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ペンフレンド

今は友人との連絡はメールや電話で取りあうため、手紙を書かなくなってしまった。そう親しくない人とは存在をアピールするかのように年賀状だけが行き来している。
そんな私でも昔はペンフレンドが3人いた。小学校の5年生から20歳ぐらいまでのことである。
昨夜沖縄が舞台のドラマを観た。沖縄を身近に感じた時に思い出すのは「沖縄県東風平村」のk友名洋子さん。合併して、今はこの地名の村も町もないようである。当時はまだ沖縄は日本に復帰しておらず封書に貼ってある切手は¢だった。絵葉書が送られてきたり方言を書いてあったりと楽しく文通をしていた。結婚して2度ほど手紙は届いたが自然消滅した。

2人目は「宮城県仙台市東十番町」の社宅に住んでいた加藤やす子さん。こちらはスキー場での写真や家族旅行の写真が送られてきた。
どちらかと言うとこの加藤さんの方が手紙での話が弾んだように思う。
学習雑誌に載っている学校へ文通希望の手紙を出したことがきっかけである。2人から手紙が来て文通を始めたのだった。思えばえらい積極的なことをしたものである。怖いもの知らずというより、平和な美しい日本であったのだ。

3人目は淡路島内のYYさん。こちらは2年間だけだった。家は父がいる病院の近くであった。探せば簡単に見つかるだろう。

3人の少女とどんなことを手紙に書いていたのかほとんど忘れているが、純粋でたわいのないことを書いていたように思う。
十年ひと昔なら50年も前のことなら、既に大昔のことである。
日本昔話・・・○○編というところであろうかФ