合室は何組もの家族が待っていた。
手術の終わった家族が順番に呼ばれ、とうとう我が家だけが残った。
2011年の手術時と、同じ展開になった。
あの時のことを思い出し、進まない時計を見ながらジリジリ待っていた。


術後1日

深夜までかかった術後の様子は、どうだろうと思いながら病院へ行った。
意外と顔色がよく元気だった。
ただ長時間の人工呼吸器の挿入で喉に傷がつき声があまり出ない。
これは1年半前の術後も同じだった。
この時も1日目は比較的元気だったが、2日め3日目が大変だったので、今回もどうなるのか全く見当がつかない。
でも今日はベッドから足を下ろしてしばらくいた。ほとんど看護師さんの手を借りずに戻ることも出来た。
傷口が痛いと言っている。ドレーンからまだ少し血が出ている。
お腹には胃瘻、首には食瘻と非常に痛々しい。

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〇で囲んだのが食瘻、飲み込んだ唾や口を湿らせた時の水が、この袋に溜まってくる。