FC2ブログ

マスクや~い

当市でも昨日の時点で、7名の感染者が出ている新型コロナウィルス。
24日に退院後今まで行っていた整形外科にリハビリに行ったが
コロナウィルスの煽りを受けて、患者が少なかった。
時々窓を開けて換気をして、施術用のベッドをアルコールで拭いている。

マスクの在庫が少なくなり、退院後マスクを探しているがまだお目にかかっていない。
○SKULなどの安いところは売り切れなのか繋がらない。
仕方がないので割高でもと思い、楽天市場を見てみる。
この騒ぎになる前の一枚当たりのマスクの価格を覚えていないが、かなりの割高である。
ポイントを全部使っても一枚当たり38円になる。

そしてポチッとした。↓のメールが届いた。


タンポポ様

お世話になります。【○○fashion 楽天市場店】の【須之内】と申します。
先日は当店をご利用いただき誠にありがとうございました。

ご注文いただきました商品のご用意ができましたので、本日発送の手続きを行いました。

到着するまで一週間ぐらい時間かかります。申し訳ござませんが到着するまで少々待ってお願いします。

当然、お客様のもとに商品をできるだけ早くお届けするように、尽力しております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

何かご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください
今後とも株式会社○○をよろしくお願いいたします。

お荷物伝票番号は以下の通りです。
[送付先] タンポポ様
〒123- 456兵庫県 西宮市 ○○××03
(TEL) 0798-90-1234

[発送日]
[お荷物伝票番号]
[配送会社] ヤマト運輸
指定時間帯を過ぎても商品がお手元に届かない場合は、お手数ですが佐川急便の荷物問い合わせページから、お荷物伝票番号を入力して配送状況をご確認ください。


ご注文いただきました内容につきましては以下の通りです。

[受注番号]××××
[日時]2020-03-24 23:35:59
[注文者] タンポポ様
[支払方法] クレジットカード 一括払い
[クーポン利用] なし
[ポイント利用] あり
[配送方法] 宅配便

--------------------------------
[送付先] タンポポ様
〒123- 456兵庫県 西宮市 ○○××03
(TEL) 0798-90-1234
[商品]
【送料無料】マスク 3層構造 在庫あり 使い捨て 1箱 50枚入 不織布マスク 飛沫防止 花粉対策 防護マスク 大人サイズ(lt-mask-wh-50)
レビュー投稿でソックスプレゼントをゲット!(後日発送):-------------------
https://item.rakuten.co.jp/misei/lt-mask-wh-50/
価格 3699(円) x 1(個) = 3699(円) (税込、送料無料)

****************************************************************
送付先件数 1(件)
合計商品数 1(個)
商品価格計(税込) 3699(円)
--------------------------------
小計(税込) 3699(円)
送料(税込) 0(円)
ポイント利用 -1770(円)
----------------------------------------------------------------
合計(税込) 1929(円)
----------------------------------------------------------------


商品や発送などに関するご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

お支払いに関するお問い合わせは、楽天市場までご連絡ください。
■ヘルプ・問い合わせ https://ichiba.faq.rakuten.net

★【注文について】通常より2日から~5日ほど遅れます。お待ちのお客様にはご迷惑をかけて申し訳ございますが、なるべく早めに発送できるよう尽力いたします、どうぞよろしくお願い申し上げます。★

★新型コロナウイルスの感染拡大を受け、お客様の手元に早く届くように、配達時間の指定ができない場合がございますので、ご理解いただけますようお願い致します。★

★大変申し訳ございませんが、新型コロナウィルスの影響による急激に需要の高まりにより、マスクの原料や物流等のコストが高まった為、それなりに若干値上がりさせていただいております。★
-------------------------------------------------------
株式会社○○
××fashion 楽天市場店
  259-1306
  神奈川県秦野市戸川645-2古章ビル1F
  0463-12-3456
http://www.rakuten.co.jp/misei/
任 笑雨(misei@shop.rakuten.co.jp)
-------------------------------------------------------
───────────【楽天市場からのお知らせ】────────────
   楽天カードを使えば毎日「ポイント2倍」でお買い物ができます。
   しかも、入会者全員に2,000ポイントをプレゼント中!詳細はこちら
⇒ https://link.rakuten.co.jp/1/008/531/?url=2/831/68809/0/RC4
  
   楽天市場トップはこちら>>
   ⇒ https://www.rakuten.co.jp/?l-id=top_091
────────────────────────────────────

荷物の伝票番号がないし、宅配便に一週間もかかるって、そんなバカな。
この不自然なメールを見て、どうやら日本人では無いことが解った。

私はマスクを手にすることが出来るのでしょうか?

執刀医の出張


仏滅

   

  仏滅のオペが終わって青き空  タンポポ


今回手術をした2月3日は仏滅でした。
普段あまりそういうことを気にしないのですが、今回はとても気になりました。

そして術後3日目の6日から執刀医は出張でした。
代わりの医者がいるからと言いましたが、代わりの医者の顔を見ることも無く
一週間過ぎました。
その間、痛み止めの薬(セレコックス)で体中に薬疹が出て、かゆくてかゆくて参りました。
代診の医者の顔を見たのは、執刀医が顔を見せた前日の夜でした。

50日ぶりの我が家

午前10時20分頃に帰って来ました。
病院にいる時から帰ったらお風呂を沸かして湯船に浸かろうと
思っていました。
荷物を広げるのを後にして、沸かしました。
しかし困ったことに、今までと同じように入ろうとすると、どうしても
術脚の足首が引っかかって入れません。
そこで浴槽の縁に腰をかけ、片足ずつ入り何とか湯船に浸かることが
出来ました。
洗濯を干してベッドに横になると三〇分もしないうちに夫が病院から
帰ってきました。


今回の手術はどこの手術か、今まで書いてなかったと思いますが
左膝の手術をしました。
左膝は阪神大震災の後、痛めた右の股関節の影響で10年ほど前から
悪くなっていました。
今回思い切って手術したのですが、中々思うようには歩けません。
ただ左ですので、車の運転が出来れば何とかなりそうです。
昨日主治医の回診の時、聞きましたら「え!運転するの?」とビックリされて
しまいました
もちろんオートマですし、まだ運転はしていませんが、出来るだろうと
思っています。

50日も入院をしていると、髪は伸びるし白髪は目立つしまず美容院へ
行きたいと思います。
そしてスーパーにも行かないと・・・。
取り敢えず今晩はある物で食べます。

  五〇日解放されたおさんどん   タンポポ

退院決まりました

19日に退院が決まりました。
昨日から決まるかな?と思っていましたが、朝の回診時に
主治医から告げられました。ああヤレヤレと思ったところに
またです。
夫からのメールに、朝少し吐血したとあります!
大したことはないようで、自宅にいます。そして午後
ここへ来ると言うので、丁寧にお断りした次第です。
前回の吐血から1ヶ月経ってないのに、何なんでしょう。
前回大学病院での検査の結果、吐血する要因はないと
診断されましたが、どこも悪くなくて吐血するとは、
素人には考えられません。


皆様にはご心配をお掛けしましたが、19日に50日ぶりに
我が家に帰ります。
帰ったら帰ったで、心配の種と顔を突き合わせることになりますが
50年付き合って来た相方です、どちらかがくたばるまで付き合う
ことにしましょう。

コロナウイルス

転院をしてからテレビを見ていない。
一日300円でテレビと冷蔵庫が、使い放題なのだが、
日頃から私にチャンネル権がない我が家。
入院生活は、死ぬほど暇だと言っても、テレビをみたいと思わないのだ。
ましてや午後10時消灯では、2時間ドラマや映画は半分しか観られない。
ニュースはもっぱらネットニュースをチェックしている。

先程ネットニュースを見てビックリした。
アメリカの映画俳優のトム.ハンクス夫妻が、オーストラリア滞在中に
体調を崩し、新型コロナウイルスに感染したことを、公表したそうだ。


段々攻めてくるコロナウイルス。どう立ち向かえば良いのやら?
今も「当院は院内感染防止対策として、換気を行なっています。ご協力を
お願いします」と院内放送があった。看護師が2時間ごとに窓を少し開けて
回るのだ。
面会も厳しく家族以外の面会は禁止している。
こんな状態がいつまで続くのやら?
学校の休校で、色んなところに影響が出ている。

簡単に終息しそうにない新型コロナウイルス、この医療の発達した
世の中で手も足も出ないのか?

転院しました

お雛様の昨日、転院しました。
今度の病院は、夫が自転車で転んで大腿骨を骨折した時
入院手術した、市内の病院です。自宅からは近くなりました。
今回も窓際のベッドですが、見えるのはマンションと
休校中の学校です。

今日からリハビリです、間もなく始まります。

早いもので…

入院してから、4週間が経ちました。
本来なら術後3週間で退院して、リハビリ病院へ
転院なのですが、血液検査で何か引っかかっていて
転院出来ずにいる。

今朝採血をして、その結果数値は良くなっていると
主治医から、夕方聞いたので、近々転院になるだろう。

転院は最初から予定していなかったので、困ったなと言う
感じである。何分にも爆弾を抱えた夫が留守番をしているので
早く帰りたい。
転院先は、ここより我が家から近いので、何となく安心している。
さてリハビリ病院から何日で解放されるのか?

忙しいのは解るけど

コメントにお返事が出来ていません、お許し下さい。

術後10日になりました。リハビリも少しずつ進んでいます。
自慢にもならないけど、この病院に入院するのは今回で3回目。
しかし今回が看護師の対応が一番悪いと思う。
もちろん良く気がつく看護師の見本のような人もいる。


膝の曲げ伸ばしの機械を使った後とか、リハビリの後は
氷嚢で冷やします。
氷が溶けてしまったのでナースコールで「氷下さい」とお願いした。
「は〜い」と返事があったにも関わらず、一時間経っても氷はこない。
製氷中なのか?一時間後再度お願いして、10分後にやっと来た。

一人での移乗はまだ許可されてないので、じっと待つしかない。
「用があればナースコールを押して下さい」
しかし肝心のナースコールに手が届かない。
或いは尿管が取れてトイレに行きたい時、余裕を持ってナースコールを
押すものの中々来てくれない。年寄りはそんなに待てないのだ。

一番イラッとしたのは、術後身体中が痒くて痒くて、それを訴えるも「乾燥肌やね」
で済まされた。今までこんなことになっことはなかったし、主治医の指示を受けて
痒み止めの薬が出そうなものなのに。

執刀医は6日から出張中でいない。代わりの医者がいるからと言っていたが、
一度も顔を見ていない。

シャワーを浴びた日のこと、自宅から持ってきてもらった尿素入りの
ハンドクリーを取り敢えず背中に塗ってもらった。
翌日着替えの時、病衣の下に着ているシャツにベッタリクリームの跡が
ついている、シャツは痒くはないと思うよ。普通は伸ばすものでしょ!

身体中が痒いと言ってから、4日目にやっと出た。

クレーマーにはなりたくはないし、ゴマメの歯軋りかも知れないが、
一言物申したいと思う。

バアさんでもこれはイヤ!

どうにかこうにか術後5日目です。ベッド上でのリハビリはありました。
昨日から少しほんの少し歩行器を使って歩く練習をしています。

20年前にもこの病院には、若い男性看護師がいました。今もいます。
膝の曲げ伸ばしをする機械をセットしたりするには、重いので重宝
するでしょう。
血圧測定、体温測定などにはなんら問題はありませんが…。

昨日初シャワー浴びたのに、今日オシモの清浄をしましょうと
言うではないか。私未だ尿管が取れてないのです。
身軽に車椅子に乗れなければ、トイレに行けません。
「女の人はいないの?」
「今日はスタッフが少ないので…」
「なら良いわ」
「そう言う訳には…」
「じゃあご自分でお願い出来ますか?」

向こうは慣れているだろうけど、幾らバアさんでも私はイヤだ。
相手は未だ若い男性看護師ですよ。
皆さんはどうですか?意識がないなら恥じらいもありませんがね。
もう長年夫にも見せたことないのに…😝

男性看護師の起用の仕方を、考えて欲しいなと思ったのでした。



良し悪し男性看護師の起用  タンポポ



コメント欄開けていますが、お返事は出来かねます。
ご容赦願います🙇‍♀️

その後

昨日今日と寒いようですね。

コメントいただきまして、ありがとうございました。
オペの翌日から熱が出てまして、やっと今朝平熱に
なりました。
その間ただひたすら寝ていました。
いくらでも寝られるものです。
ベッド上のリハビリは、膝の曲げ伸ばしを
明くる日から午前午後の2回しています。
1日目のリハビリは、熱のため休みました。
昨日からリハ室でのリハビリ。開始しています。
まだ脚が自分の意思で動きません。


几帳面だけが取り柄のような夫ですが、何とか暮らして
いるようです。
食事はミールタイムというところで、療養食を買って冷凍室に
入れてあります。
平成令和の時代では嫁の来てがない、昭和の男です。


ジイさんになった私の惚れた人   タンポポ

取り敢えず

   
  仏滅のオペ無事終わり良い天気  タンポポ


ご心配をおかけしましたが、元気です。
昨日夫は早くにきたのですが、手術が終わって執刀医から
話があるにもかかわらずデイルームに居なくて、電話を掛けても
出なかったようで、全く役に立ちませんでした。

手術室には歩いて行きました。
入ってみると何と朝一の患者が、私を含めて
十人でした。
私はJの手術室でした。
手術室は13あるそうです。











旧作から

iPhoneから初めての投稿、上手く出来るかな?


明日手術逃げ帰るなら今のうち  タンポポ

手術同意書病院側の免罪符   タンポポ

病人になり切るためにパジャマ着る  タンポポ

ケアハウスの母に黙って手術する   タンポポ

手違いなどあってはならぬ手術室  タンポポ

そうなんです、明日約12年ぶりの
手術なんです。しかも仏滅…😭



明日の朝一8時50分からなので、40分には
部屋を出ます。

部屋に戻るのは12時頃とのことです。

何回しても慣れることはありません。
11回も手術をした夫には敵いません。
無事復活したらまた更新します。

骨密度の測定

先日、骨密度の測定をした。大体年に3回している。
今回は前回より、何故か5%も上がっている。

IMG_20190509_0002_NEW.jpg



骨密度を最初に測ったのは、もう10年以上前だと思う。
その時は、くるぶしの辺りに水?を流して測った。
同じ方法で別の所でも測ったことがある。
そして今行っている整形外科では、手の甲をレントゲンを撮って測った。
これの結果は後日伝えられた。
2年ぐらい前から今の検査方法DEXA法という機械で、ベッドに仰向けになって
とる。時間は10分程度。非常に正確に測れるのだそうな。
大腿骨と腰椎で撮るのだが、私は両股関節が人工関節のため
腰椎のみでとる。この結果はすぐに出る。

検査結果を見る限り、骨粗しょう症は今の所大丈夫だ。
月に一度骨粗しょう症の薬を飲んでいる。そしてもう一錠、
小腸でのカルシウム吸収を助け、骨の新陳代謝を改善する薬を毎朝飲んでいる。
素人考えでは、この数値なら薬は不要ではないかと思う。


歳を重ねると「いつの間にか骨折」のリスクが高くなってくる。
尻餅をついたり、くしゃみをしただけでも骨折すると言うので、気を付けねばと思う。



ついてなかった日

昨日は眼科に行ってきた。
瞳孔を開く散瞳検査のため、いつものように車で行けないので
目の前のバス停から、JR甲子園口行きのバスに乗るつもりで
バス停に行った。何の気なしに時刻表を見ると赤字で
「このバスは阪神甲子園には行きません」と書いてある?
そんなの聞いてないよ。仕方なしにタクシーを呼んだ。
私は身障者のため、バスは健常者の半額で乗れる。
タクシーは一割引きで乗れる。

そして昨日は花粉症が、今期マックスだった。
今までは目には来ていなかったのに、鼻水は出るし、
大きなくしゃみが何度も出るし、
そしてくしゃみをすると、2日前から違和感のあった腰に響くし


本当に昨日は  でした。

八割方私は死んだ花粉症  タンポポ


今日も鼻がモゾモゾと気持ちは悪いのですが、昨日とは
雲泥の差です。楽です。

まだこの先、一月付き合わねばなりません。

四月末花粉症から生き返る  タンポポ


31日は自治会のお花見ですが、どうしよう・・・。

   キュウリグサ

                       〈キュウリグサ〉

       茎もめば胡瓜の匂いキュウリグサ   タンポポ



人工股関節置換術

        2018年
                                                                                                                                          

旧作から         ↑2018・05・11撮影

         私の股関節新品にする  タンポポ


20年前に右脚の股関節を、10年前には左脚の股関節を人工関節に
置き換えている。そして身体障碍者Ⅱ種3級になった。

歩き始めた時、アヒルのようにお尻を突き出して歩く姿を見て、慌てて医者に行ったという。
先天性股関節脱臼と診断された。
取りあえずおしめが外れたらギプスをすることになった。
おしめが外れて、ギプスをはめたのだと言う。
ギプスをはめておんぶして帰ってくる時、麻酔が覚めずか細くあ~あ~と
呻く私に母は、この子はこれで阿保になるのではと、心配したそうだ。
麻酔が覚め、そう賢くもないがどうにか、人並みに育った。

ギプスは今のような簡易なものではなく、板でがっちり固定されていたそうだが、
私にはもちろん記憶がない。姉や兄たちは覚えている。

子ども時代も成人してからも、何の不自由もなかった。
友達と同じように飛んだり跳ねたり出来た。
昭和25年当時の医療技術で、よくも完璧に治ったと、今になって思う。
私がギプスをしていた姿を知っている人は、治ってよかったと喜んでくれたものだ。

調子が悪くなったのは、平成7年の阪神淡路大震災の時、ガスも水道もストップし、
重い水を何度も運んだ、その後である。
その年の夏ごろから違和感を感じるようになった。
なんとなく、成人しても骨の形は変わらないだろうから、やっがて悪くなるかも・・・と
思ってはいた。
当時マンションの管理人の仕事をしていた。
朝晩の巡回と後は、窓口でほぼ座っているだけの仕事だったが、
段々痛くなってきたので、整形外科に行った。

股関節の軟骨がすり減っている、痛み止めの注射をしましょうと言われ、
何の疑いも持たず、月に2回計8本の注射をした。
それで痛みが無くなるわけでもなく、ますます痛くなった。
ある日これ以上我慢が出来ないと言うと、後は手術しかない。大学病院を紹介すると
言って近くの大学病院を紹介された。
この大学病院は、40歳の時お腹の手術をしその時とても嫌な感じを受けたので
受診をしなかった。ほかの大きな病院へ行った。

そこでレントゲンを撮ると、骨頭壊死と言われて、注射を打っていた病院でレントゲンを
借りてくるように言われ借りて見せた。
わずか半年余りで急速に悪化していた。ステロイド注射だったのだ。
注射を打つ時医者からは、この注射について何の説明もなかった。
ただ注射を打つと楽になると言われた。

もう人工股関節置き換えの選択しかなかった。
術後は快適であった。あんなに痛かったのが嘘のようだった。
あれから20年、当時の人工関節の寿命は約20年と言われていた。
今はまだどうもないが、再置換も視野に入れないといけなくなっている。
先週、年に一度の整形外科の受診をしてきたが、まだ大丈夫らしい。
次回からは半年の検診になった。
股関節が悪かった時、無理をしたせいで今は膝が痛い。

歳をとってよくなるものは何もないと、情けなくなってくる。

認知症

叔母は現在91歳、長女である母は95歳、三女である叔母は、2年程前に
亡くなった。
母も叔母も認知症である。
先日叔母から電話がかかってきた。

○子から最近電話がないけど、どうしてるのやろ?
叔母ちゃん○子おばちゃんは死んだよ。
え~○子死んだん?いつ死んだん?

前回電話で話したときは、○子が死んで寂しくなったわ。
よく電話で喋ってたから・・・。と解っていたのに、この日は
すっかり忘れていた。
母が施設へ入っていることも忘れていた。
全て初めて聞いたようにビックリしていた。
私らのお父ちゃんお母ちゃんは?
叔母ちゃん、おじいちゃんおばあちゃんは、もう40年も前に
死んだよ。
そう・・・そうなん・・・。

今日従妹から電話があり、この話をすると、電話をかけられるのや!と
ビックリしていた。
そんな叔母だが一人で暮らしている。
よく一人で暮らせていると思う。

従妹が実家へ行くと、朝から何も食べてないというらしい。
ヘルパーさんとの連絡ノートには、ちゃんとモーニングを食べたと
書いてある。
認知症あるあるなのだ。

どこまでが本当なのか正気なのか従妹にも分らない。
従妹も毎日は行けないが、行くと寂しいと泣いて、従妹の家の
隅にでも置いて欲しいと、言うのだそうな。切ない。

親子と言えど、認知症が進んでいく母親に付き合うのに疲れたと
いう従妹。
我々姉妹は、母が今のように認知症になる段階では、すでに施設に
入っており、そのしんどさを経験していない。
従妹にお疲れさまとしか言えなかった。

今更ながら、高齢で認知症の親の世話をしている人がたくさん
いることを思い知った。
親の面倒をみている子供たちも、それなりに高齢者と呼ばれる
年齢になっているのだ。
いつかは我々世代も世話を掛ける年齢に必ずなる。
さてどうしたものか・・・。

叱らないよう気をつける認知症  タンポポ




40歳の時、卵巣嚢腫の手術のため大学病院の婦人科に入院した。
今では珍しい8人の大部屋だった。
すぐ打ち解けてみんな仲間になった。
婦人科の病気は子宮癌、卵巣癌、子宮筋腫、卵巣嚢腫、それと胞状奇胎の人もいた。
病棟全体では、やはり子宮がんの人が多かった。
年齢は関係なし・・・。20代~80代の方がいた。

入院するまでは大病のように思っていたが、ほかの人たちの苦しみ方を
見ていると何だ私なんて大したことはないのだと思った。
何より悪いところを切れば治るのだ。
それを教えられたのは、明日退院と言う日、同室のTさんと退院受診をし、
Tさんを待っている間、Tさんのご主人と話をした時だった。
「切って治るものはよろしいわ。本人は知りませんけど家内は手遅れですねん。」
ええ~~!!びっくりしたのは言うまでもない。今の今まで考えてもなかったのだ。

子宮癌だった。
本人は微塵も疑わず、明日の退院を喜んでいた。
病棟へ戻り、どうにも苦しくて悲しくて一昨日オペをしたKさんに話した。
2人で泣いた・・・。
私はその後、屋上(当時の屋上は洗濯物を干していた)に上がって、声をあげて泣いた。
そのTさんは1年後に亡くなった。

このときの入院で仲良くなった人の殆どは、子宮癌卵巣癌で亡くなった。
kさんもいったん元気になり仕事に復帰していたが、5年程前に亡くなった。

私の周囲で亡くなった人の殆どは、癌で亡くなっている。
やっぱり癌は怖い病気だと思う。
なのに子宮癌検診も乳癌検診も、もう長い事受けてない。罰があたるかも知れない。

MRI結果・・・

結論から言うと変なものは、映っていないということだった。
検査当日とあくる日、あまりの気分の悪さに寝ていたというのに、
異常は見つからないって・・・それはないでしょ?って気がする。

それに確かに左ひざの裏に、指先に触れる何かがある。
そしてどうかした拍子に、その何かが関節に挟まってアイタタタ!
しかし医者としてもMRIに映ってないものには判断を下せないと
いうところだろう。
もっと大きくなれば、MRIに映るのかも知れないが・・・。

これで一安心と行かないのがつらいところ。

MRI

先日、ある総合病院でMRIを撮って来た。
この病院では右脚を手術する時(約20年前)にも撮っている。

ただ今回と比べて、そんなにダメージが大きくなかったように記憶している。
今回はマイッタ。防音のためヘッドホンをしていても、そのうるさいことうるさいこと。
これには参った。

今回撮ったのは左膝。膝の後ろの角になんだか解らないが、
親指の先ぐらいの肉の塊のようなものがある。
それが関節に入った時、痛くて暫く膝の曲げ伸ばしが出来ない。
先月、股関節の年一回の定期検診に行ったとき、医者に言うと
MRIを撮りましょうと言うことになった次第。

撮り終えた時、頭は自分の頭ではないようだった。
取りあえず頭を抱えて休憩した。
膝でこれなら、頭だとどんなだろう?

結果は明日聞きに行く。
悪いものでなければいいのだが・・・。
悪性のものでなくても、取り除かねばこの痛みからは
解放されない。しかし簡単であれ手術と言うことになれば
病気の夫をどうするか・・・。
子どもではないので一日ぐらい何とかなるだろう、しかし三日あるいは一週間。

食の制限のある身で、どうしたものか?
頭の痛い話である。
そして糖尿のある私は、簡単に手術が出来ない・・・。

眼科定期健診

日帰りで白内障の手術をして、早や13か月と少し・・・。
気が進まないままに手術を受けてたものの終わってみると
心配するより簡単だと思った。

医者からは術後はとてもクリアーに見えますよと言われ、
今もきれいに見えてます!とかわいくないことを言った

実際術後の目は、太陽はもちろん青い空が眩しかった。
車の運転にサングラスが欠かせなかった。
この一年は月に一度の通院だったが、今日1ケ月半ぶりに
受診してきた。
異常はなく、きれいだと言ってもらえた。
視力は1.0出ている。今のところ問題はない。

車の運転をするので、眼内レンズは遠くを見るものに合わせた。
手元を見るのに眼鏡を購入した。
新聞を読むには眼鏡がいるが、スーパーでの買い物などには、
眼鏡なしでも不自由はない。

最近目が慣れたのか、以前ほど眩しくなくなった。
私は糖尿があるので油断はできない。
気長に付き合っていこうと思う。

術後の目


     ≪青空がくっきり見える術後の眼  タンポポ≫

心配事

いつも心配をかけている夫の妹や兄に、手術が無事に済んで
退院をしたと報告をした。
ついでと言っては何だが、義妹に脳内出血でもう5か月も昏睡状態の
旦那さんの様子を訊いた。
義妹の旦那さんのHさんは、糖尿で左足の膝から下を切断、その後、
脳梗塞で右半身麻痺。
そして5か月前、脳内出血を発症したのだ。
一時名前を呼ぶと声のする方を向いていた。もちろん視線は合わなかった。

右脚に触れて「脚上げて」と言うと動かしていた。
ただ名前を呼ばれて返事が出来ないこと、体の自由が利かないことが
悲しいのか、声にならない声で泣いていた。
面会に行っても悲しくなるだけだった。

それが今は何も反応がなくなったという。
名前を呼ばれてもスースー眠っているだけだという。
食事はずっと鼻から・・・。

義妹に辛いねと言うと、もう腹をくくった。
今よりよくなることはあり得ないという。
生まれたての赤ちゃんでも、おっぱいを飲んで手足をバタバタさせる。
赤ちゃん以下だという。
緊急搬送された病院から今の病院に転院したのが12月。
そして今の病院にいられるのは6ケ月、後3ケ月だという。
次はどこで引き受けてもらえるのか、見当もつかない。
今いるのはリハビリ病院だが、リハビリはしていない。

もうだいぶ前に「もしものことがあった場合、延命措置をどうするか
親族で話し合ってください」と言われたと言っていた。

現在72歳、本人には自分の状況は何も解らないだろう。
厳しい現実を突きつけられている。

夫のように10回も手術をして、なおも苦しい中でも生かされる。
どちらがいいか悪いかは一概には言えない。本当に人生色々。
神様の掌にある命だとつくづく考えさせられる。

大阪梅田の事故

25日に大阪の繁華街で起きた、車の暴走事故は、運転手の急な病気の
発症による物と判明した。
夫が2011年10月に、当時勤めていた事務所で倒れ、緊急搬送・手術をしたのも、
この急性大動脈解離だった。
健康診断でも判らない、健康な人が突然発症する病気だと、説明を受けた。
夫も当時は健康体で、この病気に関係の深い血圧も高くはなく、むしろ低めであった。
発症すると医者の診断を受ける前に、死亡する確率が高いとも聞いた。

友人のご主人もそうだった。朝元気に出勤し、倒れる直前に友人に電話を掛けてきて、喋ったのだという。時間からみて電話で喋った直後に倒れたようだった。
人の目のある事務所ではあったが、机に伏せているのをみたが誰も気にすることなく
昼休みになり、昼食に行こうと声を掛けて初めて異変に気付いた。
その時はすでに心肺停止だったそうである。

夫が約10時間の手術で助かったのは、極々運が良かった。
術後の長い意識障害はあったが、23日の入院の後、足取りはゆっくりではあったが、
自力で退院し、一日だけ休養した。
その後、職場復帰をし、残りの半年間勤められたのは、今考えると奇跡だったと思う。

今のように弱ってしまったのは、一年後にMRSA感染症を発症したためである。
その後の度重なる緊急入院と手術で生かされて、苦しい日々を送っている。

過去記事はここ。ここ緊急入院

病気はいつ誰がどのような形で発症するかは解らない。
ハンドルを握る身としては、事故もそうだが今回のようなことも絶対避けたいと思う。
異変を感じたら直ぐ停車し、ブレーキをかけ、エンジンを切ることを心がけたいものである

脳内出血

義妹の夫のKさんが脳内出血で倒れ、もう一か月間昏睡状態になっている。
まだ72歳。いつ何時何があるか解らない。

糖尿病で左脚の膝から下を失い、その後、脳梗塞で右半身麻痺。
そして今回の脳内出血。
先日倒れてから初めて、リフトで入浴をさせて貰ったが、それでも目覚めることはなかったと言う。

夫のように何度もオペをして、十分食べられない身体で生かされるのも、
本人にとっては苦しいが、次々と重い病気に見舞われるのも苦しい。
ただ今回の脳内出血は、本人には解らない。

つくずく我々の命は神様の掌にあると思う。

神様の手に握られている寿命    タンポポ




          kamisama.jpg

         イラストは無料素材屋さんからお借りしました。

左目術後3日め

本日も医者通い。
4日間だから明日まで。そしてその次は月曜日なのか火曜日なのか?
明日行ってみないと解らない。

医者からは左目も手術は大成功だと言われたが、
右目ほどの感動がなかった。
元々左目の方が、網膜の状態が悪かったので、視力もあがっていない。
視力は一カ月ぐらいで落ち着くと言うことだが、今日の左目の視力は0.8だった。
左眼だけで見ると、色彩も文字も右目とは全く違う。

カメラのレンズに例えられる水晶体の濁りが取れたことで、網膜の状態が
よく診ることが出来るようになった・・・これで良しとしよう。
通院はまだ続くし、一日5回の目薬もまだまだ続く。

今日から約一カ月の間、貸し出し用の手元用の眼鏡を借りて来た。
やはりよく見える。今までは新聞などは裸眼で見ていたが、PCを触る
時だけ老眼鏡をかけていた。

眼科の隣にある眼鏡屋さんによると、術後の視力は日々変わるそうで、
視力が落ち着けば、手元用の眼鏡を作る必要があるようだ。



昨日叔母と話をしていて、加齢黄斑変性の話しになった。
90歳の叔母はこれに罹っており、物が歪んで見えるので1人では
遠出が出来ないと言う。


試しにここでチェックすると、右は歪みもなくきれいに見えるが、左は一部歪んで見える

術後3日め

右目の白内障の手術をして今日は3日め。
手術の翌日、目を覆っていたガーゼをとった瞬間ビックリ
予想を上回るクリアーな世界が広がった。

術前医師からは「手術をするとこれからの季節青空が大変綺麗に見えますよ。白い物はより白く、全く別の世界になります」と言われていた。

ところが私「今も綺麗に見えているし、裸眼で新聞が読めるし・・・」と本気で思っていた。
夫の9回に及ぶ手術で、今もほとんど声が出ない状態の中、夫婦で医者不信になっている。
だから頭から疑ってかかっていた。

ところがどうだ、未手術の左目と比べると、雲泥の差である。
今まで見ていた青さ白さは、かなり濁っているのだ
疑ったことを反省している。

眩しいくらいに青く白い。
新聞がこんなに白かったとは・・・。
色んな色に囲まれて生活いるが、藤色だと思っていたTシャツが紫に近い。
ベランダのお花の色も、思っていた色より鮮明な色をしている。

今は毎日術後の通院をしている。
医師は手術は大成功だと言ってくれた。
視力も術前は0.7ぐらいだったが、今日測ったところ1.2まで出ていた。

iphoneもiPadPCも、今までと同じでは眩しいので、少し彩度を下げた。

それぞれの手術は違うかも知れないが、同じ日に7名が手術を受けた。
手術そのものは、考えていたより簡単だった。
リラックスさせるためか手術室には、静かに音楽が流れていた。
術中ずっと目の上を水が流れてるようだった。
恐らく消毒液や目薬だったのではと思う。

手術室へ入って出てくるまで、約20分ぐらいだった。
術中、術後、痛くも何ともなかったのが嬉しい。

今は寝るとき以外は保護眼鏡をしている。
寝るときはガーゼをテープで止め、上からカップを被せそれをまたテープで止めている。
今日から、首から下はシャワーが出来る。
うっかり顔にシャワーを掛けないようにしないと・・・。
実は昨日の朝、歯磨きをしていて保護眼鏡がずって来るので、外していた。
そして歯磨きをしたその流れで、目をつむっていたが顔を洗ってしまった。
慌てて目薬をさし、診察時そのことを報告するも異常がなくホッとしたのだ。

来週左目の手術をする。
今度は安心し、医師を信じて受けられると思う。
案ずるより産むが易し、こんなことをいうのだとつくづく思った次第であった。

イマイチ気乗りがしないが・・・

いよいよ明日、日帰りで白内障の手術をする。
明日は右目、来週は左目をする。

今新聞が裸眼で読めるので、不自由をしていない。
よって気乗りがしないのである。
ただ糖尿があるため、診察で目の奥の状態を診るにはレンズが
曇っていると見にくい。それで手術を決めた。

尤も手術の話しは2年前から出ていて、度重なる夫の入院で延び延びに
なっていた。
夫の様子をみて、大丈夫そうなので、今回決めたと言うこともある。

2~3日は、テレビもPCもiphoneとも距離をおかねばならない。
当然、車の運転もしばらく出来ない。
顔も洗えないしメイクも出来ない。
シャンプーもしばらく出来ない・・・

あ~あ、どうやって生活をしよう・・・(ーー;)



癌との闘い

9回も手術をした夫は、癌でもなく生かされている。
食道を失い、毎日苦しい思いをしているが、癌ではない。

私の周囲には癌で、命を落とした友人知人が多い。
膵臓癌で亡くなったKさん。
子宮癌で亡くなったTさん、Mさん。
乳がんでなくなったHさん。
骨肉腫で亡くなったTさん。
この骨肉腫で亡くなったTさんは、「愛と死をみつめて」の大島みちこさんと
同じ病気だと言えば、同年代の方はご存じだと思う。

やはり癌は怖いなと思う。
出来るなら癌以外で逝きたい。

93歳の母はも、しかしたら大腸癌かも知れない。
もう数年前、特養にいるとき入院し、医師からそう言われた。
ただ高齢のうえ、検査が苦しいこともあり、医師からは検査を勧められなかった。
私たち三姉妹もそれに同調した。
もし検査をして癌が見つかったとしても、二つ折れの母の手術は容易では
ないことは想像できる。
これは我々3人で決めた。三姉妹ははるばる阪神間から面会に行っているのに、
地元に住み20分もあれば行ける兄夫婦は、一切面会にも行かない。
そんな兄たちに言う必要もなかった。
それから母の体調に大きな変化もなく、穏やかに暮らしている。

そして今また幼なじみが、乳癌ステージ3を宣告されたと知った・・・。
安易にかける言葉が見つからなかった。
気持ちがざわざわする。


     @IMG_0464tuyu.jpg



  

我が家の医療費は

恐ろしいことになっています。
市には悪気はないと思いますが、↓の、お知らせが来ると申し訳ございません。
ありがとうございます、と頭をさげています。
いくら頭を下げて申し訳ないと思っても、生きている限り薬の必要な身体なのです。

夫婦2人の2ヶ月分の医療費です。2人分で約500,000円。
夫は一割負担、私は3級の身障者のため支払いは少ないのです。
国保の料金も高いなと思っていますが、この金額をみるとありがたい物です。
そしてわずかではありますが、毎月高額医療費が返金されますm(_ _)m

2ヶ月でこの金額は、我が家の年金ではとても支払えません。
貯金を取り崩したとしても、直ぐに底をついてしまいます。


山ほど飲んでいる薬代が高いのです。
いつも行く調剤薬局さんのお得意さんです。
そのうちお中元やお歳暮が、届くやもしれません。

開業医で診察を受けられない夫は、今日は大学病院の歯科口腔外科に行っています。

通院の、9回13回は私のリハビリですが、料金の支払いは一つの医療機関で、月に2回です。
健康保険のありがたさが身にしみている年金生活者です。

@IMG@l.jpg

肩の痛み

もうずっと前から、クロールをする時、左の肩がスムーズに回らなかった。
それから何年もして、左手首の橈骨を骨折した。
骨折が治ってから、三角巾で腕を吊っていたせいか、肩こりが酷く、肩も痛いので受診した。
五十肩の診断が下ったのは、6年ぐらい前のことになる。
その後、まじめにリハビリに通い鍼も打った。
それでも思うように良くならなかった。
ところがある日、突然うそのように軽くなり、回しても痛みがなくなった。
その間、3年ぐらいかかったように思う。

痛みがないというのはありがたいことなのに、それが当たり前になるとそのありがたさを忘れてしまう。
そうして浮かれている間に膝を傷め、古傷の腰まで痛くなった。
また整形外科通いが始まった。

忘れていた肩も、また少しずつ痛くなってきた。
五十肩が、治りきっていないものと勝手に思っていた。
かなり気になり受診をし、レントゲンを撮った。

その結果、肩の骨が石灰化していると言われ、今は肩の治療もしている。
ググってみると石灰化は
急性型(1~4週間)
亜急性型(1~6ヶ月)
慢性型(6ヶ月以上)
と言うことで、私のは慢性型になる。

石灰化と診断されて一ヶ月以上経つが、いっこうに治る気配はない。
近々再度診察を受けようと思っているが、慢性化したものは治るのかどうか?
素人考えで、鋭い骨のようにとがっている石灰化した部分が、丸くなったり消えてなくなったり、しないのではないかと思う。
寝返りを打つと痛いし、シャンプーをするとき、頭に持って行った手を下ろす時が痛い。
ハンドルを右に直角に切るような時も痛いし、後ろ手にものを取るときなども痛い。
厄介なことである。

ちょっと痛いなと思った時に、診察を受ければよかったと、後悔しても遅い。
歳を重ねて良くなる物はないなと、つくづく先が思いやられる。

しかししかし長寿の家系で認知症の家系でもある。あ~~嫌だ嫌だ。


採血

眼科へ行ってきた。
白内障の手術が夫の入院で延び延びになっている。
夫の病状は決して良くはならないが、悪いなりに落ち着いている。


闘病は続く命のある限り   タンポポ

そこで、ここらでそろそろ・・・と思った次第である。

色々検査をし、採血となった。
血管が細く、肉に埋まっているのか、採りにくいのは事実。
自分でもよく解っている。
しかし、毎月行く内科では失敗したことがない。

尤も以前行っていた内科では、ごくまれにしか採れなくて
しかも医師にも採れなかったので、医院を変えた。

眼科の看護師だって国家試験を通っているはず、でも採れなかった。
3度刺して痛いだけだった。
すっと採れるのは痛くないが、刺して針の先で探られると、めちゃくちゃ痛い。
手の甲で、採りたそうな様子だったので断った。手の甲で採ると後々まで痛いのだ。

看護師も医者も、採血をすっかり諦めた様子なのがカチンと来た。
内科で感染症がないかどうか、調べてきて欲しいと言う。


私だって下手な看護師に、何度も刺されたくはないので
内科で調べることにした。


↓何度か登場の拙句

穿刺失敗謝られても刺され損  タンポポ
kenkoushindan_saiketsu@.jpg

限りある命

関東に住む川柳仲間が、ブログ上で癌を公表した。
胃癌だと思っていたのが膵臓癌と発覚、すでにあちこちに転移していて
余命3ヶ月だと言う。
抗癌剤治療や放射線治療をしても余命は半年だそうで、延命治療をせずに
楽しく暮らしたいと本人の希望。
とはいうものの、きっと強烈な痛みにも襲われるだろう。
恐らく最後まで楽しくとは行かないと思う。
どうぞ貴方らしくその時を迎えて・・・としか言えない。


膵臓癌は怖い。
約40年前、出向先から公務員宿舎に引っ越しをした際、階段の方々に
挨拶に伺った。お母さんが入院中のお家が一軒あった。
入院したのが3月末と聞いた。そして亡くなったのが7月だった。

長女と同い年の女の子がいて、すぐ仲良くなり毎日一緒に遊んでいた。
そしてその日は、幼稚園の七夕発表会の日にやって来た。
ケータイのない時代、幼稚園に連絡が入ったのだろう。
お父さんが急いで、出て行くのが見えた。

一度もお顔を拝見することもなく、お声を聞くこともなく逝ってしまわれた。
たしか35歳だったと思う。

35歳になったとき、何かあるのではないかと不安で怖かった。
大きな宿舎だったので、住んでいた間に何人ものお母さんが亡くなられた。
まだ小さな子どもを残して、逝かなければならないお母さんたちの気持ちは
如何ばかりだっただろう。


仮に今、私が死ぬことになれば、一番の心配は病身の夫である。
40歳を超えた娘たちに心配はない。

少し涼しくなったら、その時に備えて断捨離をせねば・・・。

病院通い

今日は私の通院日だった。
酷い日はチョットしたことで、怪獣のようなゲップがでる。
逆流性食道炎の診察で胃腸科内科へ・・・。

前回は3か月前に通院し、3カ月分の薬を貰ってきた。
「お薬を飲んでどうですか」
「殆ど変りはありません」
「お薬を飲む前と比べて変わりありませんか?」
「私の生活環境が変わらないので、同じです」
「・・・・」
「ストレスに効く薬はないと聞きますし、ストレスは変わらないので体調も変わりません」
「そうですか・・・心療内科がいいかも知れませんね」
「他の人より空気をたくさん飲み込む、呑気症という病気もあります」

総合病院なので当然心療内科もあるが、とりあえず紹介はしてもらわないで、処方箋を貰って帰って来た

早食いの癖があるし、お水もゴクゴク飲んでしまう。まずこれらに気をつけて漢方薬を続けようと思う。
心療内科は、その後でもいいかなぁ・・・

インフルエンザ予防接種

65歳以上は1000円と言うのは、全国的ではなかったのか?
それとも指定医療機関ではないのか、或いは市外在住だからなのか?
夫が退院前に受けると4300円もかかった。
私は市内の内科で、1000円で受けた。

感染症のある夫は、歯科も開業医で断られた経緯がある。
内科も今後、かかりつけ医を持つことが難しいかも知れない。
そう思って、入院中に受けたのだった。
1000円で受けられるものを、4300円も払うなんて・・・

埼玉の娘に言うと、子供は7000円だよ~!と言う。
一人7000円も支払うなら、接種しない子供(受けさせない親)は多いだろう。

セルフチェック

今日もほぼ一日寝ていた。いくら寝ても眠い。
そこでネットで、うつ病のセルフチェックをやってみた。

結果は境界・・・回答は↓

ストレスをためたままにすると、うつ病を引き起こすことがあります。休養や睡眠を十分とり、ストレスを解消しましょう。
何をやっても楽しくない、気分が落ち込む、気力がわかないような状態が続くようなときには、早めに専門医に相談してみましょう。うつ病の早期発見につながることもあります。



もう一つのチェックシートでは↓の結果が出た。

中程度のうつ状態です。

23点
あなたのうつ状態は10段階中5です

中程度のうつ状態になっているようで、専門家による治療が必要だと思われます。
うつ病は「誰でもかかる可能性のある病気」であると同時に「予防も治療もできる病気」です。
悩み事や問題をひとりで解決しようとすると余計に心が疲れてしまい悪化してしまう恐れがありますので、早めに精神科、心療内科で相談してみることをお勧めします。


う~~んやっぱり・・・心の風邪

うつ病を長年患っている長女に云うと、「眠れる時は、いくらでも寝たらいい。眠れないのはもっとつらい・・・」

病気を認めたくない自分がいる。しかしあり得ないことではないとの思いもある。

内視鏡検査の結果

結論から言えば、前回の検査時と大きく変わりがない、とのことだった。
少し胃の入り口の辺りが赤くなっているとのこと。
それで済んでよかったとおもうことにしよう。

ただ今回は、前回のように「あなたに処方する薬はありません。ストレスを解消してください」と、素っ気ないことは言われなかった。
先週と同じ薬、ガスモチンと漢方薬がでた。
次回の予約は1か月先、簡単に解消できるストレスでないのは解っているし、ストレスに薬は効かないと聞く。
効けば、否、「今より少しでも楽になればいいな」ぐらいの気持ちで飲もう。

家にいると、相変わらず大きなゲップは出ている

胃の検査

この4~5年、逆流性食道炎に悩まされている。
体調の悪い日は、朝から「グェ~~」と大きなゲップが出る。
大きいの小さいの、ほぼ毎日一日中ゲップは出る。


4~5年前、一度胃カメラを飲んだ。
その時、医者から「あなたに処方する薬はありません。ストレスを解消してください」と言われた。

簡単にストレスが解消できるなら、病院に行かないし胃カメラを飲まない。
その後もゲップに悩まされる日々が続いている。
少しマシになったかなと思った頃、夫の病気・・・。
それでも今ほど酷くはなかった。
この2年半の入退院の間、私が病室でゲップをすると他のベッドにいた看護師が、びっくりして何度も飛んできた。

ゲップをし過ぎて胃が痛くなるようになったのは、4月に夫が退院してからである。
スーパーへ行ったり外に出ている時はそれ程出ない。
家に戻って食事の用意をしようとすると、拒否反応のようにゲップが出て止まらない。


あまりにも酷いので、昨日診察に行き今日、内視鏡検査となった。

コップ6分目くらいの液体を飲んで、しばらくしてベッドに仰向けになる。
左の肩に注射をする。そして喉の麻酔液をピッと2回入れられる。
これが気持ち悪い。
そして横になって胃カメラを入れていく。すんなりと入った。
胃に到達した異物で、かき回されるのが解る。


結果は来週・・・。

今回もストレスの解消を・・・と言われるのだろうか。

夫の兄からは「あんたが頼りだから体に気を付けて。大変だけど頼みます。」と事あるごとに言われる。
これがどれだけストレスになっているのか、解からないのだろう。
夫だってそうだ、面と向かって「その一言がストレスになるのよ」と言うことが出来れば、簡単だとおもう。
病人にむかって、その一言が言えない。
ストレスは溜まる一方である。

眼科の受診

散瞳検査だと解っていると、いつものようにでは行けない。
予約ではないので、ついつい後回しになってしまう。
珍しく何も予定がなかったので、重い腰をあげてやっと行って来た。

実は白内障の手術を、昨年4月に予定していたが、夫の再再再々の入院手術で、延期になっている。
視力そのものは、明るい場所なら裸眼で新聞が読める。
ただ車を運転する時、サングラスがないと眩しい。

レンズが曇っていては、網膜がよく見えない。
糖尿があるので網膜の管理は必須。そこで手術をと医師から言われている。
今日も言われて帰って来た。
術後1カ月は車の運転が出来ないと、最初に聞いている。
今の我が家の状態で、1か月車に乗れなくてのりきれるのかどうか解らない。


帰ってきて手術のことを言うと「何で出来ないのか?すればいい」と・・・。
出来るのならとっくにしてるって・・・解ってないなぁ
1か月車に乗れないことを話すと「儂の病院なら一人で行けるから大丈夫」ときた。
どこが大丈夫なんだか・・・
退院してやっと2か月経った、炎症の数値は落ち着いている。
人工血管再置換をして、また感染症を起こすと今度こそ、お手上げだと思うし、そうなっては困る。

もし運悪くまた入院と言うことになれば、病院が遠いので車に乗れなければ困る。
今の状態の良い時に、急いでするかどうか・・・。
また一つ、悩ましい問題を抱えてしまった。



久しぶりに電車に乗った(どんな田舎やねん
今、甲子園駅は大改修工事中で、エスカレーターは動いていない。
新しいエレベーターに乗ると、押しボタンがなんと野球ボールのデザインになっていた
あまり人がのってなければを撮ろうと思ったが生憎いっぱい。
また今度ということで・・・。

↓駅の外観を・・・球場を意識していますね。

  IMG_1688.jpg

 ↓球場・・・画像は少々古いです(^_^;)

  IMG_5589.jpg

そして↓工事中の画像。今日はこんな青空でした。
 
  IMG_1687.jpg


線引き

昨日の日記で障害認定の線引きは?と思われた方があると思う。
私の場合、身体に異物を入れたことで片脚の時は2種4級、両脚になって同じく2種3級になった。
異物を入れなければ、今の制度では6級が最高だと聞いたことがある。

これは膝も同じで、片脚なら4級両脚だと3級になる。仮に私が膝に人工関節を入れると2級になる。
この認定には色々不満や不公平があるようだ。

視力障害、聴力障害は、今では医療機械の進歩で、かなり精巧な判断がつくと思われるが、昔は大雑把だったようである。
これは身体障害にも言えることではある。
私と同じように股関節が悪く、人工関節を入れていなくても、若いときから4級や3級の認定を受けている人もいる。

そして最初に医者にかかった年齢、当時、自身が社会保険に加入していたか否かで、障害者年金の認定も変わってくる。
私が両脚を手術した時、プールの友人から「障害者年金がもらえるよ」と聞いた。
いそいそと社会保険事務所に足を運んだが、残念ながら対象外だった。

私の場合先天性股関節症で、2歳でオシメが外れた時点で、ギプスをしていた(らしい)母はその時のことを、「おぶって帰ってきたが麻酔が覚めず、あ~あ~しか言わず、このまま死んでしまうのではないか?あるいは言葉を発しなくなるのではないか」と心配したらしい。
なにぶん可愛い?2歳のお嬢ちゃまで、本人は覚えていないが、姉たちはよく覚えていて、かわいそうだったと言う。

その後、子供時代は、周囲の友達と全く変わりなく、飛んだり跳ねたり出来ていた。
たった一度だけ、次女を妊娠中バスから降りる時「イタッ
と思ったことがあった。その後、何事もなく20数年過ぎた。

痛くなったのは阪神大震災後、ガスも水も出ない中で、重い水を運んだのが堪えた。

治療としてステロイド剤の注射をし、その結果、骨頭壊死をおこし瞬く間に、人工関節置き換え手術になり、身障者になった。
骨の形は子供の時から変わるわけではなく、かぶりの浅いまま大人になったので、遅かれ早かれ悪くはなったとは思う。

人工関節を入れることで、痛みから解放され生活の質が向上するのに、障害認定はおかしい。
あるいはペースメーカーを入れて、元気になったのに1級とは?等いろんな意見があるらしい。
今後見直されるかもしれない。

夫は命がけの手術を何度もして、生活に支障があっても介護認定も、要支援も降りない。
我が家は、障害者が健常者の介護をしているという状況である

@R0012992.jpg
@@.jpg






定期健診

今日は年に一度の股関節の定期健診外来だった。
年に一度だと次回の予約が出来ないので、つい忘れそうになる。
検診予定日の3か月前ぐらいに電話で予定をいれる。
大病院は年に一度の受診だと、担当医が変わっていることがある.

旧作から
  私は死ぬまでずっと障害者   タンポポ

↑な句を詠んでいますが卑屈になっているわけでも、絶望をしているわけでもありませんので、ご心配なく

1枚目の画像は、6年前左脚の手術後、12日目の画像。
見ての通り、傷口に縫い目?がありません。ホッチキスの痕もありません。
傷口をピッチリ合わせ、ガムテープのような幅広のテープを、貼っていました。
テープを外すまでの一週間、薬を付けることも消毒をすることも、ありませんでした。
傷口からの出血とテープに含まれている薬で、きれいになりました。
私の傷口はとてもきれいだったそうです        R0012978@.jpg
幸いに今回も、担当医は変わっていませんでした。
お見苦しい画像をアップしました。


2枚目が今日撮ったレントゲンです。
左右で10年の開きがあります、その間、人工関節もずいぶん変わりました。
本当に日進月歩ですね。
右脚は16年を超えましたが、まだ大丈夫だと言ってもらえました。
左脚の手術までは、ほぼ毎日のようにプールに行っていたのですが、両親が玄関に置き去りにされた頃から、色々ありすっかり足が遠のいてしまいました。
何もなければ、次の検診はまた一年後になります。

支払いを済ませ、ホッとしてドトールでで休憩をして帰ってきました

内科受診

午前中、私の月一の内科の受診日だった。

第二の心臓と言われる脹脛が硬いと、柔道整復師さんによく言われるので、来月の受診時に心電図を撮ることになった。


帰り「ナンジャモンジャノキ」が見ごろだろうと思い回ってみた。
先日見た時はまだ緑っぽかったが、今日はまっ白い雪が積もっているみたいに、きれいに咲いていた

R0012921.jpg

《ヒトツバタゴ別名ナンジャモンジャノキ》

R0012922.jpg


これは市内の森永乳業の、工場の敷地内にある。なんでもお願いすれば中から見せていただけるらしい。
巧い具合に国道沿いにあり、外から毎年楽しませていただいている。

半年ごとの

歯科検診に行ってきた。

歯磨きはきちんとできていると、毎回、歯科衛生士さんも歯科医も褒めてくださる。
決して歯は丈夫ではなく、すでに2本抜いている。
何分にも横着ものなので、歯ブラシはずっと電動歯ブラシを使っている。歯間ブラシも毎回とは言わないが、こまめに使うようにしている。

今回も今日1回限りで治療する歯はなかった。
検診が終わると自分宛てに葉書を書いてくる。それが半年後に送られてくる仕組みになっているので、その間、何もなければまた半年後の受診となる。

両親とも長寿ではあるが、早くから総入れ歯をしているので、それだけは似ないようにしたいと思っている。


旧作から

人の歯を力任せに抜く歯医者   タンポポ

ぶったまげの医療費

まだ洟がでて頭が重いです。


我が家の昨年の医療費を、ざっと計算してみました。
100万を少し切っていますが、病院へ行く交通費も含むと100万を越えます(>_<)
これには食道抜去した際のパウチなども含んでいます。
ただ医療費の還付申告をするには、ストマーを使用したと言う医者の証明書がいります。もちろん無料で書いてくれるはずもありません。


それよりショックなのは、年金生活者の我が家の税金の納付額がごくわずかで、納付した金額以上のものは返って来ないことに気づきました。
当たり前と言えば当たり前なのですが、100万もかかったのに・・・。
まして医療保険に入ってない夫は、丸々持ち出しです。

何であの時古女房の言うことに、素直に耳を貸さなかったのだろう・・・。

ならば死んでもらいましょう・・・と言うわけにもいかず、年金の中でやりくりをしなきゃなりません。

今おトイレのリフォームとソファーの買い替えを、検討しているのですがお預けになるかも・・・(T_T)

こんな状態で、よくなるものもよくならないタンポポの風邪です。

テレビ番組から

最近よく健康番組をやっている、今晩もやっていたので少し見ていた。

番組内でマイコプラズマ肺炎が最近増えていると言っていた。
このマイコプラズマ肺炎に今から25年前に罹ったことがある。

その年の10月に卵巣嚢腫の摘出手術を予定していた。
入院前から風邪を引きそのまま入院をした。
その日のうちにレントゲンや、肺活量の検査など色々した。
病棟の主治医に風邪を引いていることは伝えた。
医師はそんな場合もあるので、早めに入院をして体調を整えるのだと言い、風邪薬とうがい薬が出た。

同室の患者から、咳が出ていたら手術の時大変だよと言われ、一生懸命うがいをし薬も真面目に飲んだ。
でも咳は治まらなかった。
そして手術の前日麻酔科を受診した。入院当日に撮ったレントゲンを見た麻酔科医は「マイコプラズマ肺炎に罹っています、明日の手術は無理です・・・」

ええ!!そんなバカな。
手術前に1週間も入院して、あすの手術がダメなんて。

婦長(この頃は看護婦だった)が、手術がダメなので即刻退院をと言う。
そんなことを言われても、家の鍵をもっていないので、娘が学校から帰るころを見計らって退院しようと思った。

その時、入院当日に撮ったレントゲンはどこにあったのか訊いてみた。
病棟内にあったと言う。1週間の間、主治医に会ったのは1度だけだった。
自分が持つことになった患者が、風邪を引いていると自己申告をして薬を出しているのに、気にならなかったのだろうか。
産婦人科医といえどレントゲンを見れば解ったと思う。
万が一解らなければほかの医師に見てもらうことも出来ただろう。
大いなる義憤を感じながら、仕方なく退院したのだった。

一旦退院し近所の内科にかかって治し、3週間後再入院した。
受付で待っていると病棟の事務員さんが迎えに来たので、「今度は何先生?」と訊くと前回と同じ先生だと言う。

それは嫌だ、それなら入院はしないと、ごねて夫を困らせた。
でも嫌なものは嫌だった。

結局病棟の主治医の交代ということで、入院し手術をした。
今思い出しても、我儘を押し通したとは思っていない。

マイコプラズマ肺炎の、初期症状は風邪に似た症状なので、気付きにくいというが、レントゲンを撮ると肺が白くなっているので一目で解ると言う。

訃報に接し・・・

先ほどネット散歩をしていて、ある方の訃報を知りました。

昨日のブログにはゴルフに行き、その後透析を受けたと記してありました。
それなのに急な訃報に接しびっくりしています。
今の夫と比べるべくもないお元気なお方なのに・・・。

人の命の儚さと尊さ・・・すべて神様の手の内に握られているのですね。

夫には腹違いの兄と姉が3人あります。
腹違いと言っても、母親は姉妹で亡くなった姉の後添えに入ったのが、夫の母でした。

その腹違いの兄姉は5年位、透析をしていて亡くなりました。
長男も、もう何年か入院して透析をしています。

つくずく夫は生命力が強いと思います。
何度も大手術をして、神様仏様を味方につけ、194日ぶりに退院しましたが。
食欲がなく見ている方も体調が悪くなってきました。

体中手術の傷痕だらけですが、でも生きています。
生きていることに感謝しなければいけませんね。


歯科定期検診と・・・

6ヶ月ごとの歯科検診に先週行きました。
先ず歯科衛生士さんが歯と歯茎の検査をします。
綺麗に歯が磨けていると、今回も褒めてもらいました。

そこで異常がなければ、また半年後の検診になるのですが、残念なから今回は被せものに穴が開いているということで、3回通院することになりました。
半年前の検診で、医師からも「綺麗に磨けているし僕が手を出すことはありません」と言われたのてすが、半年で金属に穴が開くのかな?と思いました。

そして昨日、2回目の通院でした。
被せものをウィーンと切って外しました。そこで歯医者さん「アレレ虫歯になってるね」と言います。小さな鏡でみると黒くなっている部分が結構大きいのです。
おそらく半年前には見つけられなかったのでしょう。

虫歯の部分を削り詰め物をして型を取って終わり。

型が出来上がってくるのは来週ということで、もう一度来週通院で終わる予定です。
虫歯は絶対自然に治りません、変だなと感じたら、即歯医者さんに行くようにしたいですね。

この医院は治療の最後の日に、プリントしたはがきに自分の宛名を書いて帰ります。
なので6か月ごとの検診に欠かさず行けます。
おそらくこのシステムを取り入れてなければ、少しぐらい痛みを感じたり?と思っても、しばらく放置すると思います。
歳を重ねてよくなるものはありません。自己管理が苦手なaozora@にはよいシステムだと思っています。


さて明日の午後、いよいよ退院です。
4月25日の吐血以来の自宅です、3月11日からの入院は190日を越え過去最高となりました。
8月から前期高齢者となり医療費は1割負担ですが、今までと変わらない70,000円あまり支払ってきました。
明日は9月分を払って釈放ですä?


3カ所はしご

午前は内科の通院、それから夫の病院帰りにまたリハビリと3軒はしごした。
夫の病院に行くとき、また今日も事故渋滞で30分で行けるところを、1時間40分かかった。
それも2か所、湾岸線はナビでは2車線規制と案内があったが、現場を通った時には1車線規制になっていた。軽自動車が大破していた、事故処理が終わっていて他の車両はなかった。
そこからもずっと事故渋滞、何のために高速を走っているのやら・・・。

次の現場は4台の玉突き事故だった。1台目と3台目がトラック2台目と4台目が乗用車。
2代目の乗用車がやはり大破していた。
これからお盆の帰省で渋滞も事故も多くなる。気をつけねば・・・。

15日は朝9時からの手術なのに、事故渋滞に巻き込まれたら、手術室に入る夫を見送れない。
早く家を出るつもりではあるが、どうか事故渋滞など発生しませんように・・・。


昨日、今日

昨日は欲張って3軒医者の梯子をした。


先ず眼科次に夫の病院、そして最後は私のメンテ。

あれからゴキブリはみていないが、1匹いたら100匹いるというゴキブリ。
おそらく効能期限きれのゴキブリダンゴをあきらめて、新しい〇バットを買ってきた。
1箱にたくさん入っているが、2~3年前に買ったものに比べると小さい。
掃除をするとき邪魔だと思うし、効き目は大丈夫かとも思う。
効力は6カ月あるそうな。楽しみにしよう。


今日は病院に行かない予定だったのに、2日続けて行って来た。
次女の義父母が和歌山から、わざわざ面会にきてくれたと、メールがきてお見舞いをいただいたので、引き上げに?行って来た。

先日はお中元にメロンを戴いたので、タッパーに入れて持って行っている。
食べてもすぐ身体の外の袋に出てくるので、高級品は勿体ない(これ本心ä?)が、1人で食べきれるわけでもなく、130日にもなる入院で、ストレスいっぱいの夫にも季節感を味あわせてあげたくて。
病人=メロンのお見舞いという図式もあるし・・・。

今日は大きな桃を戴いた。桃も一口にカットすれば食べられそう、次に行くときは持って行こう。

 IMG_0501.JPG


 R0012047.JPG

往復50キロとはいえ2日続けていくとしんどい。

しかし一昨年の緊急手術の時は、23日毎日通った・・・たった1年9ケ月前の出来事だが、今はそんな元気がない。


梅雨&台風で

今日は病院へ行けないかもと思っていた。

朝起きて外をみると、そんなに雨も降ってないし風もない。
九州の西の海上で、温帯低気圧に変わったという。

っということで予定通り病院へ
病室へ行くと今日も熱が38度あまり出ていた。この調子では帰りたくても帰れない。
ずっとこのまま体内に、何かしらの細菌が住み着くのなら、退院しても発熱の度に緊急外来のお世話になることになる。
そしてそのまま入院・点滴のコースをたどるのは必至・・・。

6月ももう残り少なくなった。今年前半の6か月で、自宅にいたのはわずか55日。
その間の外泊は3回だったか?4回目に吐血したと思う。

記憶もあいまい・・・そのための記録として綴っている。

楽天ではブログを、バックアップするツールの用意がない。
もう少し落ち着いたら、病気のカテゴリーだけでもよそのサイトで準備しているのを、使わせていただこうと思う。


昨夜寝るときから足が攣って痛い。昨夜は左足の甲、今朝から右足の指。
漢方薬を夕べから3回飲んだので効いてきたよう。



官舎にいた時の友人のご主人が、今年の1月癌で亡くなったことは一度書いた。
ホスピスに入所していたので、月に400,000円払っていたとこの前電話で聞いた。

夫はこの前の食道切除で「悪性のものではなかったか?」と訊いたが、「全く問題はなかった、ただ動脈と癒着していた部分に小さな穴が空いていた」と言われた。
がん保険も貰えないなと残念そうであった。
もしも末期のがんで、ホスピスの入所を希望しても我が家の懐事情では、叶えてあげられるかどうか・・・。


PCを始めてチャットに夢中になっていたころ、明るく素敵な感性を持つ彼女とよくチャットをした。
彼女からチャットの中で、乳がんで片方の乳房を切除していると告白されてビックリした。
あれから10年以上たってチャットにはほとんど入らなくなった。
再発をしたことは外ロムで知っていたが、その後のことは確かめるすべはなかった。
そして3年ほど前に亡くなったことを最近知った。
グラスアートという、独自の世界で生きている素敵な女性だった。

残念なことに彼女の作品を保存していたサイトが、サービスを止めてしまってネット上で見ることが出来なくなった。


アメリカの女優、アンジェリーナ・ジョリー(37歳)が乳がんのリスクを高める遺伝子の変異が見つかり、両乳房を切除したというニュースを知った。
手術をしなければ、乳がんになる確率が87パーセントといわれたそうだ。
既に再建手術も受けたようだが37歳で乳房切除・・・しかも女優である。
勇気のある決断だと思う。手術によって乳がんになる可能性は5パーセントに低下した。

乳がんの手術をした人は身近にもいるが、40代以上が多い。

この前検診をしたのはいつだっただろう?
行かないと・・・乳がん検診、子宮がん検診、ハッキリ言ってどちらもあまり行きたくないところ。


神様を味方に付けている夫

3度の命の危機を脱している夫は、いったい何人の神様仏様を味方に付けているのだろう。


ICUもHCUもケータイの電源を入れられないので、夫のケータイはaozora@が時々電源を入れてチェックをしていた。
昨日は敢えて持って行かなかった。朝aozora@は内科へ行き、そのまま病院に行った。

帰ってきて夫のケータイを見ると、先日お会いしたOB会のMさんから着信記録がある。
かけなおすと約1か月前、入院したと聞いていた現役の〇戸さんの訃報だった。
〇戸さんは夫より10歳若い今年60歳になる方である。
奥様とは職場結婚で、ご夫婦とも夫を支えて下さった方である。

夫が外出で役所に寄ったとき、顔色が悪かったと聞いた直後の入院だった。
夫は見舞いを気にしていたが自分も病気の身、しかも感染症・・・双方にとっていい事ではない。
どちらが先に元気になれるか、その時でいいと思っていた。
そして今回の吐血と手術・・・。
それでも「病院に電話をすれば入院しているかどうか教えてくれるだろうか?」と話したのは3日ほど前だった。


〇戸さんはこれまで病気で入院したと言うのは、聞いたことはなかった。
おそらく今回初めてだったと思う。
高齢のご両親もおられると聞いている。

たった一度の入院で旅立ってしまった〇戸さん。血液の病気と聞いたが病名は解らない。

神様も仏様も味方についてくれなかったようである。
30年近く前、我が家に数人が集まったことがある。その時、結婚前の〇戸さんと奥様も一緒だった。



今日はこのことを夫に伝えるため病院に行った。
聞いた夫は愕然とし、しばし絶句した。

「儂より先に逝きやがって・・・」と悔しそうに呟いた。

お通夜はもちろん葬儀にも出られない身を悔やんでいる。



  R0011842.JPG