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乳牛

CMを見ていて思い出した。
今はもう無いと思うが、私が育った田舎には、
ネッスル(現ネスレ)の工場があった。
そして工場にはハリスさんと言うスイス人がいた。
日本語も喋っていたように思う。何しろ60年以上も前のことだ。
当時田舎で外国人を見かけることなど、このハリスさん以外にはなかった。

記憶は定かではない。工場で何を生産していたのかも知らなかった。
ただその頃は酪農が盛んだったので、乳製品を作っていたのだろうと思う。
明治乳業の工場もあった。

小さな集落のほとんどの家庭でホルスタインを飼っていた。
毎日父が搾乳をした。搾乳を始める時にはコップを持ってこいと声がかかる。
絞りたての混じりっけなしの、人肌否牛肌の牛乳を飲んだ。
時には牛の毛が浮いていたりした。ベッタリと口の周りに脂肪が付いた。
どこからもお咎めはなかったが、衛生上問題があったと思う。
搾乳したのは缶にいれて朝まで冷やしていた。
そして朝、集乳所まで持って行った。貴重な収入源だったと思う。
実家も何十年も前に酪農は止めている。

昭和35年ぐらいのことだろうか。
小学生の時、文通をするのに「花とミルクとオレンジの島」と
呼ばれている淡路島に住んでいますと自己紹介をした。
今の淡路島は玉ねぎが有名だが、花の栽培も盛んだ
淡路島牧場では牛乳が生産されていて、
阪神間ののスーパーで販売されている。

父も母も祖父母も元気で家庭内もうまくいっていた。
古き良き時代を思い出した。