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8月31日

1973年(S48年)8月31日。出産予定日を一週間過ぎていた25歳の私。
手伝いに来ていた母が、予定日を過ぎてお腹の子は十分大きくなっているから
行って生んでおいでと言われ、2歳9ヶ月の長女を母に預けて病院へ行ったのでした。
そして夕方次女が産まれた。長女は大きかったので出産後しんどくて貧血もあり
一週間ほど一人でトイレにも行けなかったが、次女は長女に比べると少し小さくて
すごく楽だと思った。
母はこの時51歳で、8人目の孫の誕生を待っていた。
あの時、夫は九州へ数日間出張をしていた。
早い物であれから46年経った。

子どもたちの誕生日は毎年ケーキを焼いた。
この娘からは、白玉入りのフルーツポンチの注文があり
これも毎年作った。
もっともこれは誕生日以外にも時々作っていた。
二人の娘が四〇歳代になるなんて考えてもいなかったが、親子で確実に
歳を重ねている。


       新婚


         親も子も一つ年取る誕生日  タンポポ

結婚後2年間のアメリカメリーランドでの生活は、慣れない中で苦労も
あったようだが、それなりに二人で楽しんだようだ。

そして明日は17回目の結婚記念日である。
年齢の割に子どもが小さいので、元気に過ごして欲しいと願っている。

台風前に来てさっさと帰った娘と孫

12日の5時50分新大阪着で、埼玉から次女と小六男児・小四女児の3人がやってきました。
この暑い中、ジイさんと二人の食事を作るのも嫌気がさしているバアさんは、食事を作って
食べさせるという思いは全くなく、お手軽に回転寿司のK寿司を前日からネットで7時に
予約をしておきました。
JR甲子園口まで迎えに行き、そのままK寿司に行きました。

子ども二人がレーン側に座ります。手慣れた物でレーンからお皿を取るのも
タッチパネルで注文するのも、ジイさんバアさんの比ではありません。
家で外食をする時は、寿司派の兄ちゃんと肉派の妹とでよく揉めるのだそうです。
ラーメンやうどんデザートも食べて満足したようです
バアちゃんも今年初めてかき氷を食べました。


翌日、水族館へ行きたい子と、プールに行きたい子。
結局午後から、娘も好きな水族館(海遊館)へ行ったのですが、入場券を買うのも長蛇の列、
そして入場するのに何時間もの待ちで、諦めて近くで遊んだそうです。
帰ったのは8時半を過ぎていました。

翌日18時前の新幹線で帰るまでに、ららぽーと甲子園に次女と4年生のTが出かけ
往復のアッシーをしたバアちゃん。
もちろん帰りのJR甲子園口までも送りましたとも。
慌ただしい2泊3日の滞在でした。

そしてこの子達が帰るのを待っていたように、リビングのエアコンが故障したのです。

   @IMG_0436@.jpg


   @IMG_0444@.jpg

     このパズルは40年ぐらい前に娘達のために買った物です、
     気に入って埼玉へ持って帰りました。

   @慧

             iPadでゲームをする6年生の孫













二人目の天使

   済み天使


       祇園祭娘が天使一人産む  タンポポ

今日は次女夫婦の長男で、我が夫婦の二人目の孫Kの12歳の誕生日。早いもので6年生だ。
結婚式の時、これから始まる二人のアメリカでの研究生活で、アメリカ国籍の子を
産んで来るようにと友人のお祝いメッセージがあったが、2人にはその気はなかった。

2年後帰国して京都で暮らし始め、その後kを授かった。

あちらのご両親には初めての孫、たいそう喜んでいただき
どれだけかわいがっていただいたことか。


お誕生日プレゼント何が欲しいのか聞いてみたが、
娘曰く「ゲームのカードとかしょうもないものを欲しがる」と言うことで
夏休みに何か買ってあげてと言うことで何も用意していない。

DSもスイッチも持っているしあまり欲しい物はないのだと思う。

   2007.8.4 038@


   2007年8月4日 和歌山のおばあちゃんに抱っこされて撮影会


将来はお父さんのように研究者になりたいらしい。でも宿題はするが自主学習は
しないし、塾にも行っていない。
お父さんは塾に行かないで、阪大の物理学科に現役で合格した実績があるが
今の子どもには、それは無理だろうとバアちゃんは思う。

とにかく元気でよく遊ぶ子どもだ。今朝も朝食を摂ったらケーキ忘れないでと
念押しをしてすぐ遊びに出かけたらしい。

K12歳の誕生日おめでとう!

21回目の誕生日

明日6月24日は初孫S大の誕生日。早い早い。
リクエストで昨夜は、焼き肉食べ放題に行って来たという。
ニンニクをいっぱい食べたいので、休みの前日を選んだらしい。

広汎性発達障害を持ち、バツイチの母親と二人
何とか暮らしているようだ。

20歳の誕生日からアルコールを解禁、この子の父親は飲めなかったが
S大は結構飲めるようだ。ジイちゃん似かも知れない。

   @生まれたて@


↑産湯を使う前の写真。この世の空気に触れた瞬間の写真。

あれから21年、シェーバーでひげを剃る青年になりました。

    羽のない天使産まれる夏の午後  タンポポ




           tennsi.jpg


   〈次女の結婚式でリングボーイを務めたときのもの 4歳〉
   背中に羽を付けているのが、チクチクと痛かったようで、ちょっとご機嫌斜めだったね。


娘に弱い父親

今更ではあるが、我々夫婦は2人の娘を授かった。
結婚した1970年に生まれた長女48歳と、1973年生まれの次女45歳。
ともにもういい歳のおばさんになった。
我々親の歳もさることながら、娘がこんな歳になるとは思わなかった。

種も畑も同じなのに、2人の性格は面白いほど違う。
これは子どもの時からそうだった。
2歳9ヶ月でお姉ちゃんになった長女は、「私は今日からお姉ちゃんだから
っとそんな必要もないのに張り切った。
ベビーベッドの上の、次女のおむつをよく開いていた。
そしてお姉ちゃんはお母さんに甘えたらあかん!と思っていたようだ。
長女が幼稚園の時、夫は出向が終わり、元の運輸省(現国土交通省)に戻り
神戸の宿舎から宝塚の公務員宿舎に引っ越した。


小学生の長女の同級生で、途中まで一緒に帰ってくるHちゃんは
母子家庭でお兄ちゃんとお母さんの3人家族だった。
長女が2年生次女が幼稚園のある日、子どもたちに向かって
「お父さんとお母さんが離婚したらどうする?」と聞いてみた。
長女は「私はお母さんと・・・」と迷わずに答えた。
お父さん子の次女は、「私はお父さんと、だってお母さんはお金ないもん。」
これには参った。なんと計算高い可愛げのない子なんだろう。

いろんなことがあって、2人とも小学生になった。
小学校が遠くて、子どもの足で45分ぐらいかかった。
長女は大きかったが次女は小さくて、背のランドセルが重そうだった。

もうすぐ年に一度の父親参観日だと言うとき、3年生だった次女が夫に向かって言った。
「お父さん、そんな白い頭で父親参観に来たら嫌だ

夫は早くから白髪で、この時まだ40歳になっていなかったがかなり白かった。
その時の夫の表情を覚えていないが、ショックだったと思う。
そして白髪染めを買ってきて自分で染めた。
次女が小学校を卒業するまで染めていた。

このきつい一言に対し、父親として何とか言っても良さそうなものだが
夫は何も言わなかった。
あれから約35年経った。次女は今、3年生と5年生の子どもを育てる母親に
なった。不器用な母親に対し子どもからダメ出しをされている。

初孫の成人式

カレンダー上の成人式は明日14日。
我が家の初孫S大は今年成人式を迎える。
この子が生まれたとき私は50歳、夫は55歳若かったなと思う。
初孫には、どれだけ貢いだことやら・・・



  @みんな幸せ

      羽のない天使生まれる夏の午後   タンポポ


周りの大人を無条件で笑顔にする赤ん坊。
のちに娘のわがままから離婚し、この子は父親を失ってしまった。

発達障害のある孫は、大の鉄道好き、テッチャンである。
電車での一人旅が楽しいらしい。
昨年のお正月は九州まで一人旅をし、途中出雲大社に詣でた。
夏は東京へ行った。若者らしく竹下通とか原宿とか行って来たらしい。
今年は富山まで行ってきた。
切符はネットで買って、後日受け取りに行くそうだ。
お正月にはお土産を持ってきた。

PCも、私にはできないブラインドタッチが出来る。
ただ軽度の障害の性質上、こだわりが強い。
生き難い世の中だと思う。
これから大きく、自由に羽ばたいてほしいと思う。

成人式には、今日と明日の2回出席するという。
市の主催ともう一つ障害者仲間の主催。
2回も成人式をしたら40歳になってしまう・・・なんてバカなこと言うバアチャン

アルコールは誕生日から解禁にしたようで、お正月に来た時もビールを飲んでいた。
父親はアルコールが飲めないが、母親の娘は強いが、直ぐ顔に出る。
この前見た限りでは、顔に出ていなかった。ジイチャンに似たのだろう。

S大、成人式おめでとう!ジイちゃんバアちゃん応援しているよ。

障害に負けずに、しっかり生きて行くんだよ、頑張れ‼

ああ~ヤレヤレ

午前10時40分ごろ、埼玉へ向けて娘一家が出発した。
2時ごろ順調に走っているかと思いLINEをすると、渋滞があり多賀で
休憩中との返事が帰ってきた。

最速のルートでも、約7時間。やっぱり遠い。
おまけに子連れなので、度々休憩もいれる。
我が家を出発して約7時間、どのあたりを走っているのやら?

ジジババは、疲れは残っているものの、やっと普段の気楽な生活に戻った。
遠方から帰るっていうものを、拒否するわけにもいかず受け入れるが、
いつまで出来るのやら?
特に次女は父親っ子なので、夫が倒れて以来心配で仕方がないのだ。
離れている分特にそうなんだと思う。

さて次は夏休み、孫は6年生と4年生になる。

キッザニア

昨日のお昼に舞い戻ってきた娘一家、5年生と3年生。
だいぶ大きくなって、手が掛からなくなったとは言え、
70歳を超えたジイさんバアさんには、体力的にしんどいです。
生きている以上食べさせねばなりませんからねえ。
これが一番バアさんには堪える。
もう二人の暮らしになって16年です。普段は2人の食事の用意が6人分。
しんどい以外の何物でもないのです。
おまけに昨夜は、長女と二十歳の孫も来ました。

娘もお風呂の掃除をしたり、テーブルのものを下げたりと
それなりに手伝ってはくれますが・・・。
今日はお昼を食べて、早めにキッザニア甲子園の午後の部にに出かけました。
日本に東京と、ここ甲子園の2か所しかないキッザニアです。
本来は年末に行く予定でしたが、5年生の孫が熱を出したためキャンセルを
して今日の仕切り直しとなりました。
遠方からのお客様はUSJとキッザニアのため関西に宿をとって来るようです。
そのことを思えば、我が家からだと車で10分ほどで行けるので便利です。
何度か行っていますが、時々体験事業所が変わるそうです。
今日もコカ・コーラーと、バームクーヘン等が無くなっていると騒いでいました。
早めに行ってショッピングモールで買い物をすると行って出かけました。

明日には埼玉へ帰ります。十分楽しんでくればと思います。
車での遠距離移動気を付けて帰ってほしいと願っています。

嬉しいことに、夕食は済ませて来ると言いました
さて今夜はジジババ2人の夕飯です。
買い物に行こう。何かあっさりしたものが食べたいな。

疲れた・・・

今日の午後娘たちは和歌山へ移動しました。
もうね、ぐったりですよ。
普段二人のところが六人ですから。
食事が大変です。食べたと思ったらまた次の食事ですから。
大したことはしませんが、ぐったりです。

27日の夜9時20分、埼玉から娘一家が到着しました。
ところが5年生の孫Kの調子がよくありません。
グタッとして喋りません。一大事です。
この日はお風呂も入らずに寝てしまいました。
28日も29日も一日中、ひたすら寝ていました。
一人が熱を出して寝ていると2年生のTも静かです。
まる二日ほとんど食べずに寝ていました。
ポカリとウイダーインゼリーとお茶を飲んでは
寝ていました。
29日の夜になって起きてテレビを観ていましたが、
やっぱりしんどいと言い布団に入ります。
和歌山への移動日を翌日に控えて、予定通り
いどうできるのか心配しました。

今朝になって、元気になり朝食を食べました。ヤレヤレ。
元気になると一気に賑やかになりました。
大人も子どもも元気が一番だなと改めて思った次第でした。

また3日には戻ってきます。
色々予定をしていたのですが、熱を出しては仕方ありません。
3日に戻ってきて仕切り直しをするようです。





誕生日

今日は次女の45歳の誕生日。
45年前の今日、夫は九州へ出張中でいなかった。
母が4~5日前から来ていて、「予定日も過ぎているし、もう産んでも大丈夫や。
病院へ行っておいで」と言われ、長女を母に預けてクリニックへ行った。
25歳と4ヵ月だった。
母も若かった。51歳で次女が8人目の孫だった。

当時はまだ、お腹の子の性別など判別出来ない時代だった。
長女を出産したのと同じクリニックで、出産した。
人工で陣痛を起こすため、何本も注射をした。
私より少し早く出産した人が、同じ官舎にいて、一本?千円(金額は忘れた)の
注射をしたと聞いていたので、少々ビビった。
何とか無事に出産をし、出張から戻った夫にも抱っこされた。
長女は2歳9か月でお姉ちゃんになり、私はお姉ちゃんなんだから!!っと
いう感じだった。あれから45年なんだね。早い早い。


年頃になり、結婚するつもりだった彼が、スキルス性胃がんで亡くなるという
アクシデントがここあったが、その後出会った婿さんと結婚し、明日は16回目?の
結婚記念日。結婚後すぐアメリカへ渡り2年を過ごした。

結婚式では、友人からアメリカ国籍の子どもを産んでこいよ!と言って送り出してもらったが、
言葉も十分でないアメリカでの暮らしで、二人にはその気はなかった。
長女と孫と3人で行ったとき、何とか生活をしているのをみて、安心したものだった。
おかしかったのは、アメリカでの生活でありながらも、玄関を入ったところの
小さなスペースで靴を脱いでいた。
私たちは靴を脱がないと落ち着かないねん。でもね、業者さんとかが何かの用で来たら
ずかずかと土足で入ってくるよと言っていた。
われわれも郷にいって靴を脱いだものだ。

帰国して暫く京都に住み、長男を授かり今は埼玉で暮らしている。
埼玉に行って長女を授かった。
誰も頼るところのない地での生活は、大変だろう。
そして20年前、辛い思いをした分、幸せでいて欲しいと思う。
歳の割に子どもが小さいので、どうか元気でいてほしいと願っている。

朝おめでとうとLINEを送ると、おおきに。四捨五入すると五〇歳だわ。
アハハと返って来た。

孫台風それる

今日お昼前、関空行きのバス乗り場まで、送って行ってきた。
羽田から来るお父さんと、関空で待ち合わせ和歌山のおじいちゃんの
車で和歌山県日高市○○町へ。もうついているだろう。

これでジジババ二人の静かな、日常が戻ってきた。
5年と3年になった孫2人に、手はかからないが見ているだけで
じいちゃんばあちゃんは疲れる。ただ見ているのは本当に面白い。
仲良しでお兄ちゃんにくっついていく妹。
妹が可愛くてちょっかいを出すお兄ちゃん。
お母さんに怒られても、くっついていく2人。
子育てってこんなのだったかな?と思いながら見ている。
男の子を育てていない私には、いつ見ても男の子の行動が珍しいし、
女の子は、娘達の小さかった頃と比べている。

今回も娘はお金を置いて帰った。
スーツケースのポケットに返しておいたのだが、
送って行って帰ってくると、テーブルの上にあった。
そんなに楽な暮らしはしてないだろうに・・・。
まあ気を遣わせるほど、2人が歳を重ねたと言うことなのだろう。


孫台風それて静かな老いの家   タンポポ


   @IMG_1423.jpg
 
      《年代物の億万長者ゲームをする2人》

 

     @IMG_1424.jpg

       《叱られても大好きなお母さん》

男の子はいつまでもべったりしないだろうから、幸せな時だと思う。

里帰り

今夕埼玉から、次女が3泊4日で帰ってくる。
小学5年生の長男と、3年生の長女を連れてくる。
こちらから我々が、出向かない限り年に2回会って
孫の成長を楽しんでいる。
ただ今年の尋常でない暑さは、ヨシ!と言う気にならない。
しんどいが先にたってしまう。

子どもが大きくなってきて、和歌山のおばあちゃん家は色々
楽しいことがあるけど、西宮のおばあちゃん家は何もないと
言うらしい。
BBQをしたり、プライベートビーチのような海に行ったり
エビを捕まえたりいろいろ楽しいらしい。

マンション暮らしではBBQは出来ないし、横には大きな川が流れてはいるが
川には入れない。
アイススケートリンク、プール、キッザニア等はあるが、どれもお金がかかる。
さてこの3泊4日どのように過ごすのだろうか?

もう新幹線に乗っている。
後2時間ほどすれば、新大阪に到着予定である。
ジジババは、いつものようにのんびりしていられない。

誕生日

今日は次女の第一子、Kの誕生日である。
我が家にとっては、初孫の誕生から9年目の2人目の孫である。
11歳5年生になった。
当時京都にすんでいた次女夫婦に、待ちかねた子宝である。
結婚後アメリカに渡り、何とか暮らしてきた。
披露宴で「アメリカ国籍の子を産んで来いよ」と言われアメリカに発ったが、
本人たちは慣れない国での生活を楽しみたいと思っていた。

帰国して京都に住み、子どもが欲しいと思ったがすぐには出来なかった。
娘曰く「子どもは欲しいと思ったらすぐできると思っていた・・・」
婚家には当時孫がなく、お父さんが酔った勢いで「孫が欲しいんや!」と言ったとか。


   2007.7.15 004@

  祇園祭娘が天使一人産む  タンポポ

長女の子供が生まれてからは、たくさん川柳を詠んだが、このこは↑の
一句しか詠んでいない(^_^; 

朝産まれたと連絡があり、京都まで走った。
新生児室から赤ん坊を、看護師さんが病室へ連れてきて娘に渡すと、暫くして
おんぎゃあと泣き出した「どうしよう」という娘。
丁度写真を撮っていた私のデジカメに、その声が残っている。
まさに新米父さん母さんの戸惑いだった。


 2008.3.15 008@

  @IMG_1644@.jpg

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≪音が出ます≫

     @__ 1



はとバス観光@



1歳の誕生日の前に、婿さんが京大から埼玉県和光市にある〇化学研究所での勤務のため
京都から埼玉に移った。
そこで妹が産まれお兄ちゃんになった。
今の家は自宅の前が公園なので、帰るとすぐ、ランドセルをほっぽり出して遊びに行くそうだ。
心身とも健康に育っているようで、ジイチャンバアチャンも安心している。

将来はお父さんのような研究者になりたいそうだ、なれるといいね。
空手もがんばるんだよ。

誕生日

今日は、我が家の初孫Sの20歳の誕生日である。
あれから20年、本当に早い。
ジジババも若かった、そして何より元気だった。

この子の母親である長女には、心臓疾患(発作性上室性頻拍症)があった。
我が家の近くの産婦人科医院で、出産を考えていた。
そして院長も了承していた。
もし何かあれば、すぐ近くに大学病院があるからと話していた。

ところが8か月になったころ、発作が起き検診の際その旨を
伝えると、後日やはり転院して欲しいと言ってきた。
そこで心臓疾患でかかっている、国立大阪循環器病センターに
転院して出産したのだった。

出産当日無事に生まれるかどうか、ドキドキしたのを思い出す。
ましてや医者が「お産を軽く見ないでください。命がけです」と
言われたのだった。
無事に生まれてほっとしたものだった。

@曾おばあちゃんと
                                                                  ≪曾おばあちゃんと≫
  

羽のない天使生まれる夏の午後  タンポポ                                                               

田舎から姑が来て祝ってくれた。
その時、姑が「Hちゃん長男に嫁いで男の子を産んで、お手柄やなあ」と言った。
その言葉が妙に気になった。
私は、女の子しか産まなかった。義兄も妹も男の子がある。
う~~ん。今更言われてもどうにもならないし・・・。

初孫にはどれだけ貢いだか解らない。
とにかく可愛かった。


IMG.jpg



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こんな女の子みたいな時期もあった。

     ポトマック川

は次女夫婦がアメリカメリーランド州にいた時の物。ワシントンDCポトマック川にて。


DSCF0039syou2モザイク


は娘がカテーテルアブレーションをして退院した日の物。
娘が入院し、帰る時、Sはバアチャンの車に乗ると言って、そのまま我が家まで連れて帰った。
家についてお父さんが来てないことを知り「一人はいややあ!」と泣いた。
2日後退院し、大喜びだった。

2007.8.13 003


IMG_4343翔大と慧

一人っ子のSは従弟のKが、可愛くてたまらない様子だった。
この画像より3~4年後だっただろうか、KがS兄ちゃんと一緒にお風呂に入る、
一緒に寝ると後をついて回った。2人で電車の話を楽しくしたようだった。


とうとう二十歳、一人前に髭も生えてシェーバーで剃っている。
鉄っちゃんのこの子は、発達障害である。
ジジババの欲目かもしれないが、知的障害がないので見た目には解らない。
しかし世間に出た時、生き難いだろうと思う。
そんなSも、今はExcelやWord、パワーポイントのスキルアップをしている。
私には出来ないブラインドタッチを軽々こなす。

頑張れS。二十歳の誕生日おめでとう


@publicdomainq-0000763lxo.jpg

  ババ馬鹿でした<(_ _)>

イラストは無料素材屋さんからお借りしました。


黒くなった

夫は若い時から白髪が多かった。
次女が小学3年生の時には既にかなり白かった。
お父さん子で遠慮のない娘は「父親参観にそんな白い頭で来たら嫌だ」と言った。
大きなショックを受けたであろうが、白髪染めを買ってきて自分で染めるようになった。
次女が小学校を卒業するまで染めていた。
夫が30歳の時の子どもなので、40歳ぐらいから染めていたことになる。

時は経ち、68歳で病に倒れた当時は、見事に真っ白になっていた。
2013年の3月から9月末までの、190日を超える入院を終えて
退院した時、ソファーで横になっている夫の頭頂部を見て、愕然とした。
ええ!いつの間にこんなに禿げたの?
病院に行っても横になっていると、頭頂部は見えないし、起き上がると
顔を見ていたので、気付かなかった。

そっと写真を撮って、LINEで娘たちに送ると「白い上にエライ禿げとるな」
と遠慮のないコメントが返ってきた。
写真を送った私も私ですけどね(^_^;)

そんなこともあったが5年の間に、禿げた部分に今度は黒い毛が生えてきた。
それは頭全体に生えてきた。毎日山ほどの薬を飲んではいるが、なぜ黒い毛が
生えてきたのか解らない。
薬の副作用がいいように作用したとしか思えない。
たくさんの物を失い、今命があるが、病気をして得たものが黒い髪とは
喜んでいいものかどうか。



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連れ添って48年

今日はわが夫婦の、48回目の結婚記念日。
ここ数年、大抵当日は忘れているが、今年は珍しく覚えていた。
48年前、夫26歳、私21歳・・・二人とも若かった。

結婚した当初、自分がこんな歳になるとは思ってもみなかった。
ましてや授かった二人の娘が、47歳と44歳になるなんて・・・。
月日の経つのは早いもの。

すっかりジジババになった二人に、残された時間はそう長くはないだろう。
それでもいい、概ね幸せな人生を送って来たのだから。
ただこの6年、夫の病気というアクシデントに、ハラハラドキドキはしている。

しかし今の調子でいけば、50年の金婚式も夢ではないだろう。
もっとも先のことは神様にしかわからないが、そんな気はする。

取りあえずは、11回もの手術をした夫と、今日を迎えられたことに感謝である。


バアさんと夫に呼ばれ無視をする  タンポポ


夫婦喧嘩持久戦なら私勝つ  タンポポ

ホッと&寂しくなった

無事お正月も終わり、帰省していた娘たちも帰った。
関東に住む次女一家4人は、我が家には3日に来た。
そしてバツイチ長女と息子も3日に来た。

普段ジジババ二人のところに、一気に6人の来客。
いやぁ賑やかなこと賑やかなこと。
当然?蒲団は人数分ないので、大阪府内の長女は夕食を食べて日帰り。
その夕食も予備の椅子を入れても6脚しかない。
立食にしようかと思ったが、お鍋ではそうもいかない。
リビングのソファーとセンターテーブルも動員して何とか
食事を終える。

19歳の孫は静かなものだが、小2と小4の孫が賑やかだ。
鉄ちゃんの19歳の孫は、元旦のみ有効の新幹線乗り放題の切符で、
朝4時起きして1人博多まで行ってきたという。
途中岡山で降りて、出雲大社にお参りをしたそうな。
この子は広汎性発達障害ではあるが、見た目には解らない。
ちゃんとジイチャンバアチャンに、お土産を買って来てくれた。

そして今日関東に住む次女一家が帰った。
車で休憩しながら、12時間ほどかかるという。
子連れなので時々、ドッグランならぬ、ちびっこランで体力を消費しないと
長距離のドライブは飽きてくるので、休憩を兼ねて遊ばせる。

出発をして丁度3時間、今頃どこを走っているだろうか。
無事にたどり着きますように。







台風一過

7日に進路を変える予定だった娘たち、台風5号の影響で、1日ずらした。

行先の和歌山は台風のメッカ。無理をしていかなくてもいいかと言うことになった。
何より関空でお父さんと落ち合って、おじいちゃんの車で和歌山へ向かう予定だった。
その関空への飛行機が、羽田から飛ぶかどうか微妙だった。

昨日和歌山へ進路を変えたちびっこ台風。我が家はホッとしている。
2年生と4年生だいぶおとなしくなったとは言え、普段静かなジジババ2人の
生活を送っていると、見ているだけで疲れてしまった。

今回も忙しいスケジュールで、そのたびアッシーをした。
そのための納車だったのかと、思うほどだったが良しとしよう。
私たちが出向かない限り、次に会うのはお正月である。
また大きくなっていることだろう。

里帰り

埼玉に住む次女が、子連れで昨日から帰っている。
小2の女児と小4の男児、それはそれは賑やかである。
何時もは年寄り2人のところが一気に5人になった。

この夏、会社が清算をしたので娘は現在無職である。
したがって例年よりゆっくりするのかと覚悟をしていたが、
結構慌ただしい日程を組んでいる。

我が家は一泊二食付きあるいは朝食付きの宿のようである。
今日は早速、昼食を済ませて水族館へ出かけて行った。
ナイトショーを楽しんでくるそうである。

娘たちが出かけて放心状態のバアチャン。
いやいやほんと見ているだけで疲れる。

ぶきっちょ

我が夫婦には二人の娘がある。
ともに四十路の世間的には、いい年をしたおばさんである。
同じものを食べさせて大きくしたつもり・・・。
ところが長女に比べると、次女は自他ともに認める類まれな
超がいくつも付くぶきっちょである。
そんな次女も二人の子供に恵まれ、なんとか母親業をしている。

ぶきっちょゆえ二人の子供の入園入学のグッズは、他力本願で
私と姉である長女にお鉢が回ってきたのは言うまでもない。
何しろこの娘、まだ結婚が視野に入っていないとき、「万が一お嫁に
行くことがあってもミシンは要らない!」と言い放った。
そしてその万が一に、やはりミシンはもって行かなかった。
もっとも結婚後は、婿さんのアメリカ留学で新生活をスタートさせたので、
アメリカには身の回りの物だけしか持って行かなかった。

そんな娘が何を思ったか、最近ミシンを買おうと思うと言い出したので
ビックリ
しかし今までほとんど、ミシンなど触ったことがない娘に、ミシンが寄り添って
くれるのだろうか?宝の持ち腐れにならないかと心配をしている。

小学校も中学校も家庭科の作品は、私が仕上げた経緯がある。
おそらく直線縫いさえも出来ないのではないかと思う。

今どきのミシンは自動糸調節機能があるらしいが、どうなることやら?
ミシンを買って、子どものバッグを縫うという目標が達成出来るかどうか
静観するとしよう。
子どもの期待に応えられるといいね。

撤収・・・年内

次女一家が29日の午後11時半ごろに到着し、賑やかだった。
昨日は午後親子4人で、近くのアイススケートリンクへ行った。
このリンクは、田中刑事選手のホームリンクだ。

そして先ほど、和歌山のおじいちゃんおばあちゃんの家に向かって出発した。
次は3日に舞い戻ってくる、そして予定を早めて4日に帰るらしい。

往路自宅を出て間もなく渋滞に巻き込まれ、また途中事故渋滞で1時間半
動かなかったことを受けて、一日早めたようだ。
なんでも婿さんが6日から出張なので、安全策をとったらしい。

娘が復路一人で、運転して帰るならもっとゆっくりできるが、それは心もとない。

子どもは小学1年生と3年生、それはそれは賑やかだ。
まあ元気な証として、ジイチャンバアチャン目を細めて
年に2回の喧騒の中にいた。

今晩は長女と18歳の孫が来る。
こちらは食事を食べさせ、お年玉を渡せば静かなものだ

娘もおばさん

今日は長女の46歳の誕生日。
まさか娘がこんな歳になるなんて・・・。
親もそれなりに歳をとり、当たり前ながら娘たちもおばさんになった。

私が長女を産んだのは22歳だった。
この年は大阪万博が開かれていた1970年。
世間知らずの21歳が結婚し、すぐ妊娠出産となった。
今思うと冷や汗ものである。

長女を産んで2年9か月後、次女が産まれた。
若いながら必死で子育てをしてきたと思う。
そんな時代でもあった。

子どもは親を選べない、だからきちんと育てなきゃ。
そんな思いで子育てに追われた。
でもそんな生活が、ちっとも嫌ではなかった。
むしろ幸せだと思っていた。
官舎での暮らしは、同年代の人がたくさんいて
楽しかった。

あれから46年。我が家の歴史は平々凡々に積み上げてきた。
2011年に夫が倒れてからは平凡ではなくなっが、
年金で何とか生活はできている、ありがたいことだと思う。

まさかの坂あって我が家の歴史なり   タンポポ

戦いすんで

3日に孫台風が和歌山へそれて、ぼ~としているジジババです。
いやぼ~としているのは、ババだけかも・・・。
目いっぱいの予定を組んでの里帰り、アッシーにこき使われましたとさ。
子どもってどうしてあんなに騒がしいのだろう。
子育てから解放されジジババ二人の生活が、台風に飲み込まれ
クルクル舞の6日間。とは言え、実際は3日足らず。

お楽しみのキッザニアにも行って満足の二人。
今頃は和歌山のおばあちゃんのところで、大騒ぎしていることだろう。

いつまでも疲れが抜けないバアチャンです。
年だなあ・・・

里帰り

29日の夜から、埼玉に住む次女が子どもを連れて里帰り中である。
とは言うものの、30,31は友人と子連れ一泊旅行に出かけている。
私はアッシーとして都合よく使われている。
帰って来る日はJRの駅まで迎えに行き、昨日の朝は、甲子園駅まで送り
こんばんはまた甲子園まで迎えにいく。
今年も目いっぱいのスケジュールを組んでの里帰りである。

長男のKは3年生、長女のTは1年生である。
ジジババ二人のところに3人が来ると、起きている間中賑やかである。
普段は食事中になど笑うこともないが、笑って賑やかな食事である。

普段の子供たちのエピソードを聞いて、じいちゃんばあちゃんは
びっくりしたり笑ったり・・・。
今晩旅行から帰ったらまた賑やかに話をしてくれることだろう。
話を聞くだけでも疲れる、じいちゃんばあちゃんなのである。

ぶきっちょ

次女は希に見るぶきっちょである。
実の母親がこうキッパリ断言できるのだから、正真正銘のぶきっちょである。
そんな娘も少々遅かったが、人並みに結婚し子どもを持った。

独身時代から「万が一結婚してもミシンは要らない」とキッパリ言っていた。
縁あって嫁いだが、宣言した通りミシンは持っていない。
もっともこの娘夫婦は、結婚後アメリカでの暮らしが待っていたため、
普通に嫁入りの用意をしなかった。

アメリカでの生活が終わって帰国したものの、言葉も通じない土地での二人暮らしは
予想以上に固い絆で結ばれていたらしい。
人並みの嫁入り道具を、揃えようと考えていた我々両親に、「必要な物は二人で考えて買う」と譲らなかった。
そこにミシンの入る余地などなかった。

さて二人の子どもに恵まれ、長男の幼稚園小学校と入園入学の準備に何種類かの袋が必要になった。
手も足も出ない次女は、器用な長女に頼んだ。
そう長女は器用なのだ。同じ物を食べさせて育てた筈なのに・・・。どこでこうなったのだろう。

孫娘Tの時は私が縫った。そして今回も縫って・・・と言って来た。
ここで冷たく突き放せばいいのかも知れないが、簡単な袋の一つも縫えない娘に
してしまった後ろめたさも多少ある。

体操服入れと給食袋、そしてランチョンマットも・・・。
布は孫娘Tの好きな「くまのがっこう」のキャラクター。
2種類買った、キャラクター物は高いが、バアチャン頑張った。
前にエプロンを縫った残りの生地でも縫った。

R0024053.jpg


何とかミシンのご機嫌もよく、体操服入れ・給食袋4・ランチョンマット3をちゃっちゃと縫い上げて送った。
あくる日、うれしそうな声で「おばあちゃん、ジャッキーの給食袋とかありがとう

いつまでもバアチャンの縫ったものなど喜ぶ筈もない。
そう思うと、今頼られていることは、貴重な時間のように思えた。

T毎日元気に学校へ行くんだよ

お年玉考

孫たちが帰って、夫婦2人の静かな暮らしが戻ってすでに3日。
今日から学校が始まっただろう。

五十肩の身には、蒲団の片付けも大仕事である。

孫たちの言葉や行動のいろんなことを思い出している。
中でも面白かったのは、お年玉・・・。
三人の孫に、一律一万円のお年玉を渡した。
五歳の孫娘Tは「紙のお金より丸いお金がいい~」と言って
笑わせてくれた。
そうだろうね、子どもが一万円札をもってコンビニには行けないもんね
娘が「このお金ならTの欲しいものは大抵のものが買えるよ」
孫娘T「でも丸いお金がいいの

よしよし、来年は丸いお金も入れてやるからね

今日は運動会

なのに、埼玉の2年生の孫は38度の熱を出しているとのこと。
滅多に熱を出さない元気な子なのに・・・。

早々とまさかの坂で転んだ子  タンポポ

孫台風は

午前中に和歌山へ進路変更をした。
はぁ~ヤレヤレ。ジイチャンバアチャン解放されましたとさ。
滞在は短かったのに、今までで一番疲れたように思う。
5歳7ヶ月と8歳、手間はかからなくなったのだが・・・。
恐らく毎日病人と静かに暮らしているからだと思う。

それにしても子どもはなぜ、あんなに元気なのだろう。
もっとも子どもに元気がなければ困るが

娘はびっしり予定を入れていて、予定を入れてなかったのは一日だけ。
4泊5日、子どもたちは十分楽しめたと思う。
小2のKは、スライダーのあるプールに行きたいと言っていたが、
室内プールならともかく、バアチャンも屋外のプールはご勘弁。
娘一人で二人を連れて行くのは無理、お父さんが一緒に来たときと
言うことで却下。

友人と行ったキッザニア甲子園が一番楽しかったらしい
キッザニアは、日本では東京と甲子園の二カ所しかない。

クロネコさん、パイロット、ブティック、消防士、お菓子作り、歯医者さん、研究者、etc.
色々体験できたようで、帰ってきてからも興奮して喋りっぱなしだった

お正月に来たときも行く!と意気込んでいる。

東京で行けばいいようなものだが、東京は中々予約が取れないのだそうな。


キッザニア1@





8月31日

今日は、次女の誕生日である。
早いもので長女44歳、次女は41歳になる。
今は、学者の婿さんと二人の子供に囲まれて、忙しくもそれなりに幸せに暮らしている。

ただこの娘にも、非常につらい試練があった。
16年前、私が脚の手術で入院している時、車通勤を願い出て、朝晩病室に寄ってくれていた。
この時、長女は嫁いでおり、今年高1になった息子を育てていた。

母親の勘で、お付き合いをしている人がいるのは、何となく解っていた。
そのうち「退院したら紹介したい人がいるから、会ってね」と言うようになり、その日を心待ちにしていた。
交際相手は薬学部を卒業後、大阪にある製薬会社に勤務していた。
結婚したら、北海道で薬局を開業するという夢を持っていた。

私が67日の、入院を終えて退院した時は、もう桜が散っていた。
それからしばらくして、彼が春の健康診断で引っかかり、出身地である横浜の病院に、入院してしまった。
横浜の病院というだけで、どこの病院か教えてもらってなかった。

《スキルス性胃癌》の診断を受け、娘とはもう会わないと決心し、大阪を引き上げ横浜での入院だった。
娘は、土日病院を探しに、横浜へ通った。
横浜の大学病院で、医師になっている友人がいると聞いていたので、大学病院へ行ったりあちこちの病院を探し回った。

今ほど個人情報云々と厳しくなかった時代だが、彼の名前を言っても教えてもらえなかった。
後で解ったことだが、やはり最初に訪ねた病院に入院していた。
ケータイが流行りはじめた頃で、毎日のように留守電にメッセージを入れていた。
留守電は聞いているはずだが、一度も連絡はなかった。
それでも娘は、彼が退院したら結婚すると、言い張って聞かなかった。
そんなことを許せるはずもなく、親子で悶々と日は過ぎていった。

長女のところへ一緒に、孫の顔を見に行くと帰りに、玄関を出ると必ず涙ぐんだ。
車に乗ると泣きじゃくった。
そして25歳の誕生日は、何事もなく過ぎた。

9月の中頃になり、彼の妹さんと友人の医師から、訃報が入った。
こともあろうに、娘の25歳の誕生日に亡くなっていた。
気が狂ったように泣きわめく娘、何とか出勤はするが、娘も死んだようになってしまった。
精神的に不安定なのは、自分でも自覚しており、医者のお世話にもなった。

その年のクリスマスに娘のPCに、亡くなった彼からクリスマスカードが送られてきて、娘の心をかき乱した
そして次の年も・・・
生前に予約で、カードの手配をしていたらしいが、私は無性に腹が立った。
26歳という若さで、たくさんの未練を残しこの世を去らねばならぬ、無念は十分に解る。
しかし一度でも愛した彼女に、亡くなってからこんな接し方をされては、この先、娘はどうすればいいのか。
こんなことをするなら、きちんと事情を話して別れて欲しかった。
娘は立ち直って、今後の人生をやり直さねばならないのだ。
幸いにも、カードは3年目には届かなかった。


その後、婿さんと知り合い、2年間アメリカへ留学するので、一緒に行ってほしいと言われた。
もちろん亡くなった彼のことは話してある。
そして娘の中で処理出来ているなら、結婚しようと言ってくれOKした。


2人で、あちらのご両親に挨拶に伺うと、印を捺した婚姻届が用意されていたと、帰ってきて嬉しそうに話していた。
「大事な息子が、どんな娘を連れてくるか解らないのに、婚姻届を用意してくれるなんて・・・」と感激していた。
最初は、挙式をしないつもりだったが、お母さんの「結婚式は、お嫁さんのためのものだから・・・」の言葉で、急遽挙式を決めた。
その後、両家初顔合わせ、結納、挙式準備と、渡米までの短い期間に、色々忙しくも楽しそうにしていた。

そして29歳の誕生日の翌日、無事に結婚式を挙げたのだった。
挙式が誕生日の翌日ということで、私は娘に本当に大丈夫なのか、もうふっ切れたのか確認をした。
すると意外とさっぱり「いくら悲しんでも亡くなった人は戻ってこない、私にはこれからの長い人生がある、人並みに幸せになりたい」ときっぱり言い切ったので、ホッとしたのは言うまでもない。

アメリカでの新生活から、京都、埼玉と生活の場を移して、明日は12回目の結婚記念日を迎える。
年齢の割に、子どもがまだ小さいので、これからも元気で夫婦仲よく暮らしてほしいと願っている。



夏休みのお楽しみ

  台風の中出かけた娘たちと友人。
  今日は水族館とホテルと言う、大幅に予定を縮小したらしいが「満喫~~」
  とLineが返っててきた。
  無事に着いてヤレヤレ・・・。
  写真を送ってきたが、孫娘Tはいつもならポーズを決めるのに、
  目の前のごちそうに気を取られて、カメラの方を見ていない。

  明日は夕食を食べて帰ってくる。賑やかに土産話を聞かせて
  くれることだろう。
  明日スペイン村かな?
  いっぱい楽しんでおいで。

  今頃娘たちは3人で酒盛りの最中だろう

続 誕生日プレゼント

来月は、埼玉の孫の7歳の誕生日がある。
今年のお正月、みんなが集まった時、長女の息子SがDSの3Dを持ってやってきた。
埼玉の孫KはDSを持っていないので、欲しそうにみていた。
友達は大体持っているようで、本人はお年玉で買うと言っていたが、親は買わせなかった。

我が家にいる間、DS本体は私が脚の手術で入院する時、次女が買ってくれたのがあったので、Sにソフトを借りて遊んでいた。
今も欲しいらしくて、今日フェイスタイム(テレビ電話)をしていると「僕のお誕生日はDSがいい」と言った。
やっぱり・・・来たか
3Dだと3万近くするらしい・・・ひぇ~~
1年坊主には勿体ないなぁ。ジイチャンバアチャンの懐がスカスカしていると言うのに・・・。
取りあえずは、欲しいソフトを買ってやって、本体は私のをあげようかな?
箱はないが新品同様なんだし・・・。


   2007.7.29 010k

初孫の誕生に大喜びの、和歌山のおじいちゃんに抱っこされて。
このおじいちゃん、酔った勢いで「うちも孫が欲しいんやあ・・・」と娘夫婦の前で言ったとか
兄さん夫婦には、まだ子供がいなかったので、待望の初孫として生まれ、それはそれは大事にされている。

7年の歳月は、夫の大病と言うアクシデントで、我が家の状況は一変してしまった。

孫の誕生日プレゼント②

16歳になった孫は、昨日ノートPCを買ってきたと、にこにこ顔の画像を送ってきた。

今回のPCの代金は、別れたお父さんが50,000出してくれるので、ジイチャンバアチャンは、残りの50,000を出すことで合意に至った。
海外製品はうんと安いが、欲しいソフトが入ってなかったりするし、メーカーサポートも欲しい。
そんなことで国内メーカー品を買ったという。


このPCが彼にどんな刺激や、可能性を与えてくれるのだろうか。
中学の時、一応PCクラブに入っていたので、PCを前にしてウズウズしているらしい。

さあ、50,000円振り込んでこなくちゃ

孫の誕生日プレゼント

IMG_1691@.jpg
今日16歳の誕生日を迎える長女の息子に、「プレゼントは何がいい?」と聞いてあった。
この子は我々にとっては初孫であり、この16年間色々貢いできた。

「広汎性発達障害」という障害を持っているが、欲しいものは年齢相応にある。
高校生になって、スマホデビューしたこの子が、何を欲しがっているのかちょっと楽しみであった。
クラスの女の子とラインをしているらしい、青春だねえ

この孫は鉄ちゃんである。今まで電車関連の物は色々与えてきた。
しかしながら、もう電車関係じゃない物がいいなとひそかに思っていた。
孫も大きくなるとプレゼントの額が、膨らむのは致し方のないことではある。
最近、自分のパソコンが欲しいと言っているのは、聞いていた。
う~~ん年金暮らしのジイチャンバアチャンには、気軽に買ってやれるものではない。IMG_3402.jpg

ネット環境が整ってなければ、日本のメーカーの物も、Eモバイルのセットとかで安くある。
長女はこの前の引っ越しで、乗り換えている。
海外製品なら安い。通販のJネットも安い。
色々物色しているようだ。

今回PCを買ってやれば、次は成人式までプレゼントは、しないでおこうかな?
もししても、年金生活のじいちゃんばあちゃんが、気軽に買ってやれるものにしようと長女と話している。

→は次女の結婚式の時、天使に扮してリングボーイをした時の物。4歳だったか・・・。こんなかわいい時もあった

今は時々髭を剃っているらしい(^_^;)

生まれた時、婿さんに「こんなかわいい子に髭が生えてきたらいやだわ~」というと「そりゃ生えますよ・・・」っと、こんな会話をしたことを思い出す。
親の身勝手で父親と別れてもう何年になるか。子供は時々会ったり電話をしていると聞いている。

早々と

埼玉の次女から、夏休みの予定を知らせてきた。
この娘は、昨年の夏休み明けからパートに出るようになり、それからは子どもたちを
幼稚園の延長保育に、お願いしていた。
長男は今春小学生になり、学童保育に入っている。

勤め始めた時から「来年の夏休みはどうするのだろう?」と気になっていた。
冬休みと春休みは、預かり保育で乗り切ることが出来た。
春休みは、まだ入学もしていないのに、入学式まで学童保育があった。

さて問題は夏休み、学童も預かり保育も休みの期間がある。
職場は夏場忙しいので、休みを取りにくい。
まだ1年生と年中さん、子供2人でお留守番というわけにはいかない。
学者の婿さんの出勤は遅いと言っても、10時までには出勤する。
そこで早々と予定を知らせてきた。

夫がもう少し元気なら預かってやれるが、今の状態ではとても無理。
それが解っているので預かってくれとは言ってこない
お盆前に娘と子供が、我が家にきて4日間の滞在。
その後、和歌山のおじいちゃんおばあちゃんに関空で引き渡し、その後、婿さんが和歌山に帰って
数日遊ばせて帰る。という計画を立てているらしい。
っが保護者のいない3~4日、おじいちゃんおばあちゃんが預かってくれるかどうか?
この子たちは、あちらにとっては初孫と2番目の孫、可愛くて仕方がないが、四六時中元気すぎる子供たちと、
過ごすとなると・・・。
我が家と違って元気とは言っても、普段二人で静かに暮らしている。
70歳を過ぎたおじいちゃんおばあちゃん、どうなることやら

親元から離れて生活をして、母親が仕事をするというのは、子供が小さいとやはり無理があると思う。
婿さんの妹さんは、外国人のご主人と子どもの3人で東京で暮らしている。
時々おじいちゃんおばあちゃんは、助っ人に駆り出されるらしいが、都合のつかない時は
ベビーシッターをお願いすると言う。


  R0013171.jpg


《ゴーヤ》の花が咲きだしましたが、まだ雄花ばかりです。
母なる雌花が咲かねば、収穫はありません。

フェイスタイム

昨夜のこと。
埼玉の娘から「Tがおじいちゃんおばあちゃんに、歌をうたってあげると言うからフェイスタイムしよう」と電話が、かかってきました。
そろそろ顔が見たいなと思っていたばちゃん、はいはいと軽いノリでipadを持って座りました
繋がるとすぐに、「遠足の歌を歌います」と一応お辞儀をして歌い始めます。
横で兄ちゃんのkが、テレビをつけているので、ちょっとそれも気になる4歳のTです。
「アナと雪の女王」に嵌っているTは、曲に合わせてなりきります
あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと忙しい。
一年生のKも運動会の練習をみせてくれます。

昨日は学者の婿さんが、家で仕事をしたいというので、子供をつれてお買い物に行ってきたこと。
Kがスクール水着や、折り畳みの傘を買ったこと。
Tがどうしても欲しいと言って、ひらひらのチュールのスカートを買ってらったのを、はいてポーズをして見せてくれます。
こんなところはやはり女の子ですね。

お昼にたべたもの、おやつに何を食べた・・・。
スーパーで何やら色々試食をしたこと
色々話してくれました。

ひとしきり喋ったらまた歌をうたいます。じっとしてないので、見てるだけで、じいちゃんばあちゃんは疲れました

Wi-Fi回線を使うので料金はかからないし、顔や動きが見られて、遠方に住んでいても距離を感じませんね。
まぁこれも小さい間だけですね。小学校の高学年にもなったら、きっと相手をしてもらえないでしょう。

@IMG_1639.jpg

       《シモツケ》

疲れた

今日はバツイチ子連れの、長女の引っ越しの日。
朝から引っ越し先の、留守番に駆り出されていた。
荷物の一つも運べる身体ではないので、あくまで留守番

ガスの開栓に立ち会ったのが、唯一の仕事だったが、夫は寝転んで本を読んでいた。

娘から言われた時、夫は軽く引き受けた。
とても1人で行けるとは思えないのに、引き受けた。

長女も「お父さんが1人でくるのは心配だな」と言っていた。
自分の体調を、どこまで解っているのだか・・・。

案の定、昨夜入浴前に血圧を測ったら、脈が150を超えていたらしい。
ホラ!言わんこっちゃない
最初の手術後、心房粗動と言われていて時々脈が速くなり、救急外来のお世話になることがある。

今朝は落ち着いていたが、知らん顔も出来ず一緒に出掛けていた。


       @IMG_1554.jpg

窓から地下鉄御堂筋線が地上を走るのが見える。

帰って5時から歯医者に行ってきた。

明日は、朝から感染症内科の受診日・・・世間はGWの真っただ中だが、今年も我が家には関係がない。
ふ~~

それぞれの春

昨日は次女の娘の始業式で、今日は長女の息子の高校の入学式だった。
そして明日は次女の息子の小学校の入学式。

次女の子供は、幼稚園を卒園してからも、3月中は幼稚園の延長保育で預かってもらっていた。
そして4月からは、入学もしていない小学校の学童保育で、お世話になっている。

元気で楽しく通ってほしいと願っている。

R0012489_1.jpg

年明けから

一週間早い早い・・・。

昨日は夫の面会と、自分のメンテナンスに整形外科のリハビリに行ってきました。

何分にも、去年から280日以上も入院中の、夫の留守でほとほと疲れ切っている私。
共倒れだけは避けたいと思っています。

病院へ行かない日は、どっこも出かけたくないのが本音です。
でも今日もメンテだけは行こうといっています。

田舎の102歳と91歳の両親の顔を見に行きたいのですが、往復230キロの遠出は今の私にはちょっと無理です。

昨年の4月26日以来行っていません。
この頃、夫は外泊許可が出て時々外出&外泊をしていましたが、この日の夜、大量の吐血をしたのです。
両親と過ごしたのは約20年ですが、夫とは40年以上一緒です。
やはり夫の面倒をみなくては・・・。

私には姉が2人と兄が一人います。
兄は当てにはなりませんが、姉たちが行ってきて様子を知らせてくれます。
施設でお世話になっている高齢の両親は、人並み?に認知症がだんだん進んでいるので、行くことの出来ない私には都合がいい面もあります。

両親が高齢で健在と言うことは、私にも長生きの血が流れていると思うと、やはり怖いものがあります。

嵐が去った後の

静けさは時として涙が浮かんできたりします。

次女たちは、昨日関西空港を6時前に出発して、深夜3時半ごろに埼玉の家に到着したそうです。
大した渋滞もなく子供たちは眠ったので、休憩をちょっと省略して走ったようです。


昨日娘が帰った後、私のPCデスクに娘からの手紙があるのを、見つけました。
意気地のない私は泣き出してしまいそうで、すぐに読むことができませんでした。


     *****************


おかあさんへ

色々と大変なときにみんなで押しかけて、お疲れになったことでしょう。

午後からはゆっくり、また自分のペースで生活してください。
心配はつきませんが、これも人生・・・これも運命・・・。
少しでも穏やかに楽しく過ごせる時間がまた戻るといいね。

お母さんも自分のお身体大切に。
遠慮なくグチったり電話してもらってよいので、心身ともひとりで全部抱えこまないよーに!!
いつでもヘルプ発信してよいのだよ。


O家の滞在費?食費?お年玉?お小遣い?トイレの修理代?どんな名目でも受け取ってもらえないと思うので置いていきます。

お元気でね(^^)/

                   ○〇み


読んで号泣したのは言うまでもありません(^_^;)


手紙にあるトイレの修理とは、トイレのタンクに水が溜まるのに時間がかかって、私一人だと不自由はないのですが、大勢になると流れなくて困ったのです。
築20年のマンションですので、無理もありません。
ウオシュレットは何度か代えたのですが、本体とタンクは最初のままです。
今度来るまでには修理をしないと・・・。
どうせならトイレ全体の、リフォームをしたいと思っています。


娘からの手紙に嗚咽するひとり     タンポポ

ランドセル

来春から一年生の孫のK注文していたランドセルが届いたと言う。
父方にとって初孫のこの子のランドセルを、我が家で買うかどうかちょっと考えた。
娘夫婦に判断を委ねた。
そしてあちらで買っていただいた。
我が家は何を買ったらいいか・・・。机は要らないというし・・・。

  
      

     IMG_1116@.jpg

最近のランドセルは、男の子のもカラフルなのが多いが、選ぶ前から近所のお兄ちゃんが持っている黒がいいと言い張って、無難な黒を選んだそうだ。
CMでもみかけるが、A4サイズのファイルが入るランドセルは決して小さくはないこの子が背負っても大きくみえる。

今日は・・・

孫のKとTの幼稚園の運動会でした。
思い返せば2年前の10月8日は、幼稚園の運動会を見るため埼玉に行く予定の日だったのですが、夫の急病緊急手術でお流れになったのでした。

Kは幼稚園最後の運動会で、ダンス、組体操、リレー等出番もたくさんあったようです。
Tは初めての運動会、お遊戯の時泣いて先生にだっこされていたそうです。
さっきもフェイスタイムで、2人の練習の成果を見せてくれました。
Kの組体操はなかなかのものでした(^_^;)

娘は10月から勤めに出るようになって、子供たちは延長保育をお願いしています。
そんなこともあって、Tは延長保育での自分の位置がキープできずにいるようです。



さて夫ですが、入院中は院内の散髪屋さんに行っていましたが、今日は行きつけの散髪屋さんに半年ぶりに行きました。
そう遠くはないのですが、2回休憩を取って行ったと言います。
退院後一番長い距離を歩いたと思います。

休憩をとれば、少しの距離を歩けることが解って、よかったと思います。


掃除しなきゃ・・・

12日に埼玉から孫たちがくる。
今回は新幹線で来るそうだ。
飛行機だと夫の病院まで近いが、Tが3歳になったので子供料金が必要とのことで、新幹線を2席取る方が安いとのこと。

初めての新幹線で、今から楽しみにしているようだ。
新幹線に乗る前には、お弁当を買ってのると嬉しそうに話しているK?

12日は娘が子荷物を連れてくるので、他の荷物は宅配で送ってくる。
14日はお父さんが飛行機で来て、見舞ってくれるらしい。
15日の手術に備えてみんなで、「おじいちゃんガンバレ~」とエールをおくってくれるらしい。

今回は我が家にいても、子供たちに楽しい思いをさせてやれないので、早々と和歌山に行くようだ。
2人が幼稚園に行っていると、行事も色々あって忙しいらしい。


今時ランドセル事情

孫のKも来春は小学一年生・・・。

去年の夏に来た時から「来年はランドセル買ってね」と娘から言われていた。

何でも少子化の影響もあって、ランドセルは夏に購入の予約をするのだそうな。
各メーカーから、色もデザインも値段も色々豊富な、ランドセルが出ている。

8月を前に考えた。
我が家でランドセルを買うのは一向に構わないが、和歌山のおじいちゃんおばあちゃんも、手ぐすね引いて待っているかもしれない。
何分にもあちらにとってはKは初孫なのだ。
Kが生まれた時、長男夫婦にはまだ子供がいなくて、「これで後継ぎが出来た」と大喜びしたのだった。

娘夫婦は春に引っ越しをしたので子供部屋が出来たが、学習机は買わないと言っている。
小学校入学のお祝いと言えば、ランドセルと机だと思うが、机を買わないとなると、両家で何を買うか、難しいところ。
一年生は机は要らないかも知れないが、ずっと要らないというわけでもないだろうし・・・。

さてどちらがランドセルを、買うことになるのか・・・?


6月24日は

孫のS大の誕生日、あれから15年も経ったのだ。
初孫にメロメロになっていた?

15年前・・・夫は役所の現役で責任ある立場で、元気に働いていた。

娘はふとした拍子に頻拍になる持病はあったが、概ね健康だった。
15年の間にはいろんなことがあった。

周囲とコミニュケーションを取りにくい、S大の障害は今後生きていくうえで、大きな妨げになることは間違いない。
自分の意思をハッキリ伝えられるようにならなくては・・・ガンバレS大

 IMG_0002@.jpg
  
小さな手小さな爪が生えている   aozora@

  

  15歳誕生日@.jpg

  大きくなったねえ・・・。


孫のお土産

今朝娘から「今家を出たから寄り道をしなければ、11時半ごろには着くと思う」とメールがあった。
孫からは梅田発10時54分に乗ると電話があった。


お土産はどこへ行っても、定番とも言えるストラップだった。
南の島らしいカメのストラップ、一応じいちゃんとばあちゃんは色違い。

  R0011976.JPG

アイフォン5のイヤホンジャックに入るようにできている。


う~~ん、このカメさん愛車の後部座席に敷いてあるのと同じ柄ä?
Sも車に乗るとき気が付いた?


じいちゃん食べる物はダメだからねと言ってあったらしい。
国際通りのお土産屋さんで買ったそうだ。

ひめゆり平和祈念資料館、美ら海水族館、万座毛ビーチ、ビーチでのビーチ何とか?
もちろん海に入って大はしゃぎしたようだ、国際通りetc.
多くは語らないが楽しかったようだ。
最終日は自由行動、タクシーを利用して回ったらしい。運転手さんの名刺をいただいていた。




お昼を食べにショッピングモールへ行くと、どのお店も2時からの交流戦の観客が多くて、席がない。
フードコートでビビンバを食べるというので席が空くのを待つ。
20分ぐらいまってやっと席が空いた。

  __@.jpg


娘に《ただ今チーズビビンバお召し上がり中・・・》とメールを送ると「右手が留守ですな(^_^;)」と返ってきた。

腹ごしらえをして±å

じいちゃんには黙って連れて行ったのでびっくりしていた。
お土産と元気な若さのパワーをもらって嬉しそうだった。

看護師さんに嚥下訓練用に預けてある、ゼリーとヨーグルトを持ってきてもらい、どっちがいい?と訊く。ゼリーを選んだS。

じいちゃんが口に入れたものをゴックンすると、すぐパウチに出て来るのは、さすがにショックを受けているようだった。


「もうSと山にもよう行かんわ、おんぶして行ってくれるか?・・・」などとしんみり言う



今日Sが来たので、クロゼットから扇風機を出してもらったり、羽毛布団の袋をあげてもらったりと結構役にたった。
扇風機やクーラーの出し入れ、あるいは暖房機具の出し入れは我が家では、結婚以来夫の仕事になっている。
今年初めて箱から扇風機を出して、1台だけ何とか組み立てた。出来るもんだ・・・?

今後夫が退院しても、高いところへ手をのばしたり、低いところでの作業は今まで以上に難しくなるに違いない。これからのことを考えていかないと・・・。


たまには嬉しいことを・・・

孫のSが修学旅行のお土産を明日持ってくると言って来た。
何を買ってきたのだろうか?
じいちゃん、ばあちゃん夫々にあるらしい。
じいちゃんにも直接渡したいと言うので、Sが来たら一緒に病院へ行こう。

この子は赤ちゃんの時から割合近くにいたので、土日はよく泊りに来ていた。
我が家の初孫で、じいちゃんはあちこちよく遊びに連れて行った。
ペーパードライバーのじいちゃんは、電車大好きのSを本当によく電車żに乗せた。
生まれた時から、ちょっとの移動でも車なので、電車に乗るのをとても喜んだ。
上りであっても下りであっても、一番前の車両の運転席の後ろ?
可愛がってもらったのは解っているのだろう。

もう今後一緒に出掛けられるかどうか解らない。


7000円のお小遣いは全部遣いきれなかったらしい。
一番楽しかったのは、最終日の国際通りの自由行動だったと言っている。

旅行から帰ってきた日、娘からは「それはそれはご機嫌で帰ってきた。普段あまり学校のことなど話さないのに色々楽しそうに話している」と聞いていた。

びっくりしたのは、先生から朝晩その日の様子をメールで知らせてくれたと言う。
これはSが障害を持っているから特別なのか、それとも全員になのかは解らない。
多分前者であろう。
こういう風に使うと、メールも一層便利なものだと思う。

さてお土産は何だろう?沖縄っぽいものだろうか?





修学旅行

中学3年生の孫のSが今日から、2泊3日で沖縄へ修学旅行に行った。
広汎性発達障害の彼もいつのまにかそんな年になった。
昨夏は太っていたが色々あって、年末に身長172センチ体重60キロ?とか言っていた。

伊丹空港での集合解散ということで、自分で電車の時間を調べて一人で行くつもりだったが、学校側から保護者付き添いでと言われたらしい。

大勢の中に入るのを苦手とするこの障害で、いつも「我関せず」的なところがあったが、今日は友達と仲良くワイワイ楽しそうにしていて、安心したと娘からメールが来た。
友達と楽しんできて欲しいと思う。お小遣いは7,000円だそうな。

下の写真から間もなく15年・・・。早いね、大きくなったねS大・・・色々あったよね。
負けないでね。



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生まれたてのほやほやデス・・・

羽のない天使生まれる夏の午後   aozora@




aozora@の中学校の修学旅行は東京・箱根だった。
淡路島から神戸までは船、神戸からは修学旅行列車「きぼう号」だったと思う。
50年も前のことはあまり覚えていないが、箱根から下りてくるときバスの後ろに富士山が綺麗に見えたのを覚えている。
そして国会議事堂前で「おらが国の先生」と記念撮影をしたこと、あと東京タワーに上ったこと。


ポシェット

昨日送ったのが、今朝10時ごろ届いたと電話があり、その後テレビ電話をした。
ピカチュウのポシェットを得意げにかけたK、何やら騒いでいるT・・・。

小さな箱に、子供の喜びそうなものを詰めて送った。
それの取り合いをしている。
Kがポシェットに、アンパンマンの飴を入れたので、Tが大騒ぎしているようだ。
リビングで大の字になって怒っている。かと思えば自分のポシェットに何やら詰めている・・・?兄妹はこうして大きくなっていくのだと、こちらは冷静にみていられる。

昨日はお父さんの職場の一般見学会があったので行って来たと言う。
そういえば埼玉へ引っ越した時、まだ赤ちゃんだったKは、発育の研究の一環として研究個体として協力していた。何かのお役にたったのだろうか?


午後、外泊3日目の夫が帰ってきた。
aozora@が言うまで食後の薬を飲むのを忘れている。

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  《八重桜》はまだまだきれい


孫からのリクエスト

先日、埼玉の孫とテレビ電話をしていると娘がKに「おばあちゃんにお願いするものがあるんでしょ?言わなきゃ解んないよ」と言っている。
何かな?と聞いてみると「K君もポシェットが欲しい・・・」

どうやらTの入園グッズを作った時、Tにアンパンマンのポシェットを作ったのを一緒に入れたのだった。Tはほかの何よりこのポシェットがお気に入りで、公園に行ってもスーパーに行ってもかけていくらしい。
それを見ていたKが「Tちゃんが持っていてオレが持ってないのはいやだ」と言ったらしい。
男の子がポシェットを欲しがるとは、思わなかったバアチャン、またしても大失敗?

夫が1日おきで外泊するようになって、少し気持ちに余裕が出来たので、リクエストに応えて作ってみた。
この上なくアバウトなバアチャンが、アバウトに作ったポシェット、Kの反応が楽しみである。


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kの《ピカチュウのポシェット》

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Tの《アンパンマンポシェット》


入園式と・・・

昨日は孫娘Tの入園式だったそうな。
途中から「飴ちゃんがたべたい」と泣いて困ったそうだ。
3歳と3か月まあまあそんなものだろう。
トイレのしつけもなんとか間に合った。この前テレビ電話をしていると、娘が「Tちゃん今日はどんなパンツはいてるの?」T「キティイちゃんのパンツ?」と言ってみせてくれた。

しかし引っ越してから2回失敗をしたそうで、1度はトイレの前、2度目は床下収納庫の上・・・まだ中に何も入れてなくてセーフだったようだ。

今日の午後はKの始業式、土日にするのは小学校との兼ね合いなのだろう。



入院は4週間になった。
今日は風がつよく病室から見る雲の流れも早くい。いつもの春霞はなくきれいな青空が見え、生駒山脈まで見えた。

昨夜遅くまた39度の熱が出たと言う。頭痛も続いている。
日曜日なのに朝からCTを撮ってきたと言う。

炎症の数値はまた9,8まで上がっている。aozora@が行っているとき、抗生剤の効果を高めるための点滴が追加された。
医者の口からお手上げとは聞かないが、かなり手こずっているのは確かなようだ。